夜明けと訪れる平穏
どれくらいの時間を、直は寝ていたのだろう。窓は見えないように目張りがされている為、外の様子はわからない。
「ん・・・ぅ・・・もう、朝?」
直は、明かりがついたままの部屋で目を覚ます。モソモソと起き上がると、六花が視界に映る。直が寝ている間も、六花はずっと直の傍にいたらしい。
「あ、あの、おはよう・・・ございます、六花さん」
「おはようございます、あれからよく寝られましたか?」
「えっと、はい・・・一応・・・」
テレビなどもついていたが、夜中の出来事がまるで嘘のように、周りは静かだった。時間を確認しようとテレビを見ると、6:30と表示されていた。一応、六花の時計と携帯(夜中は電源を切っていた)でも時間を確認したので、間違いはないようだ。
「あと30分か、何もしてないとかなり長いですね」
「ですが、これを乗り切れば外に出られますよ」
「そうですね、あの・・・やっぱり、六花さんは寝てないんですか?」
「外では姉達が頑張っているというのに、私だけ寝ている訳にはいきませんわ」
にっこりと直に笑っているが、あれからも六花は、本当にずっと起きていたらしい。但し、それは六花だけではないのだと、六花は言う。
「外では夜通し、八尺様と命懸けの鬼ごっこをしているようですからね」
「六花さん、大丈夫なんですか?それって」
「心配ありませんわ、だって、お嬢様達ですから」
直には六花の返答の意味は理解できないが、かなり六花が《窓口》達を信頼しているというのがわかった。その後、時間が時間だからと、六花は直に食事を勧めてくれた。
「うふふ、きっとこうしていれば、30分なんてあっという間ですよ?」
「・・・そうですね」
時々、遠くでは鈴の鳴る音が聞こえたような気がするけど、直は特に気にしなかった。まだ、聞こえるのが「ぽぽぽ」とか八尺様の声じゃないだけ良い。
「確かに、八尺様のそれに比べたら、遥かにいいですね」
直が六花にそう言うと、六花はどこか納得したというように笑った。
「・・・いくらお嬢様の張った結界だとしても、さすがに都市伝説が相手では、一晩しか保たないか」
六花が確認すると、部屋の四隅の盛り塩は殆んど真っ黒に変色していた。
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日が昇る、ほんの少し前のこと。明るくなり始めた空を見た《窓口》は静かに口を開いた。
「霊夜!一旦、家の方に戻りますか?」
「そうですね、そろそろ夜明けも近いですしね」
《窓口》の隣にいる霊夜は、九尾の狐の姿に戻った七海の背に乗っていた。さすがに夜通し走っていたら、普通に疲れます。
「ぽぽぽっ、ぽっ、ぽぽぽぽ」
「さて、詩音?八尺様が目の前にいる訳ですが」
「そうですね・・・とりあえず、霊夜と七海は先に戻っていてください、わたしが少しは足止めはしていないとね」
「はい、わかりました」
「ちゃんと無事で戻ってきてね?詩音」
「心配しなくても戻りますよ、さあ行って!」
《窓口》の言葉で、七海は霊夜を乗せて、颯爽と駆けていった。二人の姿が見えなくなったのを確認すると、その表情が楽しそうに緩む。
「それでは、早速」
《窓口》は神楽鈴を八尺様へと向け、舞うように鈴を鳴らす。
「──《六沓鈴音》」
《窓口》が六回重ねて鳴らした鈴の音は、光を伴って八尺様を近くの空き地へと吹き飛ばす。
「ま、これも一時凌ぎにしかならないんですけどね?──《聖女の不可侵領域》」
「ぽぽぽ、ぽぽっ」
《窓口》が札を放る。すると、札は、八尺様を空き地に縛る結界になる。
「──鬼ごっこは、もうお仕舞い 宣言するわ!」
《窓口》は言葉を続ける。その表情は若干、疲れの色が見えている。
「わたし達の勝ち」
その場を急いで《窓口》は離れ、管狐の依沙が咥えていた人形を、依沙から預かる。
「うふふ・・・さぁ、ここからがこの身代わりの本領発揮ね」
《窓口》が人形を空中に放る。そして。
「──厄を背負いし人の形、めぐり巡って災い流せ」
すると、人形は《窓口》の目の前で、直の姿に変わる。
「本人がこの町を出るまで、できる限りあの八尺様から逃げてくださいね」
《窓口》の言葉に頷いて、人形はどこかへと行った。それを見送って《窓口》も、急いで霊夜達の元へと戻っていく。辺りはすでに、日の出と共に明るくなっていた。
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7時。直が《窓口》に出てきていいと言われた時間。部屋のドアの前で直は一度、深呼吸をする。
「・・・ふうぅー・・・もう、開けてもいいんですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
六花は笑顔で直に頷いた。(おそらく)全然寝ていないというのに、六花は元気だ。その六花の言葉を受けて、直は部屋のドアを開けた。
「あぁ、直、無事だったんだねっ!」
「喜ぶ気持ちはわかりますが、急いで!!」
直が部屋を出ると、祖父母が嬉しそうに直を抱き締めた。そして、直が六花に促されて家の外に出ると霊夜と狐達、さらに直の見知らぬ男性が数人いた。どういう事かは、わからないけど《窓口》の姿だけがない。
「えっと、あの・・・」
「大丈夫です、もうすぐ詩音もこちらに来ますから」
「そうですか」
「とりあえず、君は急いでこれに乗りなさい」
男性の一人が家の前に停めてあったワゴン車に、八尺様が来る前に直に急いで乗るようにと促した。車の後部座席には、すでに三人は乗っていたのだが。話を聞くと、遠くに住んでいる親戚達だという。
「さ、早く、詩音が八尺様の気を惹いている内に」
「あ、その前に、貴方がお嬢から渡された御札を見せていただいてもよろしいかしら?」
直が札を見せると、その札は黒く変色していて、七海が触れた瞬間にボロボロと崩れてしまった。
「お嬢から預かっていた新しい御札がありますので、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
七海から札を受け取ると、直はすぐにワゴン車に乗せられる。直の両脇には男性達、目の前には六花がいる。ちょうどその時に《窓口》が戻ってきた。
「はぁ・・・間に合ったの、かしら?」
「ええ、ギリギリね」
「六花、彼をお願いしますね」
「お任せくださいませ、お嬢様」
六花が《窓口》に一礼すると、車のドアが閉められた。
「さて、詩音」
「どこまで、あの八尺様相手に時間稼ぎができるかしらね?」
ワゴン車が走りだし、見送る霊夜と《窓口》は考える。
「まだ人形の効力が残っていれば、暫くは大丈夫だと思うんですけどね?」
「問題はあの人形が捕まった、その後ね」
二人がそう言っている内に、人形が八尺様に捕まっていたらしい。さすがに、都市伝説が相手では、あまり時間が稼げなかったようだ。
「・・・霊夜、八尺様がこちらに来ますよ」
「詩音達も覚悟はいいかしら?」
「「「「もちろん」」」」
《窓口》達は揃って身構えた。遠くからでも八尺様が歩いてくるのが見える。その姿を確認した瞬間に《窓口》達は一斉に走り出す。
「ぽっ、ぽぽぽ、ぽぽっ、ぽぽぽっ」
「──撃ち抜け《紫電一閃》」
「──響け《鈴音の輪舞曲》」
「──流せ《永狐聖水》」
五月は矢を、三鈴は鈴から衝撃波を、七海は札から水流を、八尺様に向けて放つ。その三匹の狐の後ろで《窓口》も、走りながら応戦の準備をする。
「──《赤き女王の首狩り鎌》」
《窓口》の手には、大きな赤い鎌が握られていた。それに格好も真っ赤なドレスへと変わっていた。
「あら、いつもの鋏じゃないのね?」
「鋏でもいいのだけれど、あまりアレに近付くのは、わたしでも危険かと思いまして」
霊夜は《窓口》の言葉に納得した。
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その頃、車の中で直は下を向いていた。と言うのも、また八尺様が見えてしまったら、直が怖がるだろうと、直と向かい合うように車に乗っていた六花が気を使って、直に「下を向いているといいですよ」と言ったのだ。その六花は念仏だかお経だか、直にはわからないけど、何かを唱えていた。
「っ?!」
「ぽぽ、ぽぽぽっ」
つい、うっかり直はミラー越しに見てしまった。直を追ってくる、八尺様の姿を。
「大丈夫ですから、顔は下に向けてなさい」
「は、はいっ」
ただ、ミラー越しでも《窓口》達が、八尺様を足止めしようとしているのがわかった。でも、あの不気味な音が直には聞こえる。
「ぽぽぽぽぽ、ぽぽっ、ぽぽぽ」
直は必死に札を握りしめ、下を向いていた。六花は真剣な表情でお経を唱えながら、八尺様を相手にする《窓口》達を見ていた。
「もう少しだけ・・・頑張って」
──コッ コッ
「っ?!」
「えっ?」
突然、車の後ろの窓を叩く音。車はかなりのスピードが出ているはずなのだが。周りの大人達には見えていなくても、窓を叩く音は聞こえたようで。
──コッ コッ
「ぽぽぽ、ぽっ、ぽぽ」
「何だ?」
「六花さん」
六花は後ろを睨むように見据える。多分、その目には八尺様が映っているのだろう。
「・・・お嬢様、ご無事で」
ある瞬間を見てしまった六花は、主人の身を案じた。
「詩音っ!!」
「・・・はぁー・・・痛いなぁ・・・もう」
ゆっくりと起き上がった《窓口》に、霊夜と七海が駆け寄る。彼女は八尺様に切りかかった際に、持っていた鎌ごと地面に叩きつけられたのだ。そして、そのまま八尺様は車を追って歩いていった。
「お嬢っ、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「まぁ、なんとかね・・・よいしょっと」
「詩音、そんな無理して動いたら」
「とりあえず八尺様を追いましょう?大丈夫ですよ、その間に自分で治すから」
七海が狐の姿に戻り、霊夜と《窓口》を乗せて、八尺様を追った。
「・・・抜けましたわ」
暫く走っていると、六花がポツリと呟いた。直は何の事だか解らなかったが、もう怖がる心配はないということだろうか。いつの間にか窓を叩く音も、不思議な声も聞こえなくなっていた。
「もう、これで大丈夫ですね」
「そろそろ、待ち合わせの場所に着くぞ」
「・・・そうですか」
車はどこかの空き地に停められる。そこには両親の姿があった。
「親父・・・それに母さんまで」
「事情は聞いた、帰るぞ」
直の両親は六花と、ワゴン車に一緒に乗ってきた男性達に一通り挨拶をして、車に乗り込んだ。こうして直は無事に家に帰ることができた。




