事の発端とその夜
──それは霊夜と護が協会で合流する、一時間半くらい前のことだった。
その時、一人の少年は家の縁側で、寝転んでマンガを読んでいた。髪を茶色く染めている、いかにも今時の、チャラい学生という感じの宮路 直は、たまたま、高校の自由登校で予定もなく暇だった。なので、父方の祖父母に大学進学の報告の意味も込めて、一人で、とある田舎町にある祖父母の家を訪ねていた。
「おーい、じいちゃーん、ばあちゃーん、遊びに来たよーっ」
「おぉーっ、直、よく来たなあ」
「一人でここまで来るなんて、立派になったねえ」
直も携帯も持っているし、本当は電話での報告でもよかったのだが、直接会いに行っての報告の方が祖父母もきっと喜ぶだろうと思ったのだ。実際に直が訪ねた時は、祖父母はとても喜んでくれていた。
「ふわぁーぅ・・・あー、暇だなー・・・」
そして、大学進学の報告を終えた後、祖父母は家事やら買い物やらで、直に構っていられないと言うので、直はそれでもいいと、縁側で自宅から持ってきたマンガを読むことにしたのだった。しばらくして、直は奇妙な音を聞いた。
「ぽぽぽ、ぽぽっ、ぽぽっぽ、ぽっ」
「ん?・・・何だろう?」
音、というよりかは、男が口で発声しているという感じだろうか。直がその音の方に目を向けると、庭の塀の上に、鍔の広い、よくマンガとかで、どっかの令嬢が被るような白い帽子があった。
「帽子?・・・落とし物かな?」
直は疑問に思って上半身を起こし、庭の塀を注視する。その帽子は塀に置いてあった訳ではなく、横滑りしていく。それを目で追っていくと、塀の切れ目、庭に出入り出来る扉のところで、まだ2月で寒いというのに、白いノースリーブのワンピースを着た身長の高い女の姿を見た。
「ぽぽっ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽぽ」
奇妙な音(声?)は、その女が消えると、気がついたら聞こえなくなっていた。
「・・・何だったんだろう?今の」
直はこの出来事を不思議だとは思ったが、特に気にはしなかった。ただ、それが大変な事だったということを知らずに。その後、直は先程見た、女の事を祖父母に話した。特に直自身は、それが重大な事とは思っていなかったのだが。
「おい、婆さん、これは一大事だ」
「直、いいかい?じいちゃんの指示があるまで、ここでジッとしてなさい」
「え?一体どうしたのさ?」
「儂は協会に電話をしてくる、直は婆さんと大人しく待ってなさい」
直は何がなんだか、状況がわからないまま、しばらく祖母と一緒に祖父が戻ってくるのを待っていた。ただ、何か大変な事にでも巻き込まれたのかなとは思ったが、その実感は全くなかった。
「婆さん、一応、協会の方に連絡したが、直は今日はここに泊まっていくようにとのことだ」
「え?ちょっと状況がよくわかんないんだけど?オレが解るように説明してくれない?」
祖父母の様子から、ただならない事になっているんだなとは感じるものの、全く説明がないから、直もどうしていいのかが解らない。
「ねえ、オレが見たアレってさ、一体、何なの?」
「直が見たっていうのは、恐らく『八尺様』だ」
「『八尺様』・・・?」
「可哀想に、直は『八尺様』に魅入られてしまったんだね」
その時に直は自分が『八尺様』と呼ばれる存在に魅入られてしまったこと、そしてこのままだと『八尺様』に数日の内に連れていかれるか、取り殺される事を聞かされた。
「これから協会の方から、なんとか出来そうな人が来てくれるそうだから」
「それで、オレはどうすればいいの?」
「直は今は何もしなくていい、ただ、協会の人が来たら、その人の指示にちゃんと従うんだよ」
「う、うん・・・わかった」
緊迫した祖父母の言葉に、直はただ頷くしかなかった。
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そして時刻は午後6時。直達のいる家に《窓口》達がやってきた。結構、深刻な状況ではあるが、直の不安を煽らないように、ニコニコと笑顔でいた。
「今晩は、えっと協会からの要請で参りました、影谷 霊夜と申します」
「えーっと、そのお手伝いの《箱庭相談所窓口》です、後ろにいるのは、わたしの狐達ですのでご安心を」
「あぁー、本当に遠いところからご苦労様です、どうか孫を助けてやってください」
《窓口》達は「もちろんです」と自信のある笑顔で、直の祖父母と直に頷いてみせた。
「さてと、霊夜、わたしは早速、準備をしてきますね・・・空いてる部屋をお借りします」
「はい、お願いしますね、詩音」
《窓口》は、さっさと二階に上がってしまったが、霊夜とのやり取りを見ていて、直は《窓口》の名前が『詩音』なんだなと判断する。特に名前を言わなかったから、気になったのだ。
「あの・・・さっきの人は?」
「えっと、詩音のことですか?心配はありませんわ、あれでもかなりの実力者ですので」
「・・・ふーん」
直から見ても《窓口》が実力者であるとは思えない。格好は巫女服もどきではあるが、少なくとも見た目の年齢は、直と同じくらいに見えるのだ。
「ふふっ、確かにお嬢は『見た目だけ』は学生に見えるわよね」
「ななちゃん、シッ、今はお仕事中よ」
霊夜の後ろでは、七海を始めとした狐達(四匹)がコソコソと笑っていた。
「準備、出来ましたよ」
《窓口》が二階から下りてきた。そして《窓口》に連れられて、二階の一室に向かう。その一室は外が見えないように、全ての窓が目張りされ、東西南北の壁に御札が貼られていた。そして、部屋の四隅には盛り塩。
「一応、静かなままだと不安でしょうから、テレビとかは置いておきました」
確かに、テレビと寝る用に布団、あと何かあったら困ると、簡易トイレが部屋にはあった。そして《窓口》と霊夜は、直に言い聞かせるように、指示を出した。
「いいですか?今夜は何があっても、朝までこの部屋から『絶対に』出てはいけませんよ」
「そして、私を含めて貴方のお祖父様達も、今夜は貴方には一切、一言も話しかける事はありません」
「もし、それでも不安でしたら、わたしの狐の一匹を置いていきますが」
《窓口》の言葉に直は「多分、大丈夫」と言ったが、直の表情で不安に思っているのがわかったのか、結局は一応、保険にと《窓口》が、四匹の狐を呼んだ。
「三鈴、五月、六花、七海、こちらに来てくれますか」
「「「「はい、何でしょうか?」」」」
《窓口》の呼び掛けに、一斉に応える狐達。それを見た直は、若干、ビビる。狐達の返事が意外にも揃っていて。
「えっと、どの子がいいですかね?」
《窓口》が直に聞いてくるけど、正直、どの狐でもいいのが本音。そんな事を考える余裕は、今の直にはない。
「うーん、ならば六花、彼と一緒にいてあげてください」
「はいっ、かしこまりました」
直の隣に六花がやってくる。その六花の金色の長髪は五月や七海と違って、毛先の方で二つに結わえられている。直は六花から視線を思わず逸らすが、それを気にすることなく《窓口》が、直に一枚の御札を手渡した。
「どうぞ、この御札を持っているといいかと」
「え、あ、はい」
「それでは朝の・・・そうですね、6・・・いや、7時を過ぎたら、貴方の方から部屋を出てきてください」
「わかりました」
「さぁ、こちらもやるべき事をしましょう」
そして直は、六花と共に部屋に閉じ込められることとなった。
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直はどうしていいのかわからず、しばらくは布団に包まって、ぼんやりとテレビを観ていた。時々、六花がコンビニで買ったであろう、おにぎりとか色々勧めてくれるが、直は気が向かない。六花も無理に直に食べさせるようなことはせずに、部屋の出入口の前で大人しく正座をしている。
「えっと、六花さん・・・でしたっけ?」
「はい、何でしょうか?」
部屋の雰囲気に負けた直が、六花を恐る恐る呼ぶと、六花の空色の眼が真っ直ぐに直に向けられる。
「あの、一緒にいた他の狐さん達って」
「私達はみんな姉妹ですよ、家には他にも兄弟がいますね」
「へぇー・・・やっぱり、家って神社なんですか?」
「ええ、格好だけ見ても判りますよね」
なんとなく気まずくて話しかけてみるも、なかなか話が続かない。六花はちゃんと返事をしてくれるのだが、しっかりと周りの様子を気にしているのがわかる。だって耳が時々、警戒するように動いているから。
「そうやってて・・・疲れませんか?」
「これが私の仕事であり役目ですからね、お気になさらずにどうぞ、お休みになっていてくださいな」
にっこりと六花は直に笑いかける。それは、直を少しでも安心させようとしているようだった。
「意外と夜は長いでしょうから、無理にとは言いませんけど、少しでも寝ていた方がよろしいかと」
「ぇ、ぁ・・・は、はい・・・」
六花の言葉の後も、暫く直は布団の中でテレビを観ていた。




