行動開始、進まない時
5月4日の朝。時間は8時、ネロが《窓口》を起こすために、部屋に来る。ドアをノックする音。その直後にはドアを開ける音がする。
「失礼します」
薄暗い部屋にネロが入ってくる。彼がカーテンと窓を開けると、一気に部屋が明るくなった。
「主、朝ですよ」
「⋯⋯う⋯⋯ん」
いつもなら《窓口》は寝起きが悪い。だが、珍しく《窓口》はすんなりと目を覚ます。
「起きてください、朝ですよ」
「んぅ⋯⋯今、起きます⋯⋯」
「おはようございます、主⋯⋯珍しく、今日は早くお目覚めになるんですね?」
ネロの言葉に何も返事はしないが、ゆっくり身体を起こすと、彼女はネロに問う。
「ネロくん、今日は何日でしたっけ?」
「今日は5月4日、明日はリオさんの誕生日です⋯⋯忘れてたんですか?主」
「そうではないのですけど、ね」
一体、どれだけの者が気付いているだろうか。この世界は5月4日から全く時が進んでいないという事を。そして、これは何度目の5月4日だろうかと、考えた。
「ネロくん、急で悪いんですけど、今日は人に会いに行きます」
「⋯⋯どなたにお会いになられるので?」
「《時の管理者》⋯⋯時槻 明日香に」
「そうですか」
「もし、わたしが来客があっても戻らない場合、人に会いに行ったとだけ伝えておいてくれますか?」
「かしこまりました」
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午後。《窓口》は日向病院という病院の前にいた。この病院は『夢見市』の中でも大きな病院で、日向 陽の実家が経営している。
「⋯⋯面会謝絶?何かあったんですか?」
病院の受付で《窓口》が時槻 明日香に会いにきた事を伝えると、彼女は今、面会謝絶だという。これは困ったと《窓口》が考えていると、ちょうど陽が歩いてきた。
「あれ?どうしたんだい?」
「あ、陽さん⋯⋯明日香に会いにきたんですけど、面会謝絶だそうで?」
「ん?あぁ、彼女なら家族とキミは会って大丈夫だよ、いつもはあまり他人と会いたくないみたいだからって、面会謝絶にしてるんだ」
「あら、そうだったんですか」
「場所はわかるよね?」
「はい」
《窓口》は病院の個室の前のネームプレートを確認する。ちゃんと『時槻 明日香』とある。ノックをしてドアを開けると、ベッドの上に一人の少女が身体を起こして《窓口》の方を見ていた。
「やっぱり来たね、詩音さん」
「気付いてました?」
「そろそろ来る頃だとは思ってた」
青竹色の眼と白緑の腰よりも長い髪。時槻 明日香は嬉しそうに笑う。
「面会謝絶だって言うから、驚いたわ」
「ごめんね、さすがに今回ばかりは、あたしだけでは⋯⋯」
申し訳なさそうに言うと、明日香はサイドテーブルの上にあったノートパソコンを立ち上げた。
「本当は実家の妹達に頼んでも良かったのだけど」
明日香の実家は『夢現の街』の南側にある『時と時計塔の街』にある。彼女はこの病院に入院⋯⋯というよりは、住み着いている。実質、この個室は彼女の部屋になりつつある。壁には掛け時計に鳩時計、棚には置き時計や水時計など、ありとあらゆる時計が時を刻んでいる。明日香は、この時計からすべての時間を把握できる、らしい。
「明日香、今、何が起きてるのかだけ聞かせてくれますか?」
「本来、時間というのは一方通行なの」
「それはわかります」
明日香は近くにあった、細長く切られた紙を取り出す。そして一回ひねって輪を作った。
「簡単に言うと、今、この『島』全体の時間がこの『メビウスの輪』の状態になっているのね」
「始まりは5月4日の夜の0時、そして一日が終わると、この輪のように始まりの時間に戻ってくる」
「そういう事、そして詩音さんには、この『ねじれ』の原因を見付けてほしいの」
「今日子さん達では無理なのかしら?」
明日香には妹が三人いる。そうでなくても、彼女の親戚の子にも声をかけて分担すれば、用意に原因くらいは見付かりそうだが。
「今日子ちゃんと刹那ちゃんは、時間が戻った時の反動で『島』がおかしくならないよう調整中、永久ちゃんと未來ちゃん、佳子ちゃんは実家から原因を調べてるみたい、それに《星の情報屋》も上手く情報が得られてないらしいわ」
「《情報屋》もこの異変は察知してたの?」
「してるんだよね⋯⋯でも、お手上げ状態みたい」
どうやら一日が終わると同時に、記憶も記録もリセットされてしまい、一日の違いが調べられないという。
「あまり長い間、ループが続くと反動が大きくなるわ⋯⋯本当はあたしがその原因を見付けるのが一番なのだけど」
「一応、原因であろう事象の検討はついてます」
「ごめんね、あたしが歩けないばかりに」
明日香は足が不自由だ。それは生まれつきではなく、中学校を卒業後に事故で動かなくなった。原因が病気ではないため、陽でも治せず、なんとか《窓口》が今の状況まで回復させた。それでも彼女の足は時が止まったまま。
「まだ、こうしていられるだけ、あたしは幸せよ?⋯⋯世界には私より動けない人もいるのだから」
「⋯⋯この異変が解決した時にまた来ます」
「うん」
病院を出た《窓口》はパチンと一回、指を鳴らす。空中に現れた白いレースの日傘を取る。そして日傘を差すと、ふわりと《窓口》の身体が宙に浮き上がる。別に日傘を差さなくても、彼女は飛べるのだが。
「さて、実際に見に行かないとね⋯⋯?」
ふわふわと街の上空を飛んでいく。残念なことに《窓口》は繰り返しの中で違うのは、男子高校生が巻き込まれる事故しかわからない。男子高校生といっても、誰がその被害者なのかを知らない。ただ、わかっているのは、その彼には彼女がいるということ。
「そうはいっても、この条件に当てはまるのなんて、たくさんいるわよね⋯⋯」
仕方なく《窓口》は夕方まで街で時間を潰す事にした。やはり、休日は人も多い。
「もう少し明日香と話をしてた方が良かったのかしら⋯⋯あ、そうだ」
ふと、手っ取り早く探す方法を《窓口》は思い出す。これに関しては、誰もできない方法。
「⋯⋯本当はやってはいけない事だけど」
《窓口》は金色のハートの鍵をポケットから取り出すと、一度、路地裏に着地した。
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目の前に現れたドアを開け、その向こう側へ。真っ白な空間に異常にある本棚。そこは書庫のようだ。本棚には隙間なく本が納められている。
「ほんの少しだけ、ね」
本来、この場所は《窓口》でも普段なら、立ち入ろうとは思わない。何故なら、この書庫は現世にない。つまり、この場所は冥界とか霊界と言った方が解りやすいだろうか。生者がいるべき場所でもないし、ましてや《窓口》のように立ち入れる場所でもない。
「また、あの死神に怒られそうですけど⋯⋯今回だけは仕方ないですよね」
上下左右、何処を見ても本がある。そもそも、ここが部屋かも定かではないし、本棚も宙に浮いていたりで、そこかしこにある。気を付けないと平衡感覚を失うし、酔う。
「あまり、ここの本を勝手に持ち出すのは良くないけど」
しばらく本棚を見てまわる。でも、どれを見ても同じ色、同じ厚さ、同じ大きさの本で、自分が欲するモノがわからない。
「もしかしたら、もうここにはないのかしら⋯⋯?そうなると強奪も考えなくては⋯⋯あ、試しにアレをやってみてからにしますか」
《窓口》は札を一枚出す。
「──わたしを導け《チェシャ猫の嘲笑》」
札から現れた猫は《窓口》と変わらぬ姿を取る。違うのは、尻尾と猫耳があること。眼も満月のような黄金色。この猫はチェシャ猫。《窓口》が使い魔にしている夢魔。いつも夢から喚び出すと、からかうように《窓口》の姿を取る。
「ワタシに何か用かしら?ご主人様」
「ここにある、本を一冊探してるわ」
「ご主人様が探してる本は、ここから二段上の左に36番目だよ」
「36番目・・・?また、遠いような・・・まぁいいわ、ありがとうチェシャ猫」
チェシャ猫はニヤリと笑うと、すうっと空間に溶けるように消えた。《窓口》は言われた場所の本を抜く。
「うん⋯⋯確かに今日(5月4日)の夕方に死ぬことになってる、この子だわ」
《窓口》は目の前にドアを出し、書庫から出ていった。
「ふぅ⋯⋯やはり、地に足がついているのが安心しますね」
《窓口》はドアを閉めると、そのドアはすぐに消える。本を探していた時間が長かったのか、すでに日は傾きかかっていた。時計を確認するとそろそろだろうか。
「原因を調べに行かなくてはね」
《窓口》は日傘を差すと、街の上空を急いで移動した。
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夕方。ショッピングセンターの近くの交差点。智志と水月が信号待ちをしている。その向こう側には男女が一組。《窓口》は、その男女を上空から見ていた。智志と水月はそれに気付いていないようだ。
「智志くんと水月くんがいるって事は⋯⋯もしかして、あの二人かしらね?」
《窓口》は二人を見失わないように、でも、誰にも見付からないように、さらに上空へ。そして信号が変わったのか、二組は動き出す。だが、何処か彼女の様子が違うのは上空にいた《窓口》でもわかった。
「もしかして、彼女は彼の死を回避したいのかしら⋯⋯」
さすがに、それだけでこの『繰り返し』が起きてるとは思わない。きっかけが『彼の死』であって、原因は別にある。
「今回だけは可哀想だけど見殺しね」
ふわふわと二人の様子を見る。彼女が何かを買おうと言ったのだろう、二人は途中、すぐ近くのコンビニに入った。
──ガシャンッ
予定通り彼は事故、というか事件に巻き込まれた。アクセルとブレーキを踏み間違えた車が、壁を突き破る。運が悪いといえばそれまでだが、これに関しては避けられないモノ。《窓口》は地上に降り立つと、その悲惨さに少しだけ目を背けたくなった。店内はパニックになっている。
「⋯⋯もしもし、護くん?今ね、コンビニで事故があったの」
《窓口》はポケットから携帯を出すと、護に電話をかけた。
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付近の住民や通行人の通報により、やって来た護達の邪魔にならないように、離れた場所で《窓口》は直後の事を思い出していた。
──救急車で搬送される彼と一緒にいた少女は、必死に彼の名を呼び、泣いていた。
「また⋯⋯ダメだった⋯⋯」
そう、少女は言った。それを《窓口》は聞き逃さなかった。そして、現場から視線を外さずに《窓口》は口を開く。
「⋯⋯この『繰り返し』の原因は貴方なのかしら?メフィストフェレス卿」
「いやはや、さすがにワタシではないよ?ただ、原因になったモノがワタシの所有物みたいだったがね?」
《窓口》の背後には男が一人、立っていた。容姿は、普通にどこにでもいそうな人物。どこか気だるそう。
「迷惑な所有物をお持ちだったのね」
「いつの間にか、ワタシの手元からなくなっていたんだよ、全く、こちらが迷惑な話だ」
「貴方の目的は?」
「所有物の回収だよ、それ以外にワタシの興味はない」
《窓口》は小さくため息。本当に探していたのかは知らないが、ここまで放置している、この悪魔の考えに関しては理解出来ない。
「もし見付けたら、ワタシのところに持ってきてくれるとありがたいかな」
「お断りします、こちらで今回の原因として回収させていただきますよ⋯⋯それに、わたしは悪魔の誘いは、一切受けない主義なので」
「なら、ワタシが先に回収するまでだな」
いつの間にか《窓口》の背後には誰もいなかった。
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《窓口》の家の応接室。今、ここには《窓口》と護の二人。
「さて、キミの『相談』を聞きましょうか」
護の表情から、今回も、何で髪飾りなんだと言いたそうにしている事がわかった。だから、聞かれる前に《窓口》は口を開く。
「明日香に会う予定がなければ、貰ったブレスレットを着けているんですけどね」
「⋯⋯たまには、違う感じのお前を見たいんだがなぁ」
「それは残念でしたね」
「全くだよ」
小さく漏らした護の言葉に対して、小さく笑う《窓口》に、護は罰が悪そうにしている。そんな事にお構い無く《窓口》は話を進める事にした。
「⋯⋯貴方は魔力の影響を受けにくい体質ですが」
「もう視てたのかよ」
「貴方が感じてる違和感は正しい、でも、完全に自覚している訳ではない」
「どういう事だ?」
護の問いに、彼女は一息ついて再び口を開く。もう、このやり取りも何回目かと思う。
「護くん、こういう話を知っているかしら?目の前で大切な人が亡くなるのを、延々と繰り返す話」
「突然どうした?怪談を話すには時期が早すぎやしないか?」
「もし、キミの目の前でわたしが死んだら、キミはどうするのかなって」
護の事だから出す答えは《窓口》も容易に予想出来る。あえて、聞いてみたのだ。
「そうだな⋯⋯もし、お前が生きられる可能性があるのなら、生きられる未来になるまで、俺は回避の道を探すかな」
「それでは、どんなに回避しようとしても、回避ができない場合は?」
「その時は、俺が身代わりになるよ⋯⋯そうすれば、お前が意地でも何とかして、俺も生きられる未来を一回のループで創るんだろう?」
「⋯⋯そう、ですね」
「さすがにそれはしてくれないのか?」
護の言葉に《窓口》は少しだけ予想外だった。
「まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってませんでした」
「その手の話って大体、身代わりになれば終わるじゃん?」
「それはそうですけど⋯⋯」
護の問いに少しだけ、してやられた感がある。それと同時にやっぱり、護らしいとも思う。
「結局はわたしの能力頼りじゃないの」
「それと同時に、約束を守れるな」
「そんな約束の守り方はないわ」
「えー⋯⋯それじゃ、俺はずっとお前との約束を守れないままじゃねーかよ」
《窓口》の言葉に、護はふてくされるように頬杖をつく。それに対しての彼女からの言葉はない。
「だから何度も言ってるでしょう?もうその『約束を守る必要はない』と」
「それは俺が嫌だ」
「この話はここで終わりにしましょう⋯⋯さて、キミの『相談』の答えですけど」
「もう答えが言えるのかよ?」
「答えとしては、実際にキミは同じ日に同じ時間、同じ場所で同じ事を見ているよ」
「え?ちょっと待ってくれ、今日という日は今日しかないし、それを実際に見てるって不可能じゃないか?それこそ、さっきの『繰り返し』でも起きてない限り」
《窓口》は護の反応に、特に驚いた様子さえ見せない。むしろ、その《窓口》の反応で、護は今起きている現象を理解させるのには十分だったようだ。
「キミは気付いてる?」
「今日、5月4日を繰り返している事をか?」
「違う、そういうことじゃない」
護は《窓口》の言わんとする事がよくわかってないらしい。彼に伝えた所で、それを次の5月4日の護は覚えているのだろうか。
「その『繰り返し』の中で違う部分を、です」
「⋯⋯悪い、そこまでは俺は記憶できてないみたいだ」
「でしょうね」
《窓口》は仕方ないと言うように、小さくため息をついた。




