惨劇の連鎖
応接室のソファーには《窓口》とネロ、向かい合って座るのは、護とアリサ。
「しぃちゃん、これなんだけど」
アリサはポケットから一枚のカードを出して《窓口》に見せる。
「昨晩、焼けた魔女の家の近くに落ちていたんだそうだ」
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──護は昨晩、火事の通報とアリサからの連絡を受けて、魔女の村を訪れていた。
魔女の村は『島』の北東にある山の麓の森の中にあり、普段から結界で隔たれているため、部外者が簡単に立ち入ることはない。だが、今回燃えた魔女の家は結界の外にあったために、何者かに火を付けられたらしい。
「焼けた家の入り口付近には魔女の遺体が見付かったが、どうやら寝ていたのと、思いの外、火の回りが早くて逃げるのが間に合わなかったみたいだな」
「なるほどね・・・それで、アリサ、どうしてその魔女は村の外れに住んでいたの?」
「魔女の村には結界があって、人間とか他の妖魔が立ち入ることが殆どできないでしょ?たまに夜に森を歩いてたり、森を抜けようとして道に迷った人達を泊めたりするのに住んでたのよ」
夜の森というのは何かと危険だ。人間なら、妖魔に出会った瞬間に喰われるだろう。ただし、それは相手が知能の低い触手生物だったり、スライムだったりの話だ。理性を失ってさえなければ、大抵の妖魔は事情を話せば助けてはくれる。
「そして、現場にそのカードが落ちていたという事ですか」
「しぃちゃんなら、コレが何か知ってるかなって」
「これは『悪夢のメルヘンカルタ』ね・・・」
《窓口》はテーブルに置かれたそのカードを一目見て、それが何なのかが即座にわかったのだろう。誰に言うでもなく、ポツリと呟く。
「なんだ?その『悪夢のメルヘンカルタ』っていうのは?」
「都市伝説の一つなんですが、この話を知ってる人はかなり少ないと思います」
都市伝説。ネットが普及されるよりも以前から、人々の間で囁かれる噂話。大体が心霊現象のものだったり、怖い話が多い。
「確かに俺も初めて聞いたな・・・?その『悪夢のメルヘンカルタ』なんて」
「主、それはどういった話なんですか?」
「これがまた、短い話なんですよね」
──『悪夢のメルヘンカルタ』とは、ヨーロッパの呪術師がこの世の『悪』を封じ込めたカルタ。6枚で構成された、童話の絵が描かれたカルタが存在するらしい。それぞれ『赤ずきん』『人魚姫』『ヘンゼルとグレーテル』『白雪姫』『ピノキオ』『不思議の国のアリス』の絵が描かれているのだとか。そして、そのカルタは邪悪な心を持つ者に取り憑き、六つの体になり、体以外の全てを支配するという都市伝説。
「えっと、しぃちゃん?・・・それだけ?」
「はい、それだけです」
あまりに短い話に、アリサも護も拍子抜けしたようだ。
「で、このカードがそうだっていうのか?」
「おそらくね」
「じゃあ、あと5枚あるってこと?」
「ええ、もしもコレが原因で事件が起きていると仮定するのならば、そのうちの2枚はきっと草摩と清水が持っているかもしれないわ・・・ネロくん、後で二人に確認してもらえるかしら?」
《窓口》の言葉にネロは黙って頷く。
「でも、誰がそのカルタの持ち主なんだ?」
「それがわかれば、誰も苦労はしないんですよ」
《窓口》は『ヘンゼルとグレーテル』の絵が描かれているカルタを手に取る。
「・・・今回の持ち主は、邪悪な心を持っていないみたいですけどね」
「そんな事もわかるのか?」
「もし、持ち主に邪悪な心があって取り憑いているのであれば、もう少しこのカードに魔力や呪力を感じる、はず・・・」
どういうことなのか、護には全くわからない。愛里沙とネロは《窓口》の言葉を、なんとなく理解しているようだが。
「持ち主によって、このカードが持つ力は変動するっていうことですか?」
「それもあるのでしょうけれど、あと3枚」
「まだ、誰か殺されるっていうのか?」
「そうなりますかね」
《窓口》は悲しそうに頷く。それは避けられないのか。
「お前の力で、どうにかならないのか?」
「持ち主を見付けて、そこからカルタを引き離したところで、このカルタの効力がすぐにでもなくなる、という訳ではないんですよ」
このカルタは今も誰かに取り憑いている。モノだけをただ離しても意味がないという事らしい。
「じゃあ、どうにもならないのか?」
「効力そのものを消したいのなら、まだ見つけてないカルタを現原家に持っていく、それか・・・」
途中で《窓口》が言葉を切る。何かを考えているようだが、その様子を見ていた護は底知れぬ不安を感じた。
「まさか・・・お前、持ち主とやり合うつもりなのか?」
「それは、取り憑いている相手によりますけど」
相手による、つまり取り憑いている相手が、無力な人間だった場合は《窓口》達が対峙するのは困難だということか。
──『箱庭島』では魔力を持つ人間や妖魔は、魔力を持たない人間に対して、一方的な魔法や魔術の行使を『基本的』に禁じている。相手が武装していたり、攻撃をしてきた場合にのみ、正当防衛で『最低限で』の行使は可能だが。それにより、この『島』では人と妖魔の共存が可能となっている。
「まずは、カルタの持ち主を探すしかないんですけどね」
「しぃちゃん、誰か心当たりは?」
「・・・ないです」
アリサの質問の答えを、困ったように首を横に振りながら答えた《窓口》に、三人は大きくため息をつく。
「なんせ、この『島』は広いですからね?持ち主を探すのは容易じゃありませんよ?主」
「そう、そこなんですよね・・・」
悩む《窓口》達に、護は思いついたことを口に出す。
「なら、そのカルタの絵で次に殺されるであろう条件の人を探して、見張れば」
「それはいいんですけど、種族などを特定したところで、誰が殺されるかなんて誰にもわからないでしょう?その条件に当てはまるのが、何人いると思っているのです?」
今回ばかりは《窓口》もお手上げ状態らしい。いろんな影響を考えなければ楽なんだろうが。
「まぁ、こちらでも何かしら考えておくわ」
「悪いな、いつも」
かなり困っているようだが、護は《窓口》ならなんとかしてくれるような気がした。
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今日は文化祭が近い為、一日中、生徒達は準備に追われていた。
「心屋くん、誰か服とか作れる人を知らない?」
「一人だけいるけど、急にどうしたの?」
智志は、急にクラスの魔女に呼び止められた。
「実はね、服を作ってくれる約束してた、アタシのお婆ちゃんが昨日亡くなってさ、それで、他の子にも聞いたんだけど、誰もいなくて」
「そうなのか、家に一人、そういう服とか作る趣味の人がいるから、一応、頼んでみる?」
「うん、そうしてくれるとありがたいな」
その魔女は「助かるよ」と一回、智志にお辞儀して、自分の持ち場へと戻っていった。
「きっと鏡花姉さんは喜んで学校に来るんだろうな・・・」
はぁ、とため息をついて智志は頭を抱える。それにしても、ここ数日は、何かと事件が立て続けに起きている。主人である《窓口》は、管轄外だから満足に動けないだろうが、早く解決してくれないものか。そうはいっても、今は文化祭の準備の方を進めなくてはと、智志は一旦、教室を出る。一応、鏡花に連絡を入れておこうかとポケットからスマートフォンを取り出す。
「あれ、電源落としてるのか?」
鏡花に直接電話をかけたのだが、繋がらない。仕方なく、誰かしら出てくれるだろうと、家の方にかけることにした。
『──もしもし』
「もしもし、オレ、智志だけど」
『──あら、智志くん、どうしたの?』
意外にも、電話を出たのは《窓口》だった。
「あ、あのさ、鏡花姉さんは今いる?」
『──鏡花?今日は部屋に籠もって、リオの服を作ってますよ』
「今、手は空いてないんだ?」
『──わからないけど、呼んできましょうか?』
「いや、無理に呼ばなくてもいいよ、それなら姉さん、鏡花姉さんに伝えてほしいんだけど」
『──はい、なんです?』
「多分、早い方がいいと思うから『明日、学校まで来て』って言っておいて」
『──随分と急ですね、何かあったんですか?』
「なんか、クラスの女子の親戚で、服を作ってくれる人が亡くなったらしくてさ、それで、鏡花姉さんに代わりにって」
『──そう、なら鏡花に伝えておきますよ』
「ありがとう、姉さんそれじゃ」
『──えぇ、文化祭見に行くからね』
「あ、だったらついでに姉さんも来たら?昨日のことも、あるから」
『──そうですね・・・わたしは行けたら行きますよ』
「そっか、わかった」
『──じゃあ、準備頑張ってね』
《窓口》との通話を終えて、智志はスマートフォンをポケットに戻し、教室へと戻る。そして、服関係の打ち合わせをしていた女子グループの所へ向かう。
「あ、さっきの話なんだけどさ」
「どうだった?」
「多分、大丈夫だと思う」
「ホント?助かるよ〜」
「早い方がいいと思ったから、勝手に明日って言ったけど、それで大丈夫だったかな?」
「うん、大丈夫だよ、ホントはお婆ちゃんも明日来るはずだったから」
「そうか」
女子達は「良かったね」とか「一時はどうなるかと思った〜」とか安心したようだ。
「でも、心屋くんの所もよくOK出してくれたよね、メチャクチャ急だったのに」
「あー・・・多分、急な仕事とかよく入るから、そういうのは慣れたんじゃない?」
そして、まだやる事があるので、智志はその女子グループとは別れて一人教室を回っていった。
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《窓口》は鏡花の部屋のドアをノックする。
「鏡花、今、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですぅ」
ドアを開けて中に入ると、部屋の奥で鏡花はミシンを使っていた。棚には鏡花が買ってきた、いろんな模様や色の布や、リボンとボタンの入った引き出し、様々な色の糸や裁縫道具が所狭しと並べられている。これだけ物があっても、きっちり整理整頓はされていて、あまり散らかった印象はない。
「あ!ご主人、どうしましたぁ?」
「明日、智志くんが学校まで来てほしいそうです」
「別にいいんですけど、なんであたしなんです?」
《窓口》は智志から電話で聞いた事情を、そっくりそのまま鏡花に伝えた。それを聞く鏡花は、爛々と、薔薇色の眼を輝かせていく。
「なるほど・・・行きます、行かせてください」
「多分、帰ってきてから、智志くん本人も、鏡花に伝えに来るとは思うけど」
「あ、ならご主人、お手伝いに一緒に行ってもらえます?さすがに一人では大変だと思うんですよねぇ」
「えっと・・・それは、考えておきます」
鏡花は嬉々としているが《窓口》は少しだけ不安を感じた。
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智志が家に帰ると、《窓口》とネロは応接室にいる。少しだけ覗くと、向かいには二人の少女がいた。
左側には藍色の長い髪を下の方で水色のリボンでまとめた、青い目の少女。彼女は清水 雫、『水路と海の街』で《水先案内人》をしている《相談員》の一人だ。
右側には緑色の髪の一部を左側だけ結んだ黄緑色の眼の少女。こちらは草摩 薫。『大樹と森の町』で花屋を営む《幻術師》で、彼女もまた相談員の一人だ。何を話しているかまでは聞こえないし、わからないが、きっと今までの事件のことだろう。ちょうど話が終わったようで、二人の相談員は応接室を出ていった。
「ふふっ、智志くん、お帰りなさい」
「ただいま、姉さん」
「鏡花には伝えておきましたけど、自分からも言った方がいいですよ?」
「わかってるよ」
帰ってきていた智志がいることに気付いていた《窓口》が、玄関の方まで来た。ネロに内緒にしているわけじゃないが、そこはなんとなく気を使っていたのはわかるのだが。本心ではないが《窓口》に素っ気ない態度を取ってしまう。彼女はそれを、わかっているのかニコニコと笑っているが。智志はそのまま自室へ行く。
「全く、智志くんも困ったものですね」
「いつかのキミを見ているようですよ」
いつの間にか、後ろにいたネロに《窓口》は笑ったままで答える。それにはネロも苦笑するしかなかった。
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「順調にカルタは魔力を蓄めているようだな」
真夜中の街を見下ろすように、黒いローブを身に纏う一人の男が、上空に浮いている。浮いているというよりは、空中に立っているというのが正しいか。
「しかし、カルタが各地の魔術師の名家の手に渡っていったのは、予想外だった」
フードを深くかぶっていて表情はわかりにくいが、男は嬉しそうに笑っている。だが、その笑みは背筋が凍るようなとても冷たいものだった。
「クククッ・・・さて、どうなるかな?」




