秘密のお茶会
──応接室には《窓口》とネロ、そして護の姿があった。
テーブルには紅茶の入ったティーカップとお菓子。まるでちょっとしたお茶会のようだ。
「それで、あの後はどうなりましたか?護くん」
「あぁ、それなんだがな」
あの一件以来、学校で物がなくなるという怪奇現象は起きなくなったのだそうだ。変化はそれだけではない。
「それから、イジメの加害者の玲って子は、学校を辞めたらしいな」
「そうですか・・・」
話を聞くと、その女子生徒はイジメの加害者であることが近所でもばれて、家族一同、別の町に引っ越したらしい。今、彼女は新たに高校には行かずに、どこかで働いているとか。まぁ、この先、彼女がどうなろうと《窓口》には知った事ではない。
「それで?どこまでお前は今回の件に関わってるんだ?」
「あら、何のことかしらね?」
「ったく、いつもいつも、そうやってすっとぼけやがって・・・裏でまた何かやってんだろう?」
と、詰め寄る護のポケットから着信音が鳴る。ポケットからスマートフォンを取り出し、護は通話を始めた。
「もしもし・・・あ、ハイ・・・わかりました、すぐ行きます」
電話を切って護は《窓口》の方に向いた。
「悪い」
「ふふっ、またどこかで何かあったのね?」
「ああ、今回の件はまた今度聞くわ」
「そう、それじゃあ行ってらっしゃい」
そう言って《窓口》はかなり不機嫌そうな護に手を振って見送る。バタンとドアが閉まって、しばらく応接室は静かになった。
「いいんですか?主」
「何がですか?ネロくん」
「護に本当のことを言わなくて」
「・・・知らない方がいい時もありますよ」
ソファーに寄りかかって《窓口》はポツリと呟く。
「本当は『彼女』の霊なんていうのはただの幻想、そんなモノは最初から存在しない、とかかしらね」
実際にイジメを復讐する『彼女』の存在なんて無い。あの怪奇現象は様々な要因が重なって起きた人為的なモノだった。だが『彼女』が《窓口》に相談に来ていて『噂』の実現を依頼してきたのは事実。さらに《窓口》に話したことも、また事実。
──しかし《窓口》は『噂』の実現を実行してはいなかった。
「ただ『噂』が実現したように見えたのは、その『噂』に便乗して、実際に行動を起こしていた人間がいたからなんですよ」
《情報屋》から貰っていた情報で、加害者の女子生徒は『彼女』の他にも、過去に様々な生徒を虐めていたことを《窓口》は知っていた。今回の行動を起こしていたのは、その過去の被害者達だった。そして『彼女』が自殺したことで、『彼女』はその被害者達が都合良く行動をする為の『身代わり』になってしまっていたのだ。
「そして、彼らは教室を移動する授業のときに、小さな『仕返し』をしていった」
「でも主、あの学校は移動する際に、教室の前後のドアに鍵をかけてますよね?」
「あのね?ネロくん、あの学校の教室の『前のドア』はね、中からも鍵かけられる造りになっているの」
「それじゃあ・・・」
「キミが思っている通りですよ、中に人が一人でも残っていたら、後ろは鍵をかけたとしても、前のドアから鍵を開けて自由に出入りができる、そして教室に誰もいなくて、施錠されていたとしても『教室に忘れ物をした』ということで、鍵を借りることもできます」
それを聞いたネロは、どこか納得した様子。でも、さらに疑問が浮かんだようだ。
「それならば、簡単に誰がやったのかがわかりそうですが?」
「だからこそ、死んだ『彼女』のせいにしたんだよ」
さらに言えば、すぐに戻ってきて『自分が入った時は何もなかった』と嘘をつけばいい。物を隠すだけなら、そう時間はかからないし、例え教室に入るのが見付かっても、そのクラスの生徒であれば何もせずに忘れ物だけを持っていけばいい。
「被害者達は前から加害者に『仕返し』を望んでた、でもそれは今まで報復が怖くてできなかった」
「そこにタイミング良く『彼女』が自殺したってことですか?」
「そういうこと、そうすればイジメに加担していたクラスメイトの殆んどは掌を返すし、被害者達は個人的にそれを好機と考えて『仕返し』を『彼女』の仕業ということにした」
そしてそれは偶然にも複雑に絡み合い、全てが『彼女』の仕業で通ってしまったのだ。
「自殺した生徒の復讐なんて、加害者に『仕返し』をする隠れ蓑にはうってつけでしょう?さらには女子生徒の自殺の原因が、イジメだったというオマケ付き」
「身近に起きたことで、そういった『噂』も広がりやすかったってことですね」
確かに『噂』は図らずも学校中に広まっていた。そのおかげもあったのか、誰一人として疑われることもなく事が運ばれていた。噂を信じないとしても、どこかでは『彼女』の存在というのはあっただろう。火の無い所に煙は立たないとは言うが。今回はそれに留まらない。
「ただ、今回の騒動は、掌を返したクラスメイトと共謀して『仕返し』をしてた人もいれば、他に行動してることを知らずに『仕返し』をしてた人もいたみたいですね」
「と、言いますと?」
「わたしが町で話を聞いて回ったとき、加害者の持ち物は机の中に隠したけど、他のは全く知らないし、やってないと言ってた人が、少なくも数人はいたんですよ」
「つまり全員が全員、共謀をしたわけじゃないから、他の生徒の行動は全て『彼女』の仕業だと?」
「そう思って、怖くなって『仕返し』を止めた人もいたみたい」
不安が不安を煽り、歪んだ幻想は現実味を帯びていく。そしてその『噂』は語られ、尾鰭を付けて独り歩きし、成長する。
「では主、夜中に出掛けたのは?」
「あれはね『彼女』本人に会ってたの、二人が相談に来た話だけした」
「本当にそれだけですか?」
「あと、この現状から引き返すのなら、今のうちだということも伝えてみました」
「・・・どういうことです?」
「わたしは『死んだこと』をなかったことにする事も、できたんですけどね?」
「・・・!!」
「さすがにそれは各方面の方々から怒られますし、一応、わたしの興味本位で聞いただけですよ?」
それだけならいいのだが、彼女はネロ達の知らないところで、何をやってるか分からない。それが良い方向に進んでいたから、今回はいいものの。
「本当は『彼女』は、復讐なんて望んでなかったですし」
「えぇ?!」
突然の《窓口》の言葉にネロは驚く。当の彼女はその反応に、不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げていた。
「あら?ネロくんには言っていなかったかしら?」
「それは初めて聞きましたよ」
「キミがそう言うなら、そうなのね」
「どういうことか、説明していただけますか?主」
「まず『彼女』の話と依頼の内容は覚えてますか?・・・と、聞くまでもなく、キミは一字一句漏れずに覚えているだろうけど」
その言葉にネロは一度、黙って頷く。
「彼女は『他の生徒が自分と同じ目に遭わないように』と『加害者に被害者の気持ちを解らせる』方法を探してたんですよね?」
「そう、ただ後者は生きてるうちはできなかった、と」
「だから、主、貴女に『イジメを苦に死んだ女子生徒が加害者に復讐する』という『噂』を実現してほしかったんですよね?」
「うん・・・だけど、わたしはその『噂』の実現を、実行はしていないですよね?」
「実際、今までも相談者がどういう形であれ、亡くなった時点で依頼を無効にしてましたからね・・・今回も僕はそうなのだと思っていましたが?」
「わたしがそれをしなくとも、その『噂』は実現したように見えたけれどね」
「そして今回の相談者に協力をしてほしいとも」
「それは『彼女』が相談者が気に病むと考えたからでしょう、多少なりに交流もあったらしいからね」
彼女はどこか納得したような表情だった。それも束の間、楽しそうな笑顔を浮かべる。
「さて、ネロくん?加害者に被害者達の気持ちを簡単に理解させる方法は何かわかるかしら?」
「一番手っ取り早いのが、自分と全く同じ目に遭わせることですかね?」
「そう、その方が被害者の気持ちがよくわかりますね」
彼女はどこか遠くを見ている。彼女のその目には一体、何が映っているのか。
「でもさ、それは同じことの繰り返しだよね?周りに掌を返されて加害者が被害者になるだけで、その加害者だった側がまた同じように死ぬかもしれない、そうなったら被害者だった側が加害者になるだけ」
「そうですね、つまり『彼女』はその繰り返しを起こさずに、自分で終わらせたかった・・・?」
「そう、だから『彼女』の本当の『願い』というのは『イジメの負の連鎖が自分で終わる』ことであって『イジメの加害者に対する復讐そのもの』ではない」
彼女はさらに続ける。
「これ以上、誰かがイジメの加害者にも、被害者にもならないように」
「それはそれで、どうなんですかね?」
「まぁ、あの『噂』のおかげで被害者達も、もうこんな『仕返し』もしないでしょうしね?」
「・・・?」
ネロがどういう事かと首を傾げていると、それを彼女は可笑しそうに笑っていた。
「それに、わたしは新たに小さな『噂の種』を蒔いてきました」
「どんなのです?」
「ふふっ・・・それは内緒です♪」
シーッとネロに言う時の表情は、本当に楽しそうだった。
「もう一つだけ聞きたいんですけど?」
「なんですか?」
「三人が会った『アレ』って、結局なんだったんですか?」
「あぁ『アレ』はね、ただの『負の心』と『悪夢』の塊」
「霊だとか、そういったモノではなかったんですか?」
「そう、あれはいろんな人の『憎悪』とか『恐怖心』によって生まれた集団心理の幻影」
「なら何故、護達に攻撃を?」
「それは、あまりに『噂』が力を持ちすぎたせいですね・・・あれは『憎悪』とか、死んだ『彼女』が悪霊としてあれば、そうでなければ、もしくはそうあってほしいという『負の願望』によって産まれてしまったものだから、正直な話、誰が会いに行っていても結果は同じだったんですよね」
楽しそうだった彼女の表情は、一変して、どことなく呆れたような表情になっていた。ネロは町で聞いた証言を、一つずつ思い出す。
「そういえば・・・彼女が首を吊ったという桜の木に、人影を見たとか証言もありましたが」
「それはただの見間違いですよ、よくある話でしょう?お化けだと怖がってよく見たら、ただのゴミとか風に煽られて飛ぶ布や袋だったとか」
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とはこういう事なのだろうか。彼女の言葉だと、今回の事もそれらしい。
「じゃあ、護に渡したあの札は?」
「あれは『夢壊しの札』という幻想を壊す札」
ちなみに、彼女の手作りだそうで。効果は抜群とのこと。
「幻想を相談者の前で壊したことで、この現実になった『悪夢』は終わった、そして被害者達も『仕返し』ができた」
呟いてはいるが、どことなく楽しそうだ。その感性はネロにはよく解らないが。
「この騒動が『彼女』の仕業だと語られ続けることで、きっとあの学校でイジメは起こらないでしょうね」
「わたしがこの真実を外の誰にも明かさなければ『彼女』の願いも叶って、めでたしめでたしってことで」
そして、彼女は口を閉ざした。ネロは、満足そうに頷いて紅茶を飲んでいる彼女に、もう一つだけ質問を投げ掛けた。
「今回はこうなると、主は最初から解っていたのですか?」
「さぁ?それはネロくんのご想像に任せますよ」
全く、彼女の行動には驚かされることばかりだ。まぁ、それは今回の事に限ったことではないが。
「さて、ネロくん?わたし達も次の仕事をしましょうか」
「そうですね、そろそろ次の相談者さんが来る時間です」
──今日もまた、誰かの『悩み』や『相談』を聞くために《箱庭相談所窓口》の応接室のドアは開く。




