縁結びと縁切り
応接室で話をしていると、玄関のドアが開く音。どうやら水月が帰ってきたらしい。
「水月くんも帰ってきたみたいですね?」
「じゃ、オレもそろそろ部屋に戻る」
「ふふっ、もし智志くんも気になる娘がいるなら、縁結びしてあげますからね」
「姉さん?それを『大きなお世話』っていうの」
「うふふっ、冗談ですよ」
怪訝な表情を浮かべる智志に《窓口》は愉快そうに笑う。これはいつもの事なので、智志は特に気にしないのだが。でも、智志をからかって遊ぶのは止めてほしい。
「あら、わたしはいつも智志くんをからかっている訳ではないんですけどね?」
「姉さんの言葉は本気なのか、冗談なのか、わからない時のが多いんだよ」
そう《窓口》に言い放つと、さっさと智志は応接室を出ていってしまった。護は智志も大変だなぁと、少しだけ同情する。
「護くん、ああいうのを『ツンデレ』と言うんですかね?」
「それは、ちょっと違うと思うんだけどな」
「きっと好意の裏返しだろうし、別にいいんですけどね?」
「ポジティブだな」
智志が出ていった方を見て、苦笑していた《窓口》は不思議そうに護の方に視線を向け、テーブルにあった紅茶を呑気に飲んでいた。
「⋯⋯やっぱり違うんですかね?」
「⋯⋯合ってるとは思うが、それは俺がわかる事じゃないだろ?」
「そうですね」
《窓口》の質問に、護はただ苦笑するしかなかった。
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部屋に戻る途中、智志は珍しくリビングにいた八雲に声をかけてみた。彼は眼鏡をかけて読書をしている。
「あれ?八雲兄さん、珍しいね」
「ん?あぁ、たまにはこうやって、のんびり過ごすのもいいかと思って⋯⋯」
「いつもは神社の手伝いだっけ?」
「そうだな、こっちはネロくん達に任せてるし、何かと神社の方の一実達も大変だから」
本当にのんびりと寛いでいたのか、八雲は普段は隠している九本の尻尾が出ていた。尻尾をクッション代わりにして座っているようだ。
「七海姉さんに部屋、追い出されたの?」
「いや、ただリビングにいたかっただけさ」
「そっか」
智志が部屋に戻ろうとした時、今度は八雲が智志に話しかけてきた。突然の事で驚いた。
「智志くんはまた、お嬢に何か言われたのかい?」
「大したことじゃないよ、気にしないで」
「そうか、ならいいんだ」
智志がそう言うと、八雲は再び読んでいた本に視線を戻す。大事だったら、どうするつもりだったのか。
「本当に酷い時はオレからお嬢に言うよ?」
「別にいつもの事だよ⋯⋯そう言えばさ、姉さんって昔からあんな感じなの?」
「昔?⋯⋯小さい頃は本当に今のリオちゃんみたいだったよ?むしろ、まだリオちゃんの方が感情豊かなぐらい」
その八雲の言葉に少し、智志は驚いた。リオネットの方が感情豊かだというのが、今の《窓口》では考えられないのではないか。
「お嬢が変わったのは、やっぱり、護くんのおかげなのかもな」
「そうなんだ」
「うん、凄く明るく笑うようになった」
それは、八雲には嬉しい事だったらしい。それが、どう見ても《窓口》の保護者の様なのだが。
「ふーん⋯⋯」
「もう部屋に戻るんだろう?呼び止めて悪かったね」
「別にいいよ、少しだけど兄さんの話が聞けて良かった」
「そうか、なら良かった」
智志は部屋に戻ったが、その時に八雲が少しだけ、微笑んだ気がした。
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突然、テーブルの上にあった《窓口》の携帯の着信音が鳴る。彼女は画面を確認だけして、またテーブルの上に置いた。
「いいのか?」
「ええ、だって峰岸くんからですし」
「遙から?⋯⋯もしかして、この間のか?」
「都合が良かったら、今度、漓洙さんと神社に来るそうです」
どうやら、縁切りと縁結びをお願いしに《窓口》のもとを訪ねるようだ。本来の《窓口》は『魔術師』というよりは『呪術師』に近いのだ。最も、魔法や魔術が使えるから《窓口》は『呪術師』ではなくて『魔術師』だと言っている。
「だって、魔術が使える『呪術師』なんて、この世界にはいませんからね」
「そうは言っても、魔術と呪術は根本的には同じようなもんなんだろ?」
「なんと言うか、炭とダイヤモンドの違いみたいな感じですね」
「それって、かなりの違いだと思うんだが」
「あら、どちらも元は同じ『炭素』ですよ?」
《窓口》はにっこりと護に笑う。どうやら魔術と呪術も、元は同じだが別のモノだと言いたいらしい。護には全く理解が出来ないが。
「ふふっ、護くんが理解できないのは当然ですよ」
「何か、そう言われると悔しいな」
「さらに言うと、魔術が使える呪術師はいなくても、呪術が使える魔術師はいます」
「ますます、ややこしいな」
《窓口》は護の様子を見て、さらに困ったような微妙な表情を浮かべた。わかっていても説明する事が難しく、魔術師達でさえ『そういうモノ』で終わらせてしまう。
「なんにせよ、魔術と呪術は似て非なるモノ、ってことなのはわかった」
「あえて二つの違いを言うならば、呪術は弱いモノなら誰でも使えますね、おまじないとして」
「そういう違いなのか」
「たったそれだけなんですけどね、それだけで大きな違いになるのですよ」
少しだけ苦笑した《窓口》はソファーに寄りかかって座る。
「護くんも、魔術が使えない人間が面白半分に行った呪術が、惨劇を引き起こした事例を、いくつも知っているでしょう?」
「そういうのは何度も遭遇したし、その度にお前に協力の依頼をしてる」
「それだけではないわ?時には、何気無く交わした、ただの『約束』でさえも、他者を蝕んだり縛る『呪い』に変わることもあるのよ」
《窓口》の言葉は、どこか護に引っ掛かる。どういう意味なのかは護には、やはり理解出来ないが。
「⋯⋯何が言いたいんだ?」
「護くんはどう?わたしと交わした『約束』が、護くん自身を縛り付ける『呪い』にはなっていないかしら?」
護は《窓口》の問い掛けに答えられない。暫くは護の答えを待っていたようだが、再び《窓口》は口を開く。
「わたしはそんな『約束』で、キミを縛るつもりはないのよ?」
「⋯⋯でもさ」
「何かに縛られるのは、わたしだけで十分です」
「そうか⋯⋯でもな?俺が勝手に『約束』にすがってるだけで、お前が一々そういうのを気にすることじゃないんだよ」
《窓口》は一つため息をつき、小さく首を横に振った。諦めたような感じの反応なのか、それとも別の意味があるのだろうか。だが、その静けさは護の携帯がなったことで、終わりを告げた。
「⋯⋯悪い」
「いいですよ、いってらっしゃい」
「また今度な」
着信を確認し、荷物を持って護は応接室を出ていく。それを《窓口》は座ったまま見送ってから、またため息をついた。
「全く⋯⋯それが『呪い』に変わる原因だというのに、そういうことには鈍いんだから」
自分以外に誰もいなくなった応接室で、《窓口》は残っていた紅茶を飲み干した




