結果、予定変更とかよくある事
節分からしばらく経った、バレンタインデー前日。色恋沙汰には無縁な者には、頭とか胃が痛くなるイベントがやってくる。そんな醜い嫉妬と、無謀な期待が入り混じる雰囲気を、特に気にすることもなく《窓口》は、亜夢と鏡花、七海と一緒にお菓子作りをしていた。
「ネロくん達はともかく、七海と八雲はチョコとかが食べられないですからね」
「普段が人型の姿とはいえ、八雲兄達は狐さんですもんねぇ」
「毎回、亜夢ちゃん達には迷惑をかけてしまいますわね」
「食べられないものは仕方ないですよ、七海さん」
狐にチョコレートを与えるのは如何なものかという事で、毎年《窓口》の家では、チョコレート抜きのお菓子も別に作っている。その様子を、リビングでリオネットが本を読みながら見ていた。
「僕はチョコレートよりも、貴女の血の方が欲しいですね」
「ひゃあぁっ?!・・・ネロくん、いつの間に?」
「あらあら、相変わらずお嬢は仕事の時以外は何かに集中すると、周りが見えなくなるんですのね?」
《窓口》の背後からネロが、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ボソッと《窓口》の耳元で囁く。その反応に《窓口》以外の、その場にいた全員が(リオネットは無表情に近いが)、玩具を見付けた子供のように笑う。
「ふふっ、でも、そういう事をするのなら、別の部屋に連れ込んでやってくださいね?ネロくん」
「えっ、ちょっと、亜夢ちゃん?!」
「そうですね、それならば、このまま連れていってしまいましょうかね?」
「大丈夫ですよぉ、ご主人♪こっちはあたし達で進めておきますからぁ」
「っ・・・鏡花まで、そういう事を言うんですか?」
もう《窓口》の顔は、驚きと恥ずかしさで真っ赤になっている。さらに、仕え魔達は《窓口》が怒らないのをいいことに、笑って「ほら、早く」と《窓口》とネロを追いやるように、サッと彼女が持っていた道具などを取り上げる。
「それでは皆さん、主を借りていきますね」
「「「はい、どうぞ♪」」」
「え、ネロくん、本気ですか?」
「大丈夫ですよ、主、悪いようにはしませんから」
若干、パニックになっている《窓口》を抱き上げ、ネロはそのまま応接室の方へ歩いていく。その抱き上げられた《窓口》は、抵抗しようにも暴れて落ちるのは嫌なので、少々、不本意ながらも、されるがままの状態になっていた。
「えーっと・・・ネロくん?」
「お客様がいらっしゃったんですよ、主」
「・・・それなら初めから、そう言ってくださいよ」
「普通に言ってしまっては、面白くないじゃありませんか」
《窓口》は「面白さなんて求めてない」と、拗ねたように小さく呟く。だが、ネロの《窓口》を見る表情は、そんな事を気にしない穏やかな笑顔だ。
「全く、みんなして意地悪ですよね」
「これでも皆さん、主のことは好きなんですよ」
応接室の前で《窓口》を静かに降ろし、ネロはドアを開ける。応接室にいたのは、護と霊夜だった。珍しく、霊夜は自分の管狐を外に出していた。
「あら?また、珍しい組み合わせの二人ですね」
「《窓口》、急に悪いな」
「詩音、今回はユウくんには関わってほしくない案件なの・・・本当は飛鳥くんにも関わってほしくないのだけれど、詩音に事情を説明するのに、ついてきてもらったわ」
「霊夜が管狐を出してるということは、それはかなり厄介な案件ですね?」
《窓口》の言葉に霊夜は黙って頷く。霊夜もそれなりに除霊などはできるだけの実力はある。彼氏の幽や、従兄弟の透ほどではないが。
「その二人にも頼めない案件とは一体、何なのかしらねえ?霊夜?」
「そんな事、わざわざ聞かなくてもわかっているのでしょう?まあ、いいわ・・・詩音は『八尺様』と呼ばれる、都市伝説の存在を知ってるかしら?」
──『八尺様』というのは、身長がその名の通りに八尺(約2m40㎝)ほどある女性だと言われている。そして、見る人によっては若い女性だったり、老婆であったりと姿は色々なのだが、その身長と頭に何かを乗せた女性であること、さらに不気味な笑い声は共通しているらしい。
「あ、そうか・・・『八尺様』は、特に若い男性や子供を狙うから、幽くん達には頼めないんですね」
「そう、それで何とかできそうなのが、私には詩音ぐらいしか思い浮かばなくて」
「ふぅー・・・それでは仕方ありませんね・・・ただ今回は、わたしだけでもどうにかできるだけの自信はありませんから、神社の狐達にも手伝ってもらいましょうか」
「詩音、いいの?」
《窓口》は霊夜に頷く。それほどまでに、厄介な相手なのだということが、話を聞いていただけの護とネロでも理解出来た。
「で、俺達はどうすればいいんだ?」
「とりあえず護くん、キミはこの件には一切、関わらないことですね、死にたくなければ」
「・・・ネロは?」
「ネロくんの場合は、女の子にでも姿を変えるとでもいうのなら、もしかしたら誤魔化せるかもしれないわね・・・でも今回はお留守番をお願いしますよ」
《窓口》と霊夜が言うには、八尺様に魅入られると呪われて死ぬらしい。正直、八尺様に連れていかれた者の末路というのは誰も知らないが、こちらに戻ってきた人間は今のところ誰もいないので、大体は死んでいるのだろうという。
「そうでなくても護くんは、そういう霊の類いに関しては向こうが強い力を持っていない限り、うっすらとしか見えないんでしょう?普段こそほとんど見えてないに等しい」
「まぁ、確かにはっきりとは見えないけど」
「多分、飛鳥くんが『八尺様』をはっきりと認識したら、それは完全に魅入られてるわね」
《窓口》達としては、被害者が増えるような事態は避けたいようだ。あと、護を身代わりにする気もないらしい。そういう事ならば仕方ない。
「さて、霊夜が『八尺様』の事を口に出すという事は、誰か魅入られたのかしら?」
「そうなのよ」
「その魅入られた人が『八尺様』を目撃したのは、いつ?」
「つい二時間くらい前ね、それでさっき協会の方に連絡があったらしいのよ」
「だから、護くんも一緒に来たのね」
「それで《窓口》達はどうするんだ?」
「とりあえず、魅入られた人のその地域からの脱出の手助けと、あわよくば『八尺様』の退治かしらね?詩音」
「そうなるわね・・・ネロくんはすぐに神社に連絡、わたしもすぐに準備します、あまり時間がないわ」
《窓口》とネロはソファーから立ち上がり、応接室を出ていった。
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そして時刻は午後6時。日が沈み、辺りは既に真っ暗。応接室には《窓口》が呼んだ狐達(みんな女子)と霊夜、それを見送る護と八雲の姿がある。
「そっちも忙しいのに、急に呼び出してごめんなさいね、三人とも」
「大丈夫ですよ、神社の方は兄さん達に任せておきましたし」
「たまには神社の業務以外の仕事もしたいわよね?りっちゃん」
「それに、神社の可愛いお嬢様の頼みですものね?さっちゃん」
三鈴の横では五月と六花が嬉しそうに笑っている。それを七海が、また違った笑顔で見ていた。
「さて、そろそろ行きますかね」
「《窓口》、あまり危険な事をするなよ?」
「全く心配性だなぁ、護くんは」
《窓口》は心配する護に、優しく穏やかに笑って見せる。護の隣にいた八雲も、表情はどこか心配そう。
「お嬢、札は?」
「大丈夫、持ってますよ」
「使い魔の護符はある?管狐の筒は?」
「もちろん、ちゃんとありますよ」
八雲が《窓口》に、道具の確認をする。もう、子供ではないんだからと彼女は苦笑するが、何かあってから必要なモノが無いというのは、とても困るのもわかっているので、素直に応じていた。でも、やはり八雲に子供扱いをされてる気がする。
「それでは、行ってきますね」
「いってらっしゃい、気を付けて」
一通り、八雲の確認を終えた《窓口》は、応接室のドアの鍵穴に鍵を挿し込んで回し、ドアを開けてその向こう側へと進んでいった。




