祝祭または儀式
7月31日。《窓口》と護は、亜璃珠と共に病院へ向かって歩いていた。
「二人とも忙しいのに、すみません」
亜璃珠は申し訳なさそうにしている。それには《窓口》も護も気にしていないという様子でいる。だが、病院に近づくほどに、明らかに《窓口》の様子がおかしくなっている。少し顔色が悪い。
「しぃ、大丈夫か?」
護も心配そうだが、そうなってる理由はわかっているようで。顔は青ざめたまま、彼の隣を歩く《窓口》は、ただ黙って頷くだけだった。
「普段、病院には近づくことがないしな」
「だって、色々と視えるんだもの」
そういえば病院には、そこで亡くなった人の霊がいるとは、亜璃珠も聞いたことはある。そういうモノが普段から視える《窓口》にとって、病院という場所は結構、辛いのだろう。病院が目の前に見える。《窓口》は普段身につけている四つ葉の髪飾りに触れる。それはまるで、ちゃんと髪飾りがあるかを確認するように。
「そういえば《窓口》さんって、いつもその髪飾り着けてますよね、お気に入りとかなんですか?」
「あれは、しぃの力を制限っていうか・・・まぁ、抑制するモノなんだよ、お気に入りではあるらしいけど」
亜璃珠の問いかけに答えたのは護だった。
「制限?」
「しぃの力はあまりにも強すぎるんだ、あの髪飾りがないときは常人では名前や声、存在自体が認識ができなくなるくらいに」
「えっと・・・?」
「親戚以外で力が強い人でも、そういう時のしぃの事はボンヤリとしか認識できてないみたいだが」
「そうなんですか・・・」
「髪飾りに丸い石が下がってるだろう?」
護は《窓口》の髪飾りを見て、亜璃珠に問う。亜璃珠もそれを確認して頷く。
「あれが力の抑制と、周りにその力の影響が出ないようにする石なんだそうだ」
「具体的に《窓口》さんの力ってどういうものなんですか?」
「確か《夢と現の創造と破壊》だって聞いてる、その力の副作用かなんかだったかな?それで色々と視えたり、存在自体が希薄になってるらしい」
やはり《窓口》は、色々と大変なんだなと亜璃珠は思う。見た目はどこにでもいそうな少女なのだが。
「そんな事より、行きましょう?」
《窓口》はあえて話題を逸らすように言う。あまり触れられたくなかったようだ。
✡
ドアをノックして病室に入ると、いつものように、母と姉の紅璃珠がいる。
「連れてきたよ」
《窓口》と護は、亜璃珠の後ろから二人に軽く会釈する。
「はじめまして、亜璃珠・・・妹を助けていただいたそうで」
紅璃珠が《窓口》と護にお辞儀をする。
「俺らは、たまたま通りかかっただけですから」
「そうですよ」
気にしないでと、二人も紅璃珠に顔を上げるよう促し、亜璃珠と共に母の近くまで行く。
「えっと、そういえばお名前を伺っても?」
「あ、俺は飛鳥 護っていいます」
その後、護は《窓口》を肘で軽くつっつく。
「しぃ」
「え?あ、はい」
ぼーっと何か考えていたのか、《窓口》は慌てている。
「『しぃ』さんで、いいのかしら?」
「えっと・・・はい」
母の問いかけに《窓口》は何か思ったようだが、思わず「はい」と言ってしまったし、護も『しぃ』で呼んだから、まぁいいやという感じだ。
「見たところ、体調はいいみたいですね」
「えぇ、おかげさまで」
護も《窓口》に関しては触れず、亜璃珠の母のことに話題を移す。
「そろそろ退院もできるだろうとは、お医者さんからも言われてるんですよ」
「そうですか、それは良かったです」
定型文のようなやりとりではあるが、それでも家族以外の人と話せるのは、亜璃珠の母にとっては、とても嬉しかったようだ。当の《窓口》は終始無言だったが。
「そろそろ行こうか、しぃ」
時計を見た護に《窓口》は頷く。
「あ、これ」
紅璃珠は二人に紙袋を手渡す。
「せめてものお礼なのですが・・・」
「別にそんな、気になさらなくてもよかったのに」
護はそう言うが、母も姉も気が済まないのは《窓口》もわかっているようだ。《窓口》がこっそり何かを耳打ちしている。だが《窓口》と護には15㎝ほど身長差があるため、耳打ちするには背伸びしているが。
「えっと・・・ありがとうございます」
護が紙袋を受け取り、《窓口》と病室を出ていく。
「亜璃珠、送っていきな」
「・・・わかった」
大丈夫だと思うが母が言うので、亜璃珠は慌てて二人の後を追う。
✡
二人は病院の近くの人目に付かない場所にいた。亜璃珠は慌てて二人を呼び止める。
「あら、どうしたの?亜璃珠さん」
きょとんとした表情の《窓口》に亜璃珠は事情を話す。
「貴女のお母さんは心配性ですね?わたし達は赤の他人だというのに」
「いいんじゃないか?」
困ったように《窓口》は言うが、表情を見るとたいして困ってはいないようだ。
「あ、そうだ!」
突然、何か思いついたように《窓口》が言う。その表情はイタズラを思いついた子どものよう。
「おい、まさかとは思うが・・・」
その様子に護の表情は引きつる。こういう時は、彼女が何かをしでかすのを護はわかっているし、何度も巻き込まれて経験している。
「うふふ・・・亜璃珠さんさえ良ければですが、これからルーナサー、魔女の祝祭を見に行きませんか?」
「魔女の、祝祭?」
「はぁ、やっぱりな・・・」
詳しく話を聞くと、今日は『島』では魔女達が祝祭をやっているのだという。
「大丈夫ですよ?祝祭といっても、ただの収穫祭だから」
その言葉に亜璃珠も安心したのか、興味本位なのかはわからないが頷く。姉にメールで今から出掛けていいか聞いてみると、即刻で許可が下りた。
「じゃあ、行きましょうか」
ニッコリ笑って《窓口》は金色のハートの鍵を取り出した。
✡
やはりドアの向こうには別の世界が広がっていた。薄暗い森に囲まれた小さな集落の入り口に三人はいた。
「あ、しぃちゃんだ」
頭上から幼い子どもの声がする。見上げると、箒に乗った少女がいる。少女は三人の目の前にゆっくりと下りてきて、箒から降りた。
「よぉ、アリサ」
「あら、あたしは異端審問官は祝祭に呼んだ覚えはないわよ?」
アリサは迷惑そうにするが、それは本心ではなく、いつもやってるやりとりなのだろう。
「じゃあ、それなら俺は帰るわ」
「いやいや、冗談だって!?本気で言ってるわけないじゃないわよ?」
クルリと村に背を向けた護に、アリサは慌てて腕を掴む。その表情から、護はただアリサをからかっているらしい。
「ふふっ」
それを見ていた亜璃珠と《窓口》は思わず吹き出してしまった。
「っ・・・もう、しぃちゃんまでっ!!」
顔を真っ赤にするアリサに、堪えきれなかった護も笑う。
「あはは、ごめんなアリサ」
「もぅ・・・それで、しぃちゃん、その娘はだぁれ?」
亜璃珠を見て、アリサは少しだけ警戒した様子を見せる。
「今回のお仕事の依頼人よ」
「ふーん・・・この娘がね・・・?」
アリサはジーッと亜璃珠を見ていたが「まぁ、いいや」と再び箒に乗る。大きな黒いトンガリ帽子で箒に乗るその姿は、彼女が魔女であることが容易に亜璃珠でもわかった。
「そういえば、儀式って終わったの?」
「儀式っていっても収穫した麦とかハーブをお供えして、お祈りするだけだからね」
「それなら、別にわたし達を呼ばなくても良かったんじゃないかしら?」
「あたしの場合、ルーナサーはお茶会だから」
三人の前を箒に乗るアリサは、村の中心部まで三人の歩く速さに合わせて飛んでいる。村は東西南北に道があり、中心部は広場になっていて供物を乗せた祭壇があった。道の各場所には一人ずつ守り手がいる。
「こっち」
箒から降りたアリサが、三人を広場の一角に案内する。そこにはテーブルと椅子がある。テーブルにはパンとティーセット。本当にただお茶会をするようだ。
「まぁ、この村でもサバトの形っていうのは様々だから、あたしは祝祭の日はこうやってお茶会を開いてるの」
亜璃珠はてっきり、色々な(暗いイメージの)儀式をやっているものと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。
「中にはそういった儀式してる魔女もいるわよ?ただ、ルーナサーは実りの秋に向けて豊穣を祈ってるんだ、それにお茶会で大事なのは、仲間で同じものを食べることだからね」
そしてアリサは手際よく、人数分のお茶を入れていく。護が持っていた紙袋を見たアリサは、それに対しての少し疑問はあるようだが、何も言わない。
「紙袋の中身はお菓子よ、そんな悪いモノは入ってないわ」
護が紙袋から包装紙に包まれた箱を出し、開けると《窓口》の言う通り、中身はお菓子の詰め合わせだった。
「お茶会には、ちょうど良いでしょう?」
その言葉に全員が頷く。あまり乗り気でなかった《窓口》が、突然ルーナサーに行こうと思ったのは、こういう事だったのかと、護はどこか納得した。




