《窓口》の1日
「主、起きてください」
八月も終盤の朝。いつものように《窓口》はネロに起こされる。
時計を見ると8時を過ぎている。
「おはようございます」
「おはよう、ネロくん」
「相変わらず朝は具合がよろしくなさそうですね」
「そうね・・・」
朝が弱くなったのはいつからだっただろうか。昔はもっと早い時間に起きていた気がする。物心ついたときには既に毎日、神社や夢宮の家で過ごしていたし、嫌でも起きるしかなかったのかもしれないが。
「大丈夫ですか?」
心配そうにネロが顔色を伺う。ただ、その顔が近い。慌てて頭を横に振る。
「大丈夫、いつも通り」
枕元にある四つ葉の髪飾りを手に取り、《窓口》はベッドから出て着替えをタンスから出す。
「今日は何か報告とかありました?」
「午後から相談員の一人が応接室を使いたいとの連絡がありました、あとは依頼の方が完了したという報告も三件」
「そうですか」
それを聞いて《窓口》は白いブラウスとグレーのタータンチェックのスカートを出す。別にこれが制服というわけではないのだが。
「ついでにその三人から、もし仕事があれば協会本部にいるとの連絡もありました」
「なら午後から協会の方に行ってきますね」
「わかりました」
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軽く朝食を済まして、自室で《窓口》は手紙の整理をする。ほとんどは自力で解決出来る内容や、噂を興味本位で試しただけのものだ。それが日々《窓口》の元に大量に届く。
「えっと・・・これはこっちかな」
傍らには棚があり20個ほどある引き出しと二つのボックス。引き出しは色分けされている。大概はボックスに放り込まれるのだが、内容によっては色分けされた引き出しに一時保管される。とりあえず今回届いた手紙はあらかた仕分け(ほとんどボックスに放り込まれるが)も終わったので、午後の出かける準備をする。
「えっと・・・仕事どれくらい入れられるかな」
タンスの横にある棚の下の方の本棚から封筒を三つほど確認して抜く。封筒の上部は引き出しと同じ色で分けられ、端には色々とマークが付けられている。今回、引き抜いた封筒にはそれぞれ「♪」「ペン先」「絵筆」の絵が小さく描かれている。
「とりあえず足りなかったら、また持って行けばいいんですよね」
いつも使っている白いバッグに封筒を入れる。このバッグの中には普段から、色々な道具や薬品の小瓶が入っている。これは不測の事態に対応出来るように。一通り準備を終えると、時計の針は11時45分を指していた。
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昼食を終えて、白いバッグを左肩からたすき掛けに下げる。普段なら手紙の送り主からの『相談』を聞いたりしてるのだが、今日は相談員が『相談』の打ち合わせをするというのもあり、比較的暇なのだが。靴を履いて、ちょっとだけ玄関脇の応接室を覗く。藤色のツインテールにメイド服の少女がいた。今日は亜夢がお茶の用意をしているようだ。
「あら、ご主人どうされました?」
《窓口》に気付いた亜夢が作業しながら聞いてくる。
「今から出かけるから、ちょっと声をかけてからと思ってね」
「そうでしたか、他の方には言っておきますので、行ってらっしゃいませ」
満面の笑みで亜夢は見送ってくれた。
「それでは、行ってきます」
《窓口》は応接室のドアを閉めて、改めて玄関のドアを開けて外に出た。
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夢現の街の中心部にある箱庭魔法協会本部のロビーには、今日も多くの人や色々な妖魔達が行き来している。ロビーの端に人の通り道を塞がないようにしながら、立ち話をする三人の見知った顔を見付けたので《窓口》はそこへ向かう。
「お?しぃか、ここに来たってことは俺らができる仕事があるんだな?」
三人組の向かって左側、一番背の高い一人の青年が《窓口》に気付いた。烏羽色の髪に常磐色の眼。彼は音無 響。見た目はいたって普通、特に変わった特徴はない。
三人組の真ん中は肩より少し長い白い髪に紫苑色の眼の色神 麻白。身長は《窓口》より10㎝くらい高く、響より10㎝くらい低い。その名前のように麻白は着ているワンピースも含めて、身に付けているものは真っ白だ。
向かって右側にいる青年は詩方 琴葉。胡桃色の髪に朽葉色の眼。身長は麻白より5㎝くらい高い。
この三人はそれぞれの夢宮の分家の子だ。幼い頃から、しょっちゅう三人でいる。
「こんにちは、今日も三人一緒なのですね」
「今日は偶然ですよ、もしも、しぃからの仕事がなければ協会の依頼でもって思っていただけで」
《窓口》の皮肉めいた挨拶に麻白は笑って返す。
「とりあえず、これ」
バッグから封筒を出し、響には「♪」の、麻白には「絵筆」、琴葉には「ペン先」の絵があるものを渡す。
「別にわたしからの仕事がなくても、三人とも別の仕事はあるでしょう?」
別にこの三人に限ったことではないが、相談員達は皆それぞれ別の顔を持っている。響は音楽家で麻白は画家、琴葉は小説家と別の仕事もある。それもあってなのか《窓口》はあまり相談員の仕事は三人に回すことは少ないのだが。
「まぁ響は別として、麻白も僕も比較的に暇だからね」
「そういってるが琴葉、〆切は?」
「間に合うから大丈夫」
そんなやり取りの中、不意に《窓口》は声をかけられた。
「あれ?しぃじゃん珍しいな、こんなところで」
振り返ると、そこには栗色の髪と翡翠色の青年。よく仕事で会う護だ。
「あら、護くんじゃない」
「やぁ護、仕事終わったのか?」
「響、終わったというか、彼はただ単に戻ってきただけでしょ」
そんな中、琴葉はペンと紙を用意している。琴葉は過去のトラウマから、特定の人物以外との会話が出来ない。その為、ほとんどは筆談だ。
「ここにいるってことは、四人ともやっぱり仕事関係か?」
四人とも頷く。琴葉も持っていた紙を見せる。
『色々と依頼も見てきたけど、しぃからの仕事の方が何かと良いんだよね』
「それは琴葉、しぃが俺らとの相性とか見て仕事を用意してるからだろ?」
響は《窓口》の頭をポンポンとしながら琴葉の言葉に答える。
「へぇ、そういうこともわかるんだな」
「わたしはこれでも《窓口》ですからね、そういうのも仕事の内ですよ」
ただ、この三人に関しては親戚だし幼少からの付き合いだ。得意な仕事も苦手とする事も知っているし、彼ら自身の能力もわかっているが。
「さて、わたしはそろそろ帰りますかね」
「本当に仕事を渡しにきただけなんだな」
「私も一緒に帰ろうかしら、方向は同じですし」
麻白はニッコリ笑って《窓口》を見る。確かに、歩いていけば帰り道に色神の屋敷の近くは通るが。
「少し待っててくれたら俺が二人とも送るけど」
「護くんの方が送られるの間違いじゃないですか?」
「しかも方向違いますし」
麻白とそう笑いながらも「それなら少し待ってますよ」と護が奥に行くのを見送った。
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街の中心部から南東に伸びる大通りを三人は歩く。《窓口》の隣には麻白、その後に護がいる。
「本当なら、私はしぃの家まで仕事を取りに行っても良かったんですけどね、響と琴葉が協会に行くって聞いたものだから」
歩きながら麻白は少し愚痴にも聞こえる話をする。
「それでも、しぃからの仕事が三人とも同日に終わったのは本当に偶然だったんですよ」
「別に疑ってるわけではないですよ」
「だってそう言ってないと、しぃは他の人と違って『色』がわからないんだもの」
これは麻白に限ったことではないが《色神家》の家系は皆、共感覚を持っている。ただ、麻白は自身の全ての感覚や他人の心に何かしらの『色』を視る。だが《窓口》に対してだけは、どういうわけか、そういう『色』がわからないらしい。全く視えないとかではないらしいが。
「視えなくてもわかる時もありますけどね?」
そんな感じで話ながら歩いていると、いつの間にか町外れの丘の麓にある色神家の屋敷の近くまで来ていた。大通りの突き当たりに見える屋敷が麻白の家だ。
「本当に護はしぃのことは大切に思ってるんですね?」
門の前でこっそり麻白は護を一瞬だけ見て《窓口》に耳打ちする。それに対しては否定も何もしないが。ただ、肯定もしない。
「じゃあ護、しぃをよろしくね」
「ん?あぁ、わかってるよ」
麻白はニッコリ笑って二人に小さく手を振って門の向こうへ入っていった。
「なぁ、麻白はさっきお前になんて言ってたんだ?」
「内緒です」
「・・・しかし麻白も相変わらずだったな」
麻白との話が気になったらしいが《窓口》は笑ってかわす。
「麻白って本当、可愛くなったよな」
「キミは何が言いたいのかしらね?」
「いや別に、しぃが可愛くないって言ってるわけじゃないんだけど」
つまり女から見ての麻白はどうなのか、という事らしい。正直、それはどうでもいい。
「本人が好きであの格好をしているなら、別にいいのではないのでは?」
「麻白ってお姉さんもいるよな?」
「黒奈さんね、キミの上司でしょ?」
「あの人も画家とかになれるだけの技術とか画力があるのにな?なんでわざわざ家を出たんだか」
「キミはその理由に気付いていないの?仕事中に一緒にいることが多いのに」
《窓口》は呆れたとでも言うかのように、ため息を一つ。その後も二人は話ながらも丘を登っていく。
「麻白も最初はあんなじゃなかったんだけどなぁ」
「正月のときに神社の人数足りなくて巫女の格好してからか?」
確かにそれがきっかけで麻白は変わったが、理由がそれだけじゃないのは《窓口》は知ってる。それは麻白から口止めされたので言わないが。
「親戚とはいえ他人の家のことだしな」
それはそうのだが。しかしながら、なんで親戚はこんな変人ばかりなんだとは思う。
「着いたぞ」
考え事をしていたのもありいつの間にか家に着いていた。
「上がってく?」
「いや、今日は帰るよ」
そういうとそのまま護は帰っていった。
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「ただいま〜・・・応接室の方はまだ終わってなかったのね」
玄関を入ってすぐのドアからは小さく会話が聞こえる。《窓口》は靴を脱ぎ自室に向かう。部屋の灯りをつける。テーブルには大量の手紙。
「また結構な量が届いてたのねぇ」
バッグを壁に掛けてソファーに座る。
「夕食までは仕分けしますかね・・・」
はぁ、と一つため息をついて手紙を手に取り読み始めた。
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夕食が済んで少しだけ時間があったので本を読むことにする。最近は推理小説やファンタジーものがお気に入りだ。一冊の本に挟んである栞のページを開く。30分ほどで一冊を読み終えると、タンスから着替えを出して部屋を出た。
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「ふぁ〜・・・」
正直、眠い。いつもはこれくらいで眠くなることはないが、多分気疲れだろう。少しソファーに寄りかかって手紙を読んではボックスに放り込む。
コンコンとドアをノックする音がする。
「主、起きてます?」
部屋に入って来たネロはソファーで寝ている《窓口》を見付けた。
時々、彼女は夜中に手紙を読みながら寝ている時がある。
「やれやれ・・・主はまた途中で寝てしまったんですか」
ネロは困ったようにため息を一つつき、ゆっくりと《窓口》を抱き抱えてベッドまで運ぶ。
「気疲れですかね・・・何はともあれ、おやすみなさい」
灯りを消してネロは静かに部屋を出た。




