喪失する痛み
「全く・・・俺らの立場も少し考えてくれよな?」
「でも、このままずるずると解決しない方にいくよりはいいだろうと、上層部も考えたんでしょう?」
「よく言うよ、ちゃっかり夢宮にまで裏から手を回してやがったくせに」
護は愚痴るが、《窓口》は知らん顔だ。
──殺人事件の翌日。
夕暮れ時の街を《窓口》と護、鏡花は一人の少女を尾行している。肩まである焦茶色の髪の少女。彼女はセーラー服風のワンピースを着ている。三人の姿は《窓口》が魔法で周りに認識されないようにしてくれている。一種の空間魔法なんだとか。
「本当にあれで大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、本人達が言うんだから」
《窓口》は彼女に相当な信頼があるんだろうが、護は若干、不安になる。
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──三人が今、尾行する状況になったのは昨日の事の話だ。
護は現場検証が終わった後、一旦《怪奇現象捜査課》の方へ戻っていった。この事件は捜査本部が立ち上げられ、本格的に捜査がなされる事となったのだが、やはり目撃証言もほとんど無く、さっそく行き詰まっていた。護は上層部に対し、神崎警部と共に《窓口》達の提案をダメ元で実行することに、許可を求めて頭を下げたのだ。やはり無理かと思われたのだが、《窓口》の方が一枚上手で、望に直接言ったのか手を回していたらしく(本人的には抵抗はあったみたいだが)、あっけなく許可は下りたのだった。全く、こういう時に権力に負けるのもいかがなものか。その提案というのが、また普通なら危険極まりないものだった。護と別れる前に愛衣と舞衣は掛け合いをするように、内容を話し始めた。
「まずね、愛衣が一人で路地裏とかを歩いていくの」
「きっと今までの状況から、犯人は一人でいるところを狙うよね」
そうして愛衣が、ドッペルゲンガーに出会って襲われたところを護達で捕まえよう、ということらしい。
「それは、あまりにも危険過ぎやしないか?」
護にしてみれば、自分よりも歳が下の少女を(いくら《魔術師》とはいえ)そんな状況に置くのだけはいただけない。
「護くん、この二人が何と呼ばれているか知っています?」
《窓口》の突然の質問に、護は全く意味がわからずに答える。
「知らない」
「《写し鏡》だとか《二つの鏡像》と呼ばれていますね」
「で、お前は何が言いたいんだ?」
呆れたように《窓口》は護に説明をする。
「つまり、二人なら大丈夫です」
「それは何を根拠に言ってんだ?」
「ついでに言うなら彼女達は《鏡の専門家》とも言える魔術師です⋯『鏡に関すること』ならば、わたしが知る限り、二人以外に適任者はいないと言えます」
《窓口》はさらりと言ってのけるが、護にしてみれば、それはあまりにも衝撃的なものだった。
「おい、当たり前のように話してるけどさ」
「あら、知らなかったの?」
「まず、なんでそんな魔術師達がお前の所で相談員をやってるんだよ」
「愛衣達も最初は《窓口》さんに『相談』しに行ったの」
「それから舞衣達も相談員にしてもらったの」
本当に《窓口》の交友関係は謎だ。護のように無力な人間から強大な力を持つ妖魔まで、分け隔てなく知り合いがいる。
「そもそも『相談所』自体が、あの夢宮が創設したものなんですよ?」
「それは知っているが」
「それに相談員達は、それぞれ最初は『息抜き』としてやっていたみたいですし?」
若干《窓口》の言葉には呆れたような、だけど悲しげに感じるものがある。
「最初は、ということは今は違うのか?」
「相談員としての仕事の方が本業よりもいいらしいです、色々」
話を聞くと相談員同士の仲も良く、色々と協力しあったり相談しあったりしてるんだとか。
「それと、なんでお前が《情報屋》からも、いろんな情報提供してもらえるのかもわかったよ」
「あら、今更ですか?」
「あの子も相談員の一人なんだな?」
「ご名答、わたしが相談員の仕事を渡すかわりに、彼女には情報提供をしてもらってます」
ニッコリ笑う《窓口》に、護は相談員全員でほとんどの事件が解決するのではないかと思う。
「話は逸れたが、愛衣が一人で行くにしても、その間、舞衣はどうすんだ?」
「舞衣は離れた場所から、愛衣についていく」
「だから大丈夫、心配ないわ」
相当な自信なのか、双子は真っ直ぐに迷いなく護を見ていた。そしてその計画の実行は、できるだけ早い方がいいだろうと今現在に至るのである。
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目の前を愛衣は周りを見ながら歩く。どの道を行こうか選んでいるようだ。
「護くん、愛衣が狭い道に入りましたよ」
《窓口》は前を小さく指さし、早足で道の入り口に向かう。その道は少し行った所で曲がる、人目につきにくい場所だ。愛衣はその道を曲がる。その後を《窓口》と護、鏡花の三人はついていく。
愛衣が曲がりきったところで三人は壁越しに様子を見る。三人とも身長差があるため、ブレーメンの音楽隊のようだ。
「あらあら、ここまで上手くいくとは思わなかったわ」
愛衣の目の前には愛衣とそっくりな、だけど、舞衣でもない少女がいた。その手には以前、瑞季を襲った時と同じナイフが握られている。
「あれですね、鏡にも写らないから間違いなく」
一番背の低い(《窓口》と5㎝くらいの差だが)鏡花は小さな手鏡で確認する。そこには愛衣以外に誰も写っていなかった。
「護くん、ちゃんと用意はありますよね?」
「言われなくても」
《窓口》も護も愛衣達から視線を外さずに確認を行う。
「あと鏡花に朗報、あれはキミの弟じゃないよ」
こっそりと《窓口》は鏡花に言うが、さすがに三人とも近いので護にも聞こえていたのだろう。
「名前、視えたのか?」
「正直、かろうじてってところですね」
「どういうことだ?」
「存在として消えかかってるんですかね?多分、以前の鏡花と同じなんだと思います」
詳しく話を聞くと、今現在、愛衣と対峙するドッペルゲンガーは、あまりにも他人になり過ぎて自分自身を無くしている(完全にではないが)らしい。だから、名前はかろうじて視える状態らしい。ただ、鏡花の場合は自分の名前を覚えていたため、その存在を保っていられたのだとか。
「ドッペルゲンガーが他人になりすますためには、その人の記憶にも多少は触れますからね⋯他人になり過ぎて自分の記憶と他人の記憶の境界線があやふやになっているんでしょう」
「つまり、今のままだと」
「存在そのものが、そのままでは消滅するでしょうね」
《窓口》は淡々と答える。そこには感情も何も感じない。
「いくら無力だったとはいえ、大人の男性を殺したことで、ちょっと調子に乗ってるのかな?」
愛衣はナイフを見ても怯むことなく、ただ玩具を見付けた子供ように笑っている。その笑顔は後ろで待機している三人にはわからないが、愛衣が嬉しそうにしていることに、護は何とも言えない恐怖を覚えた。
「愛衣に刃物を向けるなんてね・・・いいわ遊んであげる、来なよ」
その言葉でドッペルゲンガーは愛衣に切り掛かる。
「──留まれ水よ、鏡となりて汝を写せ《水鏡》」
愛衣は避けながら詠唱する。愛衣とドッペルゲンガーの間に水で出来た鏡が出現する。
「なぁ、ドッペルゲンガーは鏡に写らないんだよな?なのに、なんであの水鏡には写ってるんだ?」
護が疑問に思うのも無理はない。愛衣の出した水鏡には写っていたからだ。
「あれは対象を写す魔術ですからね、例えドッペルゲンガーだとしても写すのですよ」
《窓口》の解説に若干の違和感はあるものの、どうやら『物体としての鏡』と『魔術としての鏡』は違うらしい。水鏡に写るのはドッペルゲンガー自身。だが、ドッペルゲンガーは気にせずに、それを切り付けた。
──その瞬間。ドッペルゲンガーの方が切り裂かれた水鏡のように、右肩から脇腹にかけて斬られ、一気に血が吹き出した。
「?!」
護もドッペルゲンガーも一瞬、何が起きたのかわからない。ただ《窓口》は淡々と説明してくれる。
「『鏡』の魔術の性質は『反射』」
『鏡』の魔術は相手の攻撃を『反射』させることに長けている。つまり攻撃と防御を同時に行えるということらしい。
「そして・・・あの水鏡は武器を、特に刃物を持つ相手には効果的でね?自身を写す水鏡を切り裂くとき、それは水鏡の向こうの自分自身を切り裂くのと同じ意味を為す」
「だから、あのドッペルゲンガーは、自分自身を切り裂いたことになったのか」
「そういうことです」
結構深い傷を負ったにも関わらず、ドッペルゲンガーはなおも、愛衣に向かっていく。時々、愛衣は魔法で鏡を出して防御しつつ鏡を使って離れた場所に移動する。離れた場所にいる愛衣の手には手錠があった。
「あの手錠って愛衣達のか?」
「あれは『魔封じの手錠』ですね、わたしも持ってますよ」
そうして《窓口》は自分のバッグから、銀色に輝く手錠を出して護に見せる。護は本当に今、自分は必要なのかと聞きたくなる。
「護くん、拳銃ありますか?」
「いきなりどうした?」
「あの子がもし刺されたら、ここからドッペルゲンガーの、どこでもいいので撃ってくれます?」
《窓口》がいきなり物騒なことを言いだす。一体、何が彼女には視えたのか。そうこうしてる内に、愛衣はドッペルゲンガーが切り掛かるのを避けて、後ろに回りこみ、左手に手錠をかける事に成功する。だが、ドッペルゲンガーが振り向いた勢いで、愛衣は左胸を刺されて倒れこむ。
「おい、マジかよ」
《窓口》が視たのはこういう事だったのか。護は拳銃を出してドッペルゲンガーを狙って引き金を引いた。弾はちょうどドッペルゲンガーの右肩に当たった。
「痛いなぁ、全く」
刺さったナイフを引き抜き、愛衣は立ち上がる。
「・・・え?」
護も鏡花もドッペルゲンガーもその光景に驚きを隠せなかった。目の前にいる少女は、左胸を刺されているというのに平気で生きているのだ。
「鏡花、捕まえるなら今の内ですよ」
《窓口》の言葉で、鏡花が一気にドッペルゲンガーに近づき、もう片方に手錠をかけて取り押さえる。
「護くん、捜査本部に連絡してください」
《窓口》に言われて護は慌ててスマートフォンを取り出した。




