花見と出逢い
四月になって少しした頃。事の発端は彼女の突拍子もない、この言葉だった。
「もう桜も咲いてきてますし、みんなでお花見をしましょうよ、護くん」
「みんなで花見って、誰を誘うつもりだ?しぃ」
「それは⋯⋯霊夜とか?」
「なんで『とか?』なんだよ」
「なんでって⋯⋯誰を誘うかも、今はまだ未定だからですよ」
あっけらかんとした《窓口》の言葉に、護は頭を抱えた。なんで彼女は考えなしに、予定を入れようとしてるのだろうか。
「未定って、あのな」
「予定が未定なだけじゃない」
「誰がそんな笑えない洒落で笑うんだよ」
「別に、そういうつもりでは⋯⋯」
《窓口》は困惑したが、若干、気恥ずかしかったのだろう。顔が真っ赤になっていた。それなら言わなきゃいいのに。わざとではない様子。
「それに、神社でのお花見は毎年の行事じゃありませんか」
「⋯⋯その事を言ってたのかよ」
「でもまぁ、神社のお花見は『お茶会』みたいなモノですし?」
「お前は個人的にも花見をしたいんだな?」
「そうなんですよ⋯⋯うーん⋯⋯ですが、困りましたねぇ」
ソファーから立ち上がり、カレンダーを見ていた《窓口》は、苦笑する。
「困ったって、どうしたんだ?」
「えっと、この日は智志くん達の入学式がありますし⋯⋯なかなか時間が、ね⋯⋯」
「そうなのか⋯⋯っていうか、お前が智志くん達の入学式に行くのか?」
「一応、ここでの二人の保護者はわたしなんですけど?」
「⋯⋯知ってる」
その後、しばらく考えていたようだが、何か彼女の中では決まったらしい。うん、と一つ頷いて、微笑んだ。まるで悪戯を思い付いた子供のようだ。
「この日にでも、お花見しますか」
護は《窓口》の小さな呟きを聞き逃さなかった。ついでに、誘えそうな友人達も何人か考えておくことにした。
「で、結局は誰を呼ぶんだよ?」
「それは追々ね」
《窓口》はにっこり笑っているが、その笑顔に、護は少し不安になった。そして、ふと、護は《窓口》の会いたくない人物のことを思い出した。結局のところ、護は未だその人物がわからないままでいたのだ。
「しぃ、花見をするのはいいが、お前の会いたくない人に会ったらどうするんだ?」
「それは限りなく0に近い可能性で無いです」
彼女の言葉は珍しく、すぐに返ってくる。そして怪訝な表情をうっすらと浮かべ、護を見た。触れられたくない話題で、さらには地雷だったようだ。可能性は0に近いというだけで0ではない模様。断言しないという事は、そういう事が万が一にもあるという事。
「珍しいですね、護くんがわたしが本気で嫌だと思う事を口にするなんて」
「いや、なんていうか⋯⋯ただ、なんか気になって」
「まぁどうあれ、それについてはキミには関係ないし、知る必要もないですよ」
「悪かった」
その時の《窓口》の表情には、少しだけ憂いの色が見えた気がした。
✡
花見当日。さすがに昼間はみんな忙しいだろうからと、夜にしようという事になった。それに、神社の方で昼間は、別に花見が行われているらしい。《窓口》と護はその手伝いもかねて、神社にいた。だが、狐達と仕え魔だけで回していけるからと言われ、二人は花見の様子を遠くから見ていた。
「⋯⋯暇だな」
「そうですね⋯⋯では、今から二人で飲みます?」
「いや、それは」
「冗談ですよ」
《窓口》はとても楽しそうだ。護としては、からかわれてるのかと思うが、時々、本気で言うことがあるので、判断が難しかった。冗談のようで少しホッとしたのも事実だが。
「──《風刃》」
「しぃっ?!」
突然の事だったが《窓口》が背後を振り返り、札を投げた。その先にいたのは、一人の青年。彼は《窓口》の札を軽く避け、二人の側に歩いてくる。見た目は中性的で、麻白のように女装をして「女性だ」と言われても納得できそうである。背丈は護とあまり変わらない。
「なんで、貴方がここにいるんですかね⋯⋯?」
「いやぁ、相変わらず手荒い歓迎だね」
「歓迎したつもりはないです」
「えっと⋯⋯誰?」
護は何がなんだか、状況がよくわからない。あと《窓口》との関係も。そんなことをよそに、彼はにっこり笑って、護に一礼して口を開いた。
「貴方とは初めましてだね?ボクは本間 聖、あ⋯⋯本間を名乗っているけれど、実際には直接的な彼女と血の繋がりはないよ⋯⋯まぁ、彼女とは再従兄弟ではあるんだけど」
「え⋯⋯どういう事?」
「本間を名乗っている理由としては、良く言えば『代理』、悪く言えば『身代わり』だからです」
確かに血の繋がりはないのだろう。聖が一つにまとめている長髪は《窓口》とは違う暗黒色で、眼も藍色。
「代理⋯⋯?」
「一応、ボクは本間家当主『代理』なんだ⋯⋯あまり内でも外でも代理であることは言えることではないんだけど」
「で、その御当主様『代理』がなんでここにいるんです?」
「決まってるじゃないか、貴女がここに帰ってきてるって聞いたから会いに来たんだよ、この間は呼んでも会えなかったからね」
「わたしは会いたくなかったんですけどね」
その言葉から《窓口》が会いたくない人物は、聖のことだったようだ。一体、二人の間に何があったのかは知らないが。
「たまには、ボクも外に出たいんだけど?あと、ちゃんと貴女と話もしたかったんだ」
「それができない事は、重々承知して貴方はその役目を引き受けているはずなんですけれど?その結果として、わたしはあの家を出たし、貴方と話すことは今は何もありません」
「しぃ⋯⋯この人と何があったんだ?」
護は聖に聞こえないように、こっそりと《窓口》に聞く。聖はそれがわかったようだ。当の彼女は護の問いには答えたくないようで。
「何があったかとか詳しい理由はボクからも言えないんだけど、まぁ色々あってね⋯⋯そうそう、ボクはね触れたモノの記憶が読み取れるんだ」
「えぇっと⋯⋯『サイコメトリー』ってヤツか?」
「貴方が飛鳥くんかな?望くんから聞いてたとおり、結構頭がいいんだね」
「はぁ⋯⋯?」
護の知らない所で、望も《窓口》も何を言っているのだろうか。気にはなるが、聞かない方が良さげ。聞いた所ではぐらかされるのがオチ。今だってそう、質問に答えていない。かなり強引に話を逸らそうとしてるように見受けられる。
「うん、そうだ」
何を思い付いたのか、聖は手をポンと一回合わせ、護を見た。護は知っている。これは《窓口》が良からぬ事を(まるで悪戯っ子のように)思い付いた時の表情と同じだ。大体、護には害しかないことも。
「これからお花見するなら、ボクも一緒に参加させてもらえないかな?」
「はい?」
満面の笑みで聖が護に近付く。その瞬間。
「おっと⋯⋯さすがにこれは地雷を踏んだかな?」
「次にそういう事を言ったりしたら、問答無用で斬りますけど」
《窓口》が聖の喉元に真っ黒な鋏を突き付けていた。刃を開いてはいないものの、彼女の言葉は本気だ。護には見えなかった、いや、見せなかったというのが正しいのか、彼女の眼には殺意が宿っていた。普段の穏やかな彼女では考えられないような、純粋な殺意。
「あぁ、怖い怖い」
怖いと言っているが、聖の表情はどこか嬉しそうで楽しそうだ。ただ、少しだけ悲しげ。
「ボクはただ、本当に貴女ときちんと話をして、あのゴタゴタに蹴りをつけたいだけなんだよ?それに、何度も呼び出してるのに来てくれないし?」
「あの家にわたしが帰らない最大の理由は貴方なんですけれど?わたしが帰れば、貴方はあの家にいる必要はないし、あの件に関してはお互い納得したではありませんか」
二人のやり取りから、護は何となく《窓口》が聖に会いたくない理由を察する。本来ならこの二人は会ってはいけないのだろう。何があったのかこそわからないが。
「「あ、やっぱり聖様、ここにいらっしゃったわ!!」」
聖の後ろから二人の少女が走ってくる。片方は茜色の髪、もう片方は群青色の髪と違いはあれど、二人は姉妹なのかはわからないが、容姿がそっくりだった。
「「もう⋯⋯聖様、ダメですよ?!また勝手に、お屋敷を抜け出すなんて!」」
「お嬢様、申し訳ありません」
「そちらの方にも、ご迷惑をおかけしました」
二人の少女は聖に同時に、同じ文句を言ってから《窓口》と護、それぞれに頭を下げた。『また』という事は、何度か聖は屋敷を勝手に抜け出しているようだ。
「どうせ、そんな事なのだろうとは思いましたけどね⋯⋯何の為にその二人がいるのかわからなくなりそうです」
「ほら、戻りますよ!」
「本当に申し訳ありません、すぐに連れていきますから!」
「そんな急かさなくても、ボクはわかってるよ・・・茜、葵」
「「わかってる人間が、そう何度もお屋敷を抜け出して、お嬢様に迷惑をおかけするような事は致しません!!」」
茜と葵と呼ばれた少女達は、聖に容赦ない事を同時に言い放つ。それに対して聖は何も言えない。彼女達の言葉は正論だから仕方ない。
「ほら、早くしないと、聖様のお母様達にまた叱られますわ!」
「聖様は別にどうでもいいと思うのでしょうが、叱られるのはアタシ達なんですからね?」
「「それでは失礼します」」
茜と葵は聖の腕を掴み、引っ張っていった。何だかんだ言っても、聖はあの少女二人には頭が上がらないようだ。
「⋯⋯なんか色々あるんだな、お前の実家って」
「知らない方がいいですよ?結構、深い闇ですからね」
聖が見えなくなった所で《窓口》は、持っていた鋏をポケットに戻す。それと同時に大きなため息をついた。




