時の管理者と落ちる砂
サラサラと時の砂が落ちる。
──カタン
最後の一粒が落ちきった時、何処かで砂時計はひっくり返された。そして、また幾度目かの5月4日の朝がくる。
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病室のベッドの上で、明日香は終わらない5月4日の世界を見ていた。少なくとも、十回以上は5月4日を繰り返している。
「その中で《情報屋》が来たのが一回、妹達が来たのが三回、竟くんも来たのは三回⋯⋯夢宮が来たのが一回、琴葉くん達が来たのが一回⋯⋯」
明日香は、時間操作の魔術を得意とする魔術師だ。いち早く異変が起きた事を察知したものの、誰にも伝える術がなく、今に至る(異変を察知してるかまでは明日香にはわからない)。
「そして前回は詩音さんが来たわけだけど」
身体を起こして、窓の外を見る。何度も見た光景。それは毎日同じような光景ではあるのだが。ただ、さすがに同じ日の全く同じ光景というのは飽きる。
「どうしたものかしら」
《時の管理者》と呼ばれている以上、今回のような事は起きないはずで、起きてはいけなかった。ここに来た魔術師達には、原因がわからないとは言っていたものの、大方の予想は出来ていた。
「詩音さんに頼りっぱなしは、やっぱりいけないわよね」
いくら《窓口》の能力が万能だとはいえ(彼女は否定的だが)、自分が招いた事態ではないけど、動こうと思った。その時、病室のドアをノックする音。
「どうぞ」
「会うのは久しぶりか?」
「そうね」
入ってきたのは護と琴葉だった。今は仕事の休憩中らしい。
「護くんとメールのやり取りなら『カーバンクル』の一件以来かしらね?」
「その節は世話になった」
「お役にたてて何よりだわ」
「それにしても、相変わらず落ち着かない病室だな」
「あたしは気にならないけどね?」
護は部屋にある時計を見て、呟くように明日香に言う。そして何故、護が琴葉といたのかを聞くと、琴葉がちょうど受付で困っていたところで護が偶然、病院に来たらしい。
「琴葉くんは護くんに対してもまだ筆談してるのね」
『いくら『魔力』の影響を受けにくいって言っても、何かあったら大変だろ?』
「その内、琴葉は声の出し方を忘れるんじゃないかって思うよ」
『大丈夫、響や麻白とは話してるから』
そして、護は明日香の体勢を見て、何か感づいたらしい。
「外に行こうとしてたのか?」
「ええ、たまには外を見に行かないとね」
「今回の異変についてか?」
「⋯⋯何度か繰り返して詩音さんにあったことで、護くんも自覚しはじめたようね?」
『まだ僕達みたいに、完全ではないみたいだけどね』
「それはそうよ、琴葉くん⋯⋯だって、護くんはあくまで一般人の部類だもの、少々、特殊だけどね?」
明日香はベッドの横に置いてある車椅子に手をかける。
「手伝うか?」
「ん⋯⋯大丈夫、いつものことだから」
『勝手に外に出て、大丈夫なのかい?』
「だって、あたしは病気で病院にいる訳ではないもの、自由に出歩いても、誰も文句は言わないでしょう?あ、文句を言うとしたら陽くんかな」
器用に一人で明日香は車椅子に座る。だが、護と琴葉はかなりヒヤヒヤしたようで。
「あまり無理すんなよ」
『たまには僕達に頼ってくれてもいいのに』
「優しいのね、二人共」
「時槻がケガしたら、それこそアイツや、陽さんに何を言われるか堪ったもんじゃない」
「そうね、それはそれで可哀想だわ⋯⋯これから気を付ける」
護が車椅子を押して病院の廊下を歩く。途中で陽に会ったので、明日香は出掛ける事を伝えた。
「あまり遅くまで遊んでちゃダメだよ?」
「あたしはもう子どもじゃないわ」
『そこは僕がちゃんと見てますから』
「琴葉くんが一緒なら大丈夫だろうけどね」
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「で、時槻は何処に行くつもりなんだ?」
「とりあえず、一回、協会の方に行こうと思うの」
そうすれば、何か判るのかと護は車椅子を押しながら考える。
「あ、そうそう⋯⋯詩音さんにも会いたいし」
「アイツは必要があれば、何も言わなくても、時槻に会いにくるだろ?」
「今回はあたしが詩音さんに用があるの」
『それなら協会に行くついでに、しぃを呼べばいいんじゃないかな?』
「そうね、その方がゆっくり話せそうだわ」
携帯をバッグから取り出すと、明日香は《窓口》に電話をかけた。
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協会にある会議室。護は仕事があるからと戻った。明日香は琴葉と共に《窓口》と向かい合うようにいる。
「明日香、あくまでもこれの物語は切っ掛けにすぎないけど」
「さすが詩音さん、何処からこの本を持ってきたのかしら?」
「それには答えられないけど、物語を書き換えれば運命が変わるわ」
「それで『繰り返し』が解消されるのなら、書き換えてほしいわね」
「かなり、面倒なことになりますけどね」
『しぃ、書き換えるだけなら僕でもできそうかい?』
《窓口》が持ってきた本のページを捲り、読み終えると明日香は隣にいた琴葉に本を渡す。琴葉も中身を確認してから《窓口》に返す。
『今日、死を回避させる物語になってれば、いいんだろ?』
「それだけなら琴葉に任せてもいいのよ、それだけならね」
「どういう事?詩音さん」
「一番、厄介なのはこの本の本来の持ち主である『死神』ね」
《窓口》はこの本を使って、他人の自殺を引き止めただけで、死神に文句を言われるのだ。死を回避しようものならどうなるか。そう言いたいらしい。
『追い払うのは、僕じゃできないよ』
「だから、わたしが書き換える必要があるかと」
『むしろ追い払うだけをやってくれるなら、しぃの仕事が一つ減ると思うんだけど?』
「その分、守る存在が増えるんですけど?」
『できるだけ、僕はしぃの負担にならないようにすれば、全くもって問題ないじゃないか』
はぁ、とため息をついて《窓口》は折れた。琴葉は筆談とはいえ口論になると、彼女でも琴葉には勝てないらしい。
「人前で話せない琴葉なのに、大丈夫かしらね?」
『書き換えるだけなら、声は要らない』
これがどういう理論かはさておき。明日香は気になることを《窓口》に尋ねた。
「それと、あくまでもきっかけって事は、他にも要因があるのよね?」
「とある悪魔の所有物が、この『繰り返し』を引き起こしてるらしいの」
「あたしがそれの回収をすればいいのかしら?」
「ええ、その後は明日香の好きにすればいいわ」
その時がくるまでは、まだ時間がある。《窓口》は護を借りてくると言って一度部屋を出ていった。
『借りてくるって、護はいつから貸し借りできるモノになったんだろう?』
「それだけ頼られてるのね、護くんは」
『親戚である僕達よりも、一緒にいる時間が長いしね』
そのまましばらく沈黙がある。それに耐えられなかったのか、琴葉はペンをメモ帳に走らせる。
『僕が言霊を暴発させなきゃ、君は今でも歩けたはずなのに』
「それは琴葉くんのせいじゃないのだから、琴葉くんが気に病む必要も自分を責める必要もないのよ」
『でも、結果的には僕の言葉で君の足の時間は止まったままだ』
「あの時はあたし達は子どもだったのよ?今でも上手くいく事ばかりじゃないの」
ちょうどいいとは言えないが、護と《窓口》が部屋に入ってきた。
「二人共、そろそろ行きますか?」
「時槻は車椅子だから、早めに動いた方がいいと思ってな」
「じゃあ行きましょう」




