形ある心
「あれから、しばらく経つけど、彼女から護くんにも連絡は無いみたいね」
自室で《窓口》は、いつもように手紙を読んでは、傍らにある箱に放り込んでいる。
「いくら夏休みと言えど、学生にも予定はあるのでしょう?」
今にも手紙が溢れそうな箱を抱えたネロが、苦笑をしながら《窓口》に言う。
「時々、真夜が様子を見に行ってますしね」
「真夜さん大丈夫なんですか?仕事もあるでしょうに・・・」
真夜が少し心配なのか、ネロは《窓口》が手紙をボックスに放り込んでいるのを見る。
「・・・見に行くだけなら気分転換に行くと、真夜自身が自分から言ったのよ?」
「あぁ、そうでしたか」
「ちゃんと真夜から報告もあるから、心配しなくて大丈夫よ」
手紙から視線を外さずに淡々と《窓口》は言う。
「それならいいんですがね・・・」
「ネロくんが真夜の心配なんて、珍しいですね?真夜が大丈夫だと言って動く時は本当に大丈夫だって、キミもよく知ってるでしょう?」
ネロは頷く。主人である《窓口》もそう言うのなら、本当に大丈夫なんだろう。
「まぁ、呪術師の方も『呪い』を完遂できないでしょうしね」
部屋を出ようとしたネロは、突然の《窓口》のその言葉に思わず振り返った。
「結局、呪詛を返したんですか?また、いつの間に?」
「ルーナサーの日、護くん達が帰った後にね」
そして《窓口》はポケットから一つの丸い石を出す。最初に亜璃珠に渡した御守りに入っていた、蒼く透明な石だ。護が回収した時には、呪詛を限界まで溜め込み、真っ黒になっていたのだが。
「これくらいならば倍返しでなくても、呪術師には痛手を負わせることはできますよ」
ニッコリ笑って《窓口》は言っているが、ネロはもしもこれで倍返ししていたら、と思うと背筋が凍るような感覚に襲われる。
「特に彼女から『呪詛返し』はお願いされてないですよね?」
「うん、でもいくら七海から『呪力』の対抗手段を教わっていても、向こうからの『呪い』が継続してたら意味がないじゃないですか・・・向こうはその道のプロのようなものなんだもの」
確かに正論に聞こえるが、これは《窓口》の仕事としてはどうなんだろうか。その言葉をネロは口に出しかけたが、グッと飲み込む。
「ただ、いきなり呪術師が発狂したりしたら、護くん達にはバレそうだからね、少しずつ、でも着実に確実にね」
恐ろしいことをさらりと言う人だ。それは今に始まったことではないが。
「それに、今回は呪術師にばかり非がある訳ではないですからね」
「それは『呪い代行』を依頼した人、ですか?」
「そうね」
《窓口》が言うには、本来ならば『呪い』なんてものは、本当にどうしようもない状況でなければ使うことはないのだという。つまり『呪い』は呪術師にとっても、本当に打開策がない時の最終手段なのだ。
「それを色恋沙汰なんかで使うのは、やはり」
「よく考えてから呪い代行とかをしてほしいものですね」
はぁ、と一つため息をついて《窓口》は作業を進める。
「それで、その『呪い』の依頼者はわかってるんですか?」
「ええ、それはわかってますよ、この間《情報屋》に頼んで調べてもらいました・・・そっちは八雲に真夜の気分転換のついでに行ってもらってます」
時々、八雲が真夜といると思ったらそういうことだったのか。ネロは一人、納得する。
「人を呪わば穴二つ、ですか」
「ただ、真夜達がやってるのは『呪い』ではなくて、真夜の周りにある『不幸の押し付け』だからね」
そういえば真夜は八雲と一緒に外から帰ってくると、清々しい程の笑顔になっていたが。『不幸』と一緒にストレスも押し付けてるのではないだろうか・・・。
「これで今回の件は、時間が経てば解決するでしょうね」
「呪術師は神経衰弱で『呪い』の続行が不可能に、依頼者も真夜さんに押し付けられた『不幸』で痛い目にあう、か」
それはそれで少し可哀想に思ったが、彼女に言わせればこれも自業自得という事なのだろう。しかもまだこれで優しい方。
「では、僕はそろそろ戻りますね」
「いつも悪いですね」
「これも僕の仕事ですからね」
ネロは部屋を出ていく。パタンとドアが閉まると《窓口》はまた、一通の手紙を手に取り、読み始める。
「そっか・・・亜璃珠さんのお母さん、無事に退院したのね、良かったわ」
《窓口》は一通り手紙を読み終えると、傍らの箱ではなく棚にある引き出しにしまう。
「さてと、次の仕事に移らないとね・・・」
別の引き出しから、資料やファイルを取り出して《窓口》は部屋を出る。
「今度の仕事も、なかなか厄介そうだわ」
厄介だと言いながらも《窓口》の表情はどこか楽しそうだった。




