呪いと魔法
不思議なことに《窓口》が開けたドアの先は石段の前だった。
「えっと・・・」
「この石段の先が神社です、行きましょう」
《窓口》はさっさと石段を上っていく。引き返すにしても既にドアはなく、仕方がないので、亜璃珠も護と石段を上る《窓口》を追う。
「はぁっ・・・はぁっ・・・なんでサクサクと登れるんだ、アイツ・・・」
二人は息を切らせながらも石段を上る。さすがに真夏だ。上りきった時には二人とも汗だくになっていた。だが、神社は屋外だというのに、不思議と涼しい風が吹き抜ける。後ろを振り返ると、街が見下ろせる。賑やかな街の中にありながらも、神社は隔離されているかのように、静かだった。石段を上った先の鳥居の向こうに《窓口》が、その彼女の目の前には一組の男女がいた。
「遅いですよ〜?二人とも」
二人が来たことに気付いた《窓口》が、どういう訳か汗一つかかず、さらには涼しげにニコニコしながら言ってくる。
「いや・・・そっちが・・・はぁっ・・・は、早い・・・んだって・・・はぁっ・・・」
汗を拭い、呼吸も整わないまま、護は応戦する。亜璃珠は全く言葉が出ない。
「ふふっ、このやりとりも相変わらずですわね」
クスクスと《窓口》の後ろにいた、二人のうちの女性の方がとても愉快だと言うように笑っている。
「七海、笑いすぎじゃないか?」
「だって、久しぶりに二人の、このやりとりを見たら、ねぇ?」
七海と呼ばれた女性の方は、腰まである金色の長髪に、右目が緑色で左目が空色という珍しい眼だった。
「それにしても、相変わらず、八雲は表情が堅すぎるのですよ、ほら、笑顔、笑顔」
一方で、八雲と呼ばれた男性の方は銀色の髪で、眼の色は七海とは逆に右目が空色で左目が緑色だ。服装こそ、正装なのだが二人は人間ではないことは亜璃珠でもわかった。耳が明らかに人のモノではなく、しかも尻尾が生えている。
「えっと・・・?」
正直、亜璃珠は二人の姿に混乱して、思考が思うようにいかない。
「本物の、尻尾・・・?」
亜璃珠の反応が、よほど嬉しかったのかはわからないが、七海が尻尾を左右に振る。
「うふふ、わたし達は狐ですから、この耳も尻尾も本物ですよ」
「それで・・・ネロくんが言ってたのは、その子の事ですか?」
嬉しそうにニコニコしている七海とは対照的に、八雲はじっと亜璃珠を見る。少しだけ、緊張してしまう。
「えぇ、必要なものは準備できてますか?」
「もちろん」
《窓口》が二人(二匹?)と話している間に、護はこっそり亜璃珠に教えてくれる。
「あの二人も普段はあの家にいるんだよ」
「ここの人(?)じゃないんですか?」
「元々、アイツはここの巫女さんなんだけどさ、訳あって、今の家にいるから、あの二人も一緒にいるんだ・・・たまに神社の手伝いをしてるらしい」
「そうなんですか・・・」
他人の事情まで首を突っ込む趣味は亜璃珠にはないので、それっきり黙って《窓口》の話が終わるのを待っていることにした。
「それでは二人とも、こちらへ」
話は終わったのだろう、《窓口》が護と亜璃珠を呼んで社の中へ案内する。
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社の中は薄暗く、広い。想像通りで、いたって普通の、変わったところはない。ただ、窓を開けているだけなのに、とても涼しく、床もひんやりと冷たい。
「まぁ、そこに座ってもらって」
部屋の真ん中には色々と神具が置いてあった。
「なぁ、しぃ?」
「なぁに?護くん」
「そのまま始めるのか?」
「ちゃんとした神事ならば正装とかをしますけどね?」
確かに、洋服でお祓い棒(?)を持っているのは、何か違和感はあるが。
「なら、スカートだけ紅いのに変えたらいかがでしょう?《窓口》のお仕事ではありますが」
ニコニコしながら七海が言う。ふむふむと《窓口》は頷き、指をパチンと鳴らす。その瞬間、グレーのタータンチェックのスカートが手品のように紅い無地のスカートに変わった。
「えっ・・・?」
亜璃珠は驚きを隠せない。だって、彼女は何も持たずにここに来たはずなのだから。その反応に護がそっと言う。
「まぁ、俺もよく原理は解らないけど、ちょっとした魔法らしいな」
「魔法・・・」
「ここでは魔力も霊力も強い人は珍しくないんですよ、ただお嬢・・・彼女ほど強い力の人というのはいないですが」
少しだけ八雲が説明をしてくれる。二つの力のちょっとした違いは少し《窓口》本人から聞いたので、そういうモノなんだと、無理矢理だが理解する。
「とりあえず始めましょうか」
なんだか話が寄り道ばかりで進んでなかったが、最初の目的を思い出す。
「このままお祓いするのもいいですが、それじゃ亜璃珠さん自身に実感はないですよね?」
「じゃあ、どうすんだ?」
「『呪力』の可視化というのをやろうかと」
その言葉に護も亜璃珠も首を傾げる。
「理科の実験で無色透明の薬品の色が変わるのは見たことあります?」
亜璃珠は頷く。
「まぁ、それと似たようなことを『呪力』に対して、わたしがやろうということです」
《窓口》は亜璃珠に視えないモノを、分かりやすくするために視えるようにするということらしい。
「亜璃珠さん自身に影響がある方法ではないので、安心してください」
そしてニッコリ笑う。
「ちょっとびっくりすると思いますが」
そう言いながら手にしていた棒を振るう。その瞬間、亜璃珠は暖かい風を感じた。
「?!」
だがそれも束の間。亜璃珠の周りには、黒い霧状のモヤモヤしたモノが立ち込める。
「これが『呪力』ってやつなのか?」
護もこれには驚いたようで、こんなのを《窓口》はいつも視てるのかと思うと、気が狂いそうだ。正直な話、軽く考えていたのだが可視化されたことで、不安と恐怖が一気に亜璃珠を襲う。
「それじゃ、一掃しますね〜」
こんなのを視ているのに、なんとも呑気な調子で《窓口》は始めることを亜璃珠に告げる。何か呪文のようなものの唱える。そしてもう一度、棒を振るう。一瞬にして周りの黒い霧が晴れた。
「え、あ、あれ?・・・消えた?」
いろんな事象が一気に起きて、呆気なく終わったため、亜璃珠は困惑する。
「はい、これで終わりです」
持っている棒を八雲に預け、指を鳴らす。すると紅い無地のスカートは最初のスカートに戻る。
「これくらいだったら、格好そのままでもよかったんだけどなぁ・・・」
ちらりと護を見て、ちょっとだけ愚痴っている。
「意外と呆気なく終わったな」
「んー・・・これがまだ継続してると意味ないんですよねぇ」
それはそうだ。まだ完全には終わってない。実際には、どうしてこうなったのかもわかっていないのだ。
「それにしても・・・あんなのが周りにあって、なんで亜璃珠さん自身は元気なんだ?」
「護くん、彼女はキミと同じで『そういうモノの影響を受けない体質』なのではないかしら?」
「とりあえず、家にもどりましょうか」
《窓口》の言葉に護と亜璃珠は頷いた。




