再会と別れ
三月になり、街の方でも桜の蕾が膨らんできている。
「もう少しすれば、咲きますかね?」
「そうですね、六分咲きぐらいになったら、毎年恒例のお花見も考えなくてはなりませんね」
神社の境内にある、御神木の桜を見上げる《窓口》に、隣にいた二葉が前髪で隠れていない左目を細めて笑う。
「ここのはお花見というか、ただのお茶会ではありませんか」
「ふふ、それは確かにそうですね」
呆れた表情をする《窓口》に、二葉はさらに笑う。相変わらずの表情だ。強大な力を持っている妖魔達は、基本的に笑顔だというのは、聞いたことがあるが。
「大人の余裕ってやつですよ」
「大人、ねぇ⋯⋯」
「なんで、お嬢は呆れたような感じになってるんですか?ボク達だってもう千年近く生きてるんです、子供ではないですよ?」
「呆れたというか⋯⋯ここの狐の兄妹は八つ子なのに、こうも性格に違いが出るモノなんだなってね」
《窓口》の言葉に、二葉は「それはそうだ」と、やはり笑う。二葉の場合、いつも穏やかに、何か問題があったとしても、笑っている内にいつの間にか解決しているような、そんな狐なのだ。
「それでは、お嬢、ボクは仕事に戻りますね」
「いつもご苦労様です」
「いえいえ」
《窓口》が二葉と別れると、鳥居の方から歩いてくる一人の青年が見えた。舛花色の髪に、エメラルドグリーンの眼。一瞬、彼が誰だったか、彼女は思い出せなかった。
「貴方からこちらに来るなんて、珍しいですね?」
「そういう君こそ、神社にいるのは珍しいんじゃないか?」
「あら?わたしが実家にいるのが、そんなに珍しいことなのでしょうか?」
《窓口》の言葉に、その青年はとても意外そうな表情を見せる。彼は峰岸 遙。護の友人で、何度か会ってはいるが《窓口》とは、ただの知り合い程度の認識。
「ここは君の実家だったのか」
「前に貴方にも言ってなかったかしら?」
「神社によく出入りしているっていうのは、護の話では知っていたが」
《窓口》の言葉に、遙はますます意外そうな表情を見せた。聞いていても遙の事だ。多分、内容に興味がないというのもあって、覚えていないのだろう。すかさず《窓口》は、遙に質問をぶつけた。
「峰岸くん、今日はお仕事は?」
「今日は定休日だから問題はない」
「そうでしたか、それで?貴方のご用件は?」
「あぁ、ちょっとした相談なんだが」
「えーと⋯⋯魔術や呪術が必要なモノならば、それ相応の対価となるモノを、それ以外の相談ならば、それ相応の値段で、漓洙さんとの恋愛成就なら+αで考えますけど」
《窓口》の提示に、遙は一瞬だけ首を傾げたものの、その相談がどちらにあたるのか判断が難しいそうで。
「それなら仕方ないですね、とりあえず話を聞きましょうか」
「相談って言っても、あくまで、ちょっとしたアドバイスが欲しいだけだからさ」
「峰岸くんのお仕事関係でしたかね?」
《窓口》は、外で話すのもなんだからと、遙を神社の裏の玄関に通す。
「こちらに来るのなら、連絡してくれてもよかったのでは?」
「したんだが、君からの返事がなかったからな」
「⋯⋯すみません、気付きませんでした」
《窓口》がポケットから携帯を出して確認すると、遙に頭を下げた。遙だけではなく、護からの着信もあったのだが。きっと、遙がこちらに来ることを、連絡しようとしていたのだろう。返事をする事なく、ポケットに携帯を戻す。
「返事しなくていいのか?護からも連絡があったんだろう?」
「それは別にいいですかね、護くんにもお仕事がありますからね」
「それならいいんだが」
《窓口》はさっさと玄関を開けて、中に入っていく。遙もそれに続き、中に入る。通された部屋は、居間ではなく、彼女の部屋のようだ。
「どうぞ、ただ、ここはこういう事をする場所ではないので、少し散らかっているのですが」
「それは気にしない、こっちが勝手に押し掛けてきたんだからな」
「それでは、始めましょうか」
《窓口》はにっこり笑うと、遙に向かって手を出した。その意味は、遙には一瞬、どういう事なのかがわからなかった。
「履歴書、持ってきているんでしょう?」
「⋯⋯なんで君は言わないのに、わかるんだ?」
「今更ですか?だからこそ⋯⋯こうした仕事を、わたしはしているんですよ」
《窓口》の話を聞きつつ、遙は持っていたバッグから、履歴書をいくつか出して《窓口》に渡した。それをただ《窓口》は眺めるような感じで視ていた。
「⋯⋯そろそろ、卒業の時期ですものね」
「それに、そろそろ俺の店も従業員を増やそうと思ってな」
「それなら、自分で判断した方がいいのでは?」
「これでも俺も色々と考えて何人かに絞ったんだけど、その⋯⋯」
《窓口》は視線を履歴書から外さずに、淡々と話を進めていく。そして暫くして、後ろにある棚から色々と古びた本を取り、何かを考えだした。
「こうなると、漓洙さんとの相性も視ておかないといけませんねぇ」
「悪いな」
「占星術を使ってもいいのですが、わたしのは《星の情報屋》ほど正確ではないとだけ」
「あぁ、それはかまわない」
《窓口》は色々とメモを取りながら、本を捲っていく。その間、遙は部屋の様子を見ていた。散らかっていると《窓口》は言っていたものの、そんなに物がある訳ではなく、きちんと整理はされている。
「《夢宮》の家に移ってから、殆んどこの部屋は使ってないですからね」
「そうなのか」
《窓口》はそれだけ言うと、作業を淡々とこなしていく。使っていない部屋にしては、埃っぽいという訳でもない。いつも綺麗に掃除もされているようだ。目の前の《窓口》の様子を遙は頬杖をついて眺めていた。
「待っている間は⋯⋯退屈ですよね?」
「いや、こっちが頼んだことだから」
「そうですか、ですが⋯⋯もう少しで終わりますので」
「わかった」
《窓口》は、その言葉通りに、すぐに作業を終わらせると、遙に二枚の履歴書を提示した。
「キミが何人採るつもりかは知らないですが、この二人が良さそうですよ」
「そうか、ありがたく参考にさせてもらうよ」
「もし、それでも不安でしたら、またこちらで縁切りと縁結びをしますので」
「その時は漓洙も連れてくるよ」
「ふふっ、楽しみにしてます」
《窓口》は本を元の場所に戻し、立ち上がる。遙も同じように立ち上がる。そして遙は神社がかなり静かなのが気になった。
「今日はやけに静かじゃないか?」
「ええ、今日は《本間》の家に、狐の何匹かが呼ばれたそうなんですよ⋯⋯多分、家の関係で」
「君は行かなくて良かったのか?」
「⋯⋯行ったとしても今のあの家には、わたしの居場所はないんですよ」
《窓口》の言葉はどこか寂しく、同時に諦めの色も帯びていた。さすがに、遙もそこまで深くは知るつもりがないので、気にはしなかったが。
「で、この相談の『対価』はどうする?」
「んー⋯⋯そうですね、賽銭箱に貴方の気持ちで入れておいて下さい」
「そんなんでいいのか?」
「ええ、護くんの古くからのご友人ということで、少しまけておきますよ」
遙に《窓口》は、にっこりと笑う。先程の言葉が嘘のように、明るく。
「じゃあ、その言葉に甘えさせてもらおうかな」
どうやら、今、遙は手持ちが少なかったということもあったようで。チャリンと音を立てて、硬貨が賽銭箱に入れられた。《窓口》としては、本当なら数日後でも良かったのだが。
「少なくて悪いな」
「別に、そこまで高額な料金を請求するつもりはなかったので、気にしないで」
少し苦い表情の遙に《窓口》は苦笑する。事実、これくらいのことならば、何てことはないと思っていたし。
「君も忙しいのに、突然すまないな」
「別にかまわないですよ」
「それじゃ、俺はこの辺で」
「送っていきましょうか?」
《窓口》の言葉に、遙はたまにはのんびり帰ると言って、石段を下りていった。
「そういえば、智志くん達も、そろそろ学校の卒業式でしたね」
自分以外、誰もいない境内で《窓口》は一人、呟いた。




