訪れる悲劇
朝早く、丘の上の家から一人の少年が出てくる。浅葱色の髪に若竹色の眼、銀縁の眼鏡をかけている。
「智志くん、今日は早いんですね?」
「うん、なんでも文化祭の準備があるっていうもんだからさ・・・」
「文化祭ですか〜、凄く懐かしいですねえ・・・あ、これ、お弁当ね」
「ありがとう」
智志は、亜夢から手渡されたお弁当を黒いバッグに入れ、自転車で丘を下っていった。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はい、行ってきます」
亜夢は手を大きく振り、智志を見送った。
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「あれ?ご主人がこんな朝早くから起きていらっしゃるなんて、珍しいですね?」
「今日はなんだか早くに目が覚めたんですよね・・・」
亜夢は智志を見送ったあと、リビングに向かうと、普段ならいない《窓口》とリオネットの姿を見て驚く。
『──では、次のニュースです。今朝『大樹と森の街』の森で、××さんが殺害されているのが、偶然、森を通りかかった住人によって発見されました。彼の種族は人狼で、遺体は腹部を縦に裂かれ、岩が多数詰め込まれており、死因は腹部を裂かれた事による失血死である模様。警察は周囲で何かのトラブルがなかったかなど、動機と犯人についての捜査を進めています。』
たまたま点けていたニュースを見ていた《窓口》とリオネットは思ったことが同じだったのだろう。
「狼の腹を裂いて岩を詰め込むなんて、まるで童話の中の事のようね」
「童話、ですか?」
「・・・『赤ずきん』と『狼と七匹の子ヤギ』」
最初は何のことか亜夢にはわからなかったが、リオネットの言葉で納得する。つまり、この二つの童話に出てくる狼の末路のことだ。両方とも狼に喰われた者を助け、助けた事がバレないようにと、腹を裂いて岩を詰めている。
「それはいいのですが、ご主人?さっき『大樹と森の町』って言ってませんでした?」
『箱庭島』は北部は雪と氷に閉ざされているが、南部はかなり温暖で、ちょっとしたリゾート地のようになっている。そして南西には『箱庭大樹』と呼ばれる世界樹(この世界にはここの他にももう一本、さらに大きな世界樹がある為、区別するのにこちらにはそういう名称が付いている)の大木がある。箱庭大樹の上部の枝には翼人や龍などが住んでいるとされている。『大樹と森の町』というのは、その根元にある森に囲まれている町だ。ここの大半は森で構成されており、その森の上に町ができている。
「あの町には《草摩》がいますから、きっと何かあれば向こうから連絡がありますよ」
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黒髪を三つ編みにした少女は、朝から謎の強烈な眠気に襲われていた。彼女は夢路 心結、今年は受験生だ。心結はなんとか授業中に爆睡するのは回避したものの、今は廊下で座り込んでいる。こんなに眠いのは初めてだ。
「夢路さん、大丈夫?」
廊下で心結に声をかけてきたのは、浅葱色の髪に銀縁の眼鏡をかけた若竹色の眼の少年。別のクラスの智志だ。この学校は中高一貫で、さらには普通の人間だけでなく妖魔の子供も多く通っている。今は近々、文化祭があるので皆その準備をしている。智志も例に違わず段ボールを複数抱えている。
「あぁ、えっと、大丈夫です・・・ただ、少し眠くて」
「寝不足?」
「ちゃんと寝てるつもりなんですけどね・・・」
ちゃんと寝てるのだが、なんだか身体は疲れてるような感じだ。
「文化祭の準備で疲れてるとか?」
「そんなに張り切ってるつもりは・・・ないんですけど」
「夢路さん、文化祭の実行委員なんだろ?さらには、いくら中高一貫でもオレ達受験生だしな」
中学生最後の文化祭だからと、無意識の内に頑張りすぎているのだろうか。そんな事を考えながら、心結は立ち上がる。
「そういえば、心屋くんも実行委員じゃなかった?」
「あー・・・オレはただ、誰もやるヤツがいなかったのと、押し付けられたってだけだ」
面倒なことを回避するのは、人間も妖魔も一緒なのだろうか。心結は智志に少しだけ同情する。自分も押し付けられた側だから。いつもそう。『真面目』とかそんな理由で、イベントの面倒な役割を押し付けられる。去年までは、自分からそういった事が得意で、立候補してる人達がいたから良かったものの、今年に限って、そういう人がクラスにはいなかったのだ。
「オレとか妖魔と違って夢路さんは人間なんだし、あんまり無理しない方がいいよ?」
「・・・ありがとうございます」
そういって智志は自分のクラスへ戻っていった。
「心結いいなぁ、さっきの子って心屋くんでしょ?何を話してたの?」
「あたしが体調悪そうに見えたんじゃないの?それだけだよ」
智志と話をしているのを見ていたのか、クラスの友人が羨ましそうに心結の後ろから話しかけてきた。よく見ると、周りの女子も智志を見て、キャーキャー騒いでいた。
「妖魔のクラスの男子ってさぁ、みんな格好いいよねー?女子はみんな可愛いし、美人だし」
「それは否定はしないけど・・・妖魔じゃなくても、格好いい人はいるよ?」
「滅多に見ないけどねー、今のクラスにだって、そんなにいないじゃん?」
少々、それはクラスの男子に悪いような気がするが。特に心結には何も用はなかったのか、友人は他の生徒に呼ばれて教室へと戻っていった。
「今日は早く帰るかな・・・」
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智志が学校から帰ると《窓口》がリビングにいた。
「あら、智志くん、お帰りなさい」
「ただいま・・・姉さんが自分の部屋の外にいるなんて、珍しいね?」
「今朝、亜夢ちゃんにも同じ事を言われました」
そりゃそうだ。だって彼女は、殆んど部屋に籠って仕事をしている。滅多にリビングにはいないのだ。いる時は大概、何か起きているとき。
「たまには良いじゃないですか?部屋に籠ってばかりが、わたしの仕事ではないのですよ?」
「ふーん・・・」
智志の反応に、ちょっとだけ(本当にちょっとだけ)《窓口》は不満だったようだが、智志に彼女は特にそれ以上は何も言わない。
「で、姉さんがここにいるって事は何かあったの?」
「いえ、こちらでは何もなかったですよ?」
「・・・?『こっち』では?」
「少し変な事件なら『大樹と森の町』ではあった、というだけですよ」
《窓口》はテレビで観たニュースで人狼が殺害されたことと、その遺体は、腹を裂かれて岩が詰め込まれていた事が報道されていたのを話してくれた。
「まだ犯人も凶器もわかってないらしいけれど、こちら側の話ではありませんからね」
そう言って《窓口》またテレビを観ている。同じくテレビに視線を向けると、ニュースはその不可解な事件を、繰り返し報道していた。
「早く解決すればいいのですがね・・・」
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真夜中。心結は夢を見る。自分が誰かを殺す夢を。それはとても現実的なもので、実際に行動をしているように。
──果たして本当にそれは夢なのだろうか?




