現実と合わせ鏡
九月の初め。そろそろ夏が終わってもいいような気はするが、まだ日は照っていて暑い。
「さて、買うもの買ったし帰ろうかなぁ♪」
鼻歌混じりで少女が一人、荷物を抱えて夢現の街の商店街を歩く。彼女が歩くたびに、後ろでハーフアップにした髪と、髪に結ばれた桃色のリボンが揺れる。亜麻色の髪に薔薇色の眼、紺色のワンピースに白い半袖のカーディガンを羽織った少女。彼女の名は鏡花。彼女は、この街の外れにある丘の上に建つ洋館に住んでいる、通称《窓口》と呼ばれる少女の同居人の一人だ。
「うーん・・・そろそろ秋用にリオの服も作っておきたいですねぇ」
抱えた大量の荷物を見て嬉しそうだ。
「・・・ん?あれは?」
何気なく、本当に何気なく、そこを見ただけだったのだが。大通りを横切る通りも街に何本かあるが、その中でも狭く、人通りのほとんどない道。こういった道はどこにでもあるし、人がたまにいてもおかしくはない。だが、鏡花が気になったのはそこではない。二人の少年が向かい合ってそこにはいた。一人はこちらから少しだけ顔は確認できる。見たところ、二人とも茶髪で背丈は同じくらい。着ている服も。こちらに背を向けている一人は動かない。ただ、それは動かないのではなくて、動けないのだろう。理由は、相対する少年の手にするモノにある、というのは鏡花でもわかった。右手にはナイフが握られているではないか。それも、口を三日月のように歪めて、笑いながら。
「・・・まさか、ねぇ」
まさかとは思うが、こんな白昼堂々と殺傷事件でも起こすつもりなのか。だが、鏡花以外は『その状況』が認識出来ないのか、ほとんどが、気にされることなく素通りだ。少年がナイフを振り上げた。鏡花はとっさにカーディガンの内ポケットから、裁ち鋏を取り、二人の間に入り少年のナイフを裁ち鋏で受ける。普段から裁縫道具一式を鏡花は持ち歩いている。銃刀法違反?そもそも裁ち鋏は布を切る以外使うつもりはないです。ただ今は仕方ない、使い方は全く違うけど。
「あなたは、何をしているのかなぁ?」
ナイフを持った少年は、驚いたような表情を浮かべ、鏡花と彼女が庇った少年と間合いを取る。
「・・・あ」
「大丈夫ですかぁ?」
後ろを一瞬だけ見て、鏡花は少年に声をかける。後ろの少年も対峙している少年と瓜二つで、まるで双子のようだ。鏡花は対峙する、ナイフを持った少年が人間ではないことに気付く。
「あなた、ドッペルゲンガーですね?」
ドッペルゲンガーとは。自分の目の前に、もう一人の自分が現れる怪奇現象とされる存在。この『箱庭島』には妖魔の種族として、ドッペルゲンガーがいる。ドッペルゲンガーは人を襲う際、周りに認識されないようにしている。だから、今回も周りは気付かなかったようだ。
「珍しいですねぇ?『この時間』に、この『島』で、人間を襲うだなんて」
鏡花は一気に間合いを詰めて、ドッペルゲンガーの方の少年に裁ち鋏を喉元めがけて突き出す。本気で殺すのに突き刺すつもりは微塵もないが。向こうは鏡花が、まだ本気すら出していないのはわかっているのだろう。何故なら、彼女は荷物は抱えたままで、武器として使っているのも、見た目はごく普通の裁ち鋏なのだから。
「あなたが逃げるのなら、今のうちですよ?このまま、あたしがあなたを殺してもいいんですかね?」
ニッコリ笑って、鏡花は裁ち鋏を狙いを定めるように、ドッペルゲンガーに向ける。顔は笑っているが、その目は全く笑っていない。向こうは勝ち目がないのがわかったのだろう、スゥッと空間に溶けるように消えた。気配等を探り、近くにいないことを確認して、後ろにいた少年の元へ近づく。
「大丈夫ですかぁ?」
「あ、ありがとうございました」
裁ち鋏をカーディガンの内ポケットに戻した鏡花に、少年は驚きと恐怖の表情を浮かべたまま、礼を述べる。
「安心してくださいな、もうアレはこの近くにいないようですからねぇ」
鏡花はニッコリ笑う。先程見せた笑顔とは違う、優しいものだ。
「うーん・・・とりあえずは家に連絡と、事情の説明をしなきゃなりませんねぇ、ところで、あなたのお名前は?」
「・・・河井 瑞季」
「一緒に来ていただけますかぁ?あたしのご主人にも、今の事情の説明をするのに」
瑞季は頷く。顔はまだ青ざめているが。
「困ったことになりましたねぇ・・・」
鏡花はポツリと呟きながら、スマートフォンを取り出して家に連絡を入れた。
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「珍しいですね?あんな町中で、しかも昼間になんて」
応接室で《窓口》は、向かい合うように座る鏡花と瑞季に、心底不思議そうな感じだった。ソファーにはすぐにでも出掛けられるように準備がしてある。
「今日、ネロ兄は?ご主人」
「今は別の仕事をしてますよ・・・それと協会の方にも、わたしの方から連絡をしておきましたから」
「すみません、とりあえずこの子だけでも助けなきゃって思いましてぇ」
申し訳なさそうに鏡花は《窓口》を見る。だが、それは気にしても仕方がないとでも言うように、彼女は首を振る。
「それでも、鏡花の判断は正しいと思いますよ?わたしでもそうするかと、まぁ協会や怪奇現象捜査課は、犯人を取り逃がしたのは痛いと思うでしょうけど」
何はともあれ、瑞季が無傷で良かったと《窓口》は飲み物を一口飲む。
「とりあえずは、向こうからの連絡も待たないと、彼も家に帰れないでしょう?」
《窓口》の言葉に鏡花と瑞季は頷く。ちょうどその時にテーブルに置いてある《窓口》の携帯が鳴る。
「はい」
「えぇ、今、わたしの家にいますよ」
「わかりました、すぐそちらに行きますね」
通話を終えて《窓口》は二人を見る。
「怪奇現象捜査課からの連絡で、すぐに来てほしいそうです」
そして傍らに置いてあった、白いバッグをたすき掛けにする。
「二人とも行きますよ」
金色のハートの鍵を持って《窓口》はドアの前に立った。
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ドアの向こうは、街の中心部にある箱庭魔法協会の本部の目の前だった。
「その鍵は本当に便利ですねぇ、ご主人」
「この鍵があれば『島』の中であれば、どこにでも行けますからね」
協会のロビーの奥にある受付まで三人は歩く。
「えっと、先程、怪奇現象捜査課の方から連絡があって来たのですが」
「では身分証か会員証を見せていただいて・・・はい、少々お待ちください」
《窓口》が受付で手続きをしている後ろで、瑞季が周りを物珍しそうにキョロキョロと見ている。
「瑞季くん、ここに入るの初めてですかぁ?」
「はい、結構広いし・・・意外と普通だけど、いろんな人がいるんですね」
鏡花は何度かここに出入りはしているが、普通の人間が(ましてや学生が)いるのは稀で、職員とかでなければ殆んど来ることはないだろう。
「あぁ《窓口》ちゃん」
受付で待っていた三人に向かって、二人の男性が歩いてくる。片方はしょっちゅう会うので、鏡花でもわかる。護だ。もう一人は40代、もしくはそれ以上くらいに見える。
「警部さん、いつもお疲れさまです」
《窓口》はお辞儀して挨拶をする。警部さんということは護の上司だろう。
「いやいや《窓口》ちゃんには、何かといつも協力とかしてもらってるからね、そんなかしこまらなくていいよ」
「神崎警部、その辺にしときませんか?」
神崎警部と呼ばれた男性は「すまないね」と苦笑する。護も背が高いとは思うが、神崎警部も背が高い。護と比べると10㎝くらい高い。
「で、《窓口》その男の子が襲われたっていう子か?」
護は瑞季を見てから《窓口》に視線を移す。《窓口》は頷くだけ。
「じゃあ、一緒にこっちに来てくれるかな?」
神崎警部に言われ、鏡花は瑞季と共に後をついていく。
「鏡花、わたしはロビーで待ってますね」
別れ際に《窓口》は笑顔で見送ってくれる。鏡花は頷くだけで応えた。




