平穏の継続
護が協会に出勤して、ロッカーを開けようとしていたところ、三月が横から何かを期待をした目で見ていた。
「⋯⋯何だよ?」
「いや?今日ってさ、バレンタインデーじゃん?」
「だから?」
「え?反応はそれだけ?」
護が三月にジトッと、うっとおしそうな視線を送る。だが、三月には通じてないようだ。耳をピコピコと動かしている。
「んで?三月、お前は何を俺に期待してるんだ?」
「そりゃあ、護が貰った(であろう)チョコの数に決まってるだろ?それ以外に何があると思ってんだよ?」
「あのな、俺はお前が思っている程、貰ってねーよ」
呆れた護がロッカーを開けると、確かに中には必要な書類とか道具以外には何もない。それも当たり前で、ロッカーには鍵がかかっているのだ。誰かが勝手に開ける事はまず、一人を除いて無理な話で。
「ほらな?」
「⋯⋯あれ?ホントだな」
中を見た三月は、とても意外そうな表情をする。あと、期待が外れて少し残念そう。一体、何を期待していたのかと、護は荷物を入れてロッカーを閉めた。
「護のロッカーなら、絶対に見られると思ったんだけどなー」
「まさかとは思うが、マンガとかみたいに、ロッカー開けたら大量のチョコが落ちてくるのでも期待してたのか?」
「そのまさかだよ、だって、殆んど見られない光景だろ?」
そんな事が実際にあってたまるかと、護は内心、ため息をつく。こんな時に何を考えているのか。
「それにしても、真面目な護にしては、今日は珍しく出勤が遅いんじゃん?」
「色々あって、アイツのところに行ってたからな」
「色々って言っても『八尺様』だっけか?」
昨日、出現したという都市伝説。それは護でも危険だからと、身を案じた《窓口》によって、一切、関わることをさせてもらえなかった。
「俺にも『今回は絶対に関わるな』って言ったから、アイツらの報告を待つ羽目になったんだよ」
「それは上には?」
「報告済み、ついでにアイツらはかなり疲弊してるだろうからって、俺も今日は遅くなってもいいって、黒奈さんが気を利かせてくれてな」
「ふーん、で、結局、それはいい報告ができそうなのか?」
「うん、一応な⋯⋯」
✡
──護は思い出す。それは、つい先程のこと。
《窓口》の家の応接室には護、八雲、幽がいた。幽は《窓口》と一緒に帰ってくる、彼女の霊夜の迎えにきていた。
「⋯⋯ただいま、帰りました」
「おかえり、しぃ⋯⋯って、みんなしてボロボロじゃないか」
応接室のドアが開き、現場に行っていた《窓口》達が、一斉に雪崩れ込むように入ってくる。何があったのかは知らないが、服は 土で汚れ、所々、擦りきれている。三鈴、五月、七海に関しては、元の九尾の狐の姿に戻っていて、応接室に入るやいなや、倒れるように床に寝そべった。ただ、六花だけは、普段の人の姿のまま、出掛ける時とあまり変化はなかった。
「おい、大丈夫かよ?!」
「さすがに、都市伝説の相手を夜通しするのは⋯⋯わたしでも疲れますよ」
「そうか⋯⋯お疲れ様、しぃ」
護に寄りかかるような状態の《窓口》を、とりあえずソファーに座らせ、護は六花に事情を聞こうとした。既に《窓口》は、うつらうつらと目が閉じかけている。それどころか、眠いのを我慢しているからか、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
「六花さん」
「あ、その前に、護くんにお願いがあるのですが」
「な、何ですか?」
護はいきなりの事で、一瞬だけ驚いた。六花からのお願いとは何なのか。
「ななちゃんは普段からこの家にいるからいいのですが、私だけではみーちゃん達を神社に連れていけないので、神社に繋いでいただけますか?」
「えっと⋯⋯それだけ?それなら大丈夫ですよ」
「悪いね、護くん」
大したことではなかったが、八雲が護に頭を下げる。護はすぐにポケットから自分の鍵を出して、実行する。
「じゃあ、やっくん、ふーくん達にも事情を話して、こちらに呼んでくるわね」
「ああ、わかった」
六花がまず、一人で神社に向かい、すぐに二葉と四季が六花と共にやってきた。そして、二葉が三鈴を、四季が五月を抱き抱えて神社に戻っていった。
「やっくんは、ななちゃんをお願いね」
「ああ、わかってる」
六花に言われて、八雲は既に寝ている七海を抱えて、応接室を出ていった。
「さて、今回の件は私の方からご報告しますので、霊夜さん達もお家に帰られては?彼女もお疲れでしょうから」
「え、あ、はい⋯⋯じゃあ、ボク達は六花さんの御言葉に甘えて、そうさせていただきます」
そう言うと幽は六花達に一礼して、霊夜を連れて応接室を出ていった。
「それでは本題に参りましょうか、護くん」
六花は《窓口》と護を見て、にっこり微笑むと状況の説明を始めた。その時ばかりは眠そうにしていた《窓口》も、意識をしっかりとさせていた。
「まず、問題の『八尺様』ですが」
六花が言うには八尺様は《窓口》が、首をはねた上で細切れにしたという。
「それだけなら、そんな時間をかけなくても、簡単に出来たんじゃないのか?」
「彼が町を出たことで、八尺様の『標的』がお嬢様達に変わったんですよ」
それまで《窓口》達に見向きもしなかった八尺様が、突然《窓口》達を襲ったらしい。
「さすがに相手は『都市伝説』ですから、存在が語られている内は、わたしでも完全に消滅とまではいきませんしね」
「それでもやってる事はえげつないけどな」
「24分割にしてやりました」
「ローンの支払いかよ」
《窓口》の言葉に、護は苦笑する。まだ、軽口をたたいていられるようなので、本気は出していないのだろう。それでも、さすがに疲れたと言って《窓口》は自室に行ってしまった。
「本当にお疲れ様」
《窓口》がその場にいなくなってからも六花から話を聞き、護は協会に出勤して、今に至る。
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「じゃあ、暫く《窓口》さんは、寝てるのかな?」
「多分、そうだろうけど、お前は何を考えてるんだ?三月」
「いや?護のチョコは今回は一つ減るのかと思って」
「本当に不真面目だな」
本当に、三月は何故《異端審問官》になれたのかが、護には不思議だった。こうも不真面目な奴がいてもいいのだろうか。
「一応、試験は通ってるからな」
「なんで通るのかがわからない」
三月の謎を考えても仕方ないと、自分の席に着き、護は仕事を始めた。
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午後になって《窓口》が協会にやってきた。どうやら、もう動いても平気なようだ。
「はい、独り身で可哀想な護くんに、チョコレートです♪」
「護、よかったじゃん、チョコ貰えて」
「⋯⋯あのな、それは俺への嫌がらせと取っていいのか?」
《窓口》が満面の笑顔で、護にチョコレートが入った、小さな包みを差し出す。だが、護はとても迷惑というか、露骨に嫌そうな表情をする。
「本当にキミは冗談が通じないですね?キミがチョコレートが苦手なのは知ってますよ」
「え、そうだったのか?」
三月の意外そうな言葉に、護は黙って頷く。仕方ないなぁ、と《窓口》はバッグから別の包みを護に差し出す。
「俺はチョコレートだけを食べるのが嫌なだけで、チョコレートそのものが嫌いって訳じゃない」
「はいはい、そうですね⋯⋯とりあえず、これ、どうぞ」
「⋯⋯ありがとう」
とても面倒臭そうな返事をする《窓口》から、包みを受け取るものの、護はそれでも困ったような表情をしていた。
「なんだよ護、せっかく《窓口》さんがくれたのに、嬉しくないのかよ?」
「⋯⋯どうしてお前は、そう本人がいる前で、答えにくい質問を俺に投げるんだよ?」
ますます護の顔は不機嫌になる。本心は正直、微妙らしい。そして、これから仕事らしいので、それもあるらしい。
「持って歩けないだろうが」
「あら?そういう事を強制したことは無いはずですけど?」
《窓口》は不思議そうに首を傾げる。問題はそういう事ではないのだが、彼女はまだそこまで頭が回っていないらしい。
「⋯⋯とりあえず、俺はもう行くから」
「うふふ、いってらっしゃい」
急いで出ていく護と三月を《窓口》は笑顔で見送った。




