解放される意識
リオネットが開けたドアの向こうは、まるでオモチャ箱のような空間だった。足の踏み場はあるものの、オモチャがそこかしこに転がっている。周りを見ると、先程、家を出る前に《窓口》から見せてもらった情報の子ども達がいた。見たところ、かなり弱っているようだ。部屋の中心部には、背を向けていて性別まではわからないが、一人ぬいぐるみで遊んでいる人物がいた。
「・・・あ」
リオネットの声に反応したのか、部屋の主であるその人物がこちらを向く。
「・・・子ども?」
その人物はボサボサの白く長い髪に深紅色の眼で、見た目はリオネットと変わらないくらいだろうか。リオネットが来たのがよほど嬉しかったのか、その眼をキラキラさせている。
「来てくれたんだねっ!ねえ、ボクと一緒に遊ぼうよ」
「・・・周りの子、どうしたの?」
ボク、という事は少年だったのか・・・。正直、亜夢はどうしようかと様子を見ているが、あまり刺激はしないように、リオネットは質問を選んでいるようだ。こういう小さい子は下手に刺激すると、純粋故に何をしでかすか分からない。
「みんな、なんでか分からないけど、動かなくなっちゃったの」
「・・・それは」
「最初は元気だったんだよ?」
リオネットや亜夢も、普段は人間と変わらない姿ではあるが、人間ではない。多少、それも一ヶ月くらいなら食事を抜いていたとしても、しばらくは生きていける。だが、人間は違う。ずっと夢の中に意識があったら、衰弱していくのは当たり前のことだろう。リオネットもこんな見た目ではあるが、それくらいはちゃんと分かる。
「なんでか、わかる?」
「それは、ずっと・・・ここにいる、から」
「なんで?ボクはずっと一緒にいたいだけなのに・・・ダメなの?」
この子は目覚めない人間の末路を知らないのか、と亜夢は話を聞きながら思う。亜夢は過去に何度も夢の中で人の死を目撃してきたし、自ら手を下した事もある。目覚めないということは、食事ができず、空腹から栄養失調により、現実ではどんどん身体が弱っていく。つまり、そのままなら餓死する。今はまだ、ここにいる子ども達は、病院で点滴だったり、治療を受けているからいいものの、そのままでは死ぬのは時間の問題だろう。死んでしまえば、ここにある意識も消えてしまう。
「なんで・・・みんなを帰して、あげないの?」
「どうしてキミは大人みたいなこと言うの・・・?」
ここに大人がいない理由。それは、この子の『ずっと一緒にいたい、遊びたい』という想いを否定するから。大人の言う事を受け入れられないのだろう。
「でも、このままじゃ・・・みんな」
「きっとみんなだってここにいたいって言うよ?」
「・・・帰らなきゃ・・・ダメなんだ」
──タンッ
「っ?!」
その言葉は彼にとって、相当ショックだったのだろう。鋏をリオネットに向けて投げられた。リオネットは普段の話し方からは想像できないくらい素早くかわす。あぁ、これは地雷を踏んだなぁと亜夢は判断する。
「リオちゃん、どうする?」
「・・・亜夢ねぇ、ゴメン・・・手伝って」
「わかった」
亜夢がヒラリとリオネットから離れ、蝶の姿から普段のメイド服の姿に戻る。彼は亜夢がいることに驚いたのか、目を見開いていた。
「なんで、ここに大人がいるの?!」
「あたしはさっきからずっといたんですけどね?」
「ボクの邪魔しないで!!」
色々なオモチャが二人を囲む。
✡
鏡を見ていた護は、頬杖をつきながら薄く笑みを浮かべて、鏡を眺めているだけの《窓口》に心配そうに言う。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「地雷は踏んだみたいですけどね?二人なら何も心配ないですよ」
鏡に写る二人を護は心配してるのだが、彼女は平気そうに見ていた。それは二人の実力を信用している、という事らしい。
亜夢は懐から一枚の紙を出す。
「──来たれ、我が夢の眷属《夢喰いバク》」
紙から一匹のピンク色のバクが現れる。
「ムーちゃん!このオモチャ達を食べちゃって☆」
『ムー』と呼ばれたバクは、嬉しそうにオモチャに噛み付き、次々に食べていく。
「えっ、そんな・・・」
「あたし達夢魔にとって、この《夢喰いバク》というのは天敵でしょう?」
相当お腹が空いていたのか、ムーはどんどん平らげていく。その隙にリオネットは子ども達の意識を、自分達の近くまで運ぶ。時折、鋏やらオモチャも飛んでくるので、器用にかわしながらなのだが。
「亜夢ねぇ、全員こっち来たよ」
「リオちゃん、ありがとう」
リオネットに一瞬だけ微笑むと、真剣な表情で、少年に向き合う。
「さてと・・・貴方が子どもとはいえ、あたしは手加減はしませんよ?」
亜夢の髪の色が藤色から菖蒲色に染まる。彼女のその変化に護は驚く。その様子に《窓口》は説明してしてくれる。
「なんで亜夢さん、髪の色が・・・?」
「亜夢ちゃんと双子の兄の來夢くんはね、他の兄妹達と違って淫魔と悪夢のハーフなの」
「ハーフ?!」
「そう、だから亜夢ちゃんは淫魔の能力と悪夢の能力を両方使えるの」
「あれ?でも」
「お兄さん達は夢魔でも、それぞれ別種の純血種よ」
「なんでその双子だけが?」
「さあ?それは他人の家庭事情としか言えませんね」
鏡の向こうでは亜夢がムーを戻している。
「さぁ、貴方にとっての悪夢を始めましょうか」
「・・・?」
「貴方にとっての悪夢は『独りぼっちになること』ね」
まるで幕が上がり、道化が観客に挨拶をするように、亜夢は一礼する。
「ここは既にあたしの舞台──開け、夢幻の扉」
ガチャッと音をたてて、一斉にこの部屋の堅く閉ざされていたドアが全て開く。
「?!」
「──幻想に捕われし幼き意識、在るべき場所へと帰りなさい!《胡蝶の覚醒》」
そう言うと同時に子ども達が光りに包まれ、それぞれの夢へと帰っていく。
「そんな・・・?!嫌だ!?嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
彼の顔が青ざめる。目には大量の涙が湛えられ、溢れる。
「さて、全員帰りましたけど」
「ヒック・・・どうして、こんな酷いことをするの?」
「このまま、夢の中にいる事の方が、あの子達にとっては、もっと酷いことだから」
「・・・そんな事、ない」
「このままあの子達が夢の外で死んでしまったら、結局、貴方はまた独りぼっちなのよ?」
「・・・え?」
「やっぱり、わかってなかったのね」
亜夢の言葉に彼は驚いている。どうしようか、そう考えながらも、亜夢はリオネットを来たときに通ったドアに促す。
「リオちゃん、先に帰っててもらってもいい?」
「・・・わかった」
鏡は一人、部屋を出ていくリオネットを映す。
「あれ、リオちゃんだけ?」
「亜夢ちゃんにも考えがあるんでしょ、きっと」
そういって《窓口》は鏡に手をかざす。夢の中を映していた鏡は普通の鏡として護達の姿を映していた。そして、それと同時にリオネットが目覚めた。
「おはよう、リオ」
「・・・ただいま、マスター」
「亜夢さんはどうしたんだい?」
「・・・先に、行っててって」
「そうか」
✡
──リオネットを先に帰して、亜夢は彼と対峙する。髪と眼の色は、普段の色に戻っていた。
「さて・・・これであたしが帰ればまた、貴方は独りぼっちですが」
「・・・」
「さすがに、このまま貴方の事を放置するのは、ご主人が許してくれませんでしょうしねぇ・・・?」
困ったように亜夢は言うが、その顔は一つも困ってなさそうだ。むしろこの状況を楽しんでいる節がある。
「そこで、あたしから貴方に一つ提案が」
「・・・?」
「貴方はここから、外の世界に出ようとは思いませんか?」
「外・・・?」
「そう、外」
彼が夢の外へ行けば、友達もできるだろう。これから住む家などに関しては、きっと《窓口》がなんとかしてくれる、はず。
「ボク・・・外の行き方、わからない」
「それなら心配ありません、あたしが貴方を一緒に連れていきますよ」
「外に行ったら、友達できる?」
「うーん・・・それは、これからの貴方次第ですけどねえ」
彼はしばらく黙り込む。どこか怯えているようにも見えるが、答えによっては、亜夢は行動を変えなくてはならない。
「あたしとしても、ずっとここにいられて、同じことを繰り返されるのは困りますし?」
「・・・もし、外に行くの、嫌って言ったら?」
「その時は、そうですね・・・ムーちゃん、先程出した、あたしのバクに貴方を喰わせます」
さすがに亜夢のその言葉は、彼にはかなり怖かったのだろう。動きも表情も固まっている。
「どうしますか?」
「うん・・・行く」
大人しく彼は亜夢の所まで近付いてきた。亜夢がその行動に満足げに頷き、指をパチンと鳴らす。その瞬間、目の前にドアが現れた。
「さ、行きましょうか」
そして二人はドアの向こうへと消えていった。




