迷いと呪い
いつもの応接室。《窓口》とネロの目の前には亜璃珠と護が座っている。
「そろそろ来る頃なのではとは思っていましたが、まさか護くんと一緒に来るとはね・・・」
「最初に俺を巻き込んだのは、お前だろう?」
はぁ、とため息をついて《窓口》は再び口を開く。
「亜璃珠さん、あれからどうなりました?」
「えっと・・・特に悪いことはないです」
「それは良かった」
その言葉は予想していたのか、彼女にとっては当然のことだったのか、特に喜ぶとか、変わった反応もない。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「なんで母のことまで、わかったんですか?」
《窓口》は答えない。その様子を見る限り、初めて会った時のように、どう亜璃珠に説明するか考えているようだ。
「かなり難しい質問しますね・・・」
「難しい・・・?」
「彼女は貴女に会った時点で、全てわかっていたっていうのが答えになりますかね」
《窓口》の困った様子を見かねたのか、隣にいるネロが答える。
ますます亜璃珠には《窓口》のことがわからない。彼女は一体何者なのか・・・。その亜璃珠の様子から《窓口》と護は説明してくれた。
「わたしはね、色々なモノが視えるんですよ、昔から」
「それを利用して《箱庭相談所窓口》っていう、今の仕事をしている」
亜璃珠は噂では聞いたことはあった。《箱庭相談所窓口》に『願い事』や『悩み事』を手紙に書けば叶う、もしくは解決してくれるという噂。あくまでも噂、誰かの作り話だと思っていたが。まさか彼女がその噂の張本人だとは、にわかには信じられない。
「普通の人に視えないモノが視えることを、説明するのは難しいんだとさ」
「まぁ・・・わたしが変わっているというのは、わたし自身がよくわかっていますから」
《窓口》は少しだけ哀しそうに笑いながら自虐的な言葉を零す。
「それでは、亜璃珠さんのご用件を伺いましょうか?」
「え、あ、はい」
その様子を一変させ、彼女は再び口を開く。その場の空気が一瞬にして、張り詰めた感じに変わる。
「まず、亜璃珠さんはどうしたいですか?」
「できればこれ以上、悪いことが起きてほしくないのですが」
「《窓口》、方法はないのか?」
少しだけ考えて《窓口》は静かに話しはじめる。
「うーん・・・一つは現時点までの呪いを打ち消す」
「それはお前がやるのか?」
護の質問に《窓口》が黙って頷く。それ以外に誰がやると思っているのか、というような視線を送りつつ。
「二つ、術者にその呪いを返す」
「そんなことが出来るんですか?」
「ただし、この方法は亜璃珠さん自身が実行しなくてはなりませんが・・・まぁ、わたしでもできなくはないんですけれど」
じっと《窓口》は亜璃珠を見る。見るというよりは、視るといった感じだが。
「《窓口》、その二つのメリットとデメリットを教えてくれないか?」
「前者はすぐに実行できるけど、呪いを完全に解くわけじゃないから継続した呪いだった場合が厄介」
「後者は?」
「完全に術者に返すから、倍返しくらいにできれば再発はないことが多いけど、かなりの時間がかかるし『呪力』を扱うから、心身に何かしらの影響がないとは全く言えない」
淡々と《窓口》は護の質問に答えていく。
「あの、前にも聞いた気がするんですけど『呪力』ってなんですか?」
「えっと・・・」
亜璃珠の質問に《窓口》は困ったような表情だ。その亜璃珠の隣では、護が思い出したように口を開く。
「なぁ《窓口》、前から思ってたんだが、よく言われる『霊力』と『魔力』と『呪力』って何か違うのか?」
護は《窓口》に問う。彼女はコホンと一つ咳払いしてからまた口を開いた。
「護くん、キミはそういうことを既に学んでいる筈なんですけれどね?まぁそれはいいでしょう・・・根本的には魂に付随する力だから、同じようなものよ」
「それを『島』での定義、として説明するのなら・・・?」
護の言葉に一息つくと、困ったような感じで《窓口》はそれぞれの違いを亜璃珠と護に教えてくれた。
「まず『霊力』というのは魂とか霊の存在するための力、かしらね?」
「霊や魂が元々持つ力的なもの、と考えてもいいかもしれませんね?この力が強い人、或いは波長が似通っている人は、その力の塊そのものである霊とかも視えたりします」
《窓口》の横から、ネロが二人に簡単に解るように捕捉をする。
「それで、『魔力』というのは魔術とかを使うのに使う力かな」
「個人差や血統、種族等によりますが、基本的に魔術や魔法を使う才能のようなもので、それが0でなければ多少なりとも魔術や魔法を扱う事ができるんですよ」
「最後に『呪力』というのは、一般的には『負の感情』から発生するエネルギーだと考えていいかな」
「この『呪力』が強いほど怨霊も呪いも強くなりますね」
「まぁ・・・わたしのこの説明を聞いた所で、よく解らないとは思いますが、こんなところですね」
そうして説明を終えた《窓口》は亜璃珠に、もう一つ質問する。
「亜璃珠さん、周りに不幸な事が起きる前に、何かしら亜璃珠さん自身に変わった事はありますか?」
「変わった事・・・?」
「例えば、そうね・・・その年齢で誰かから恨まれる、もしくは妬まれるような事だとしたら、何か・・・そう、テストの成績とか色恋沙汰かしら?」
《窓口》に言われて、亜璃珠には思い当たる節があった。
「そういえば、少し前にですけど・・・彼氏ができました」
「それって誰か、友達とか親しい人は知ってる?」
「いえ、知らないと思います・・・まだ誰にも言ってないので」
「・・・その彼ってモテる方?」
「どうなんでしょう・・・?特に何か噂とかは聞いたことは、なかったんですが」
「そう」
その後《窓口》は、あくまでも色恋沙汰で恨まれてるのは可能性の話だけどと続ける。
「誰かが『貴女の彼の事が好きで告白したけど、彼には貴女がいて振られた』とかが例えばだけれど、あったとしたら」
そういえば、そんなことがあったような話はどこかで聞いた気がする。だが、その後に母が急に入院したりしたために、彼とは学校以外で、一緒にいる時間がなかなか取れずにいた。理由は話してあるので、彼は理解を示してくれたが。
「でも、少しだけ変ですね・・・?普通の人が呪いとかを実行したとしても、大体が『呪いごっこ』で終わるんですけどねぇ」
《窓口》は不思議そうに言う。
「もし軽い気持ちで手を出した呪いがたまたま成功したとしても『呪力』を扱うから術者にも何かしら影響はあるはずですし・・・亜璃珠さんの友人とか、貴女のお母さん以外で誰か体調が悪いとかはありますか?」
さすがにそれはなかったはず、と亜璃珠は《窓口》に告げる。それなら他の可能性を考えなくては、と《窓口》は頭を捻る。
「主、例えばですが『呪い代行』とかの可能性は?」
「うん・・・それなら周りで体調不良の人がいないのは、納得できますね」
《窓口》とネロは納得しているようだが、護が口を挟む。
「なぁ、『呪い』ってかける方も何かしらあるのか?」
「護くん、キミは『人を呪わば穴二つ』という言葉を知っているかしら」
《窓口》の言葉に護は「もちろん」と頷く。
「人を呪うということは、呪いをかける方もその『呪力』に触れるということ」
「呪術者は、その『呪力』に負けないような精神力が必要になってくるの・・・それに飲まれれば、術者自身の精神も犯され蝕まれていくのだから」
「だから呪う方も生半可な覚悟では、他人を呪うことはできないのよ」
《窓口》の言葉は何故か、とても重くのしかかる。だからといって、亜璃珠もこのままの状況ではいられない。
「とりあえず現時点の『呪力』だけは、わたしが綺麗に祓いましょうか」
《窓口》は立ち上がると護と亜璃珠が入ってきたドアに近づく。
「どこでやるんですか?」
「『夢現神社』という神社があります」
「俺も付いていくけど、いいか?」
護の質問に頷き、彼女は亜璃珠と護に手招きをする。
「ではネロくん、あとは頼んでも大丈夫ですか?」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そして《窓口》は応接室のドアを開けた。




