歪みの矯正
今日の授業が全て終わり、華憐は教室を出ると、隣のクラスのドアの前には凜がいた。
「華憐、今日は部活あるの?」
「あるけど、絵は家で描いてるからさ」
「油絵だっけ?」
「うん、先生には言ってあるから今日は部室に行かなくても大丈夫だけど」
「そっか、じゃ帰ろうか」
校門を出ると、そこには護と真夜がいた。真夜はガードレールの上に座り、護は真夜の隣で寄りかかるようにしていた。そして二人を見付けると、片手を上げた。
「お、もう出てきたのか?」
「あれ?刑事さん、どうしたんですか?」
「いや・・・ちょっと学校の様子が気になってね」
「あ、今日は真夜ちゃんも一緒なんですね?」
「さっき、そこで会ってな」
護のその言葉に真夜は頷く。猫なのに人の言葉が解ってるようだ。だが、前に会った時と何かが違う。
「あれ?真夜ちゃん、首輪のチャームが汚れてる?」
華憐の言葉に凜も真夜のチョーカーを見る。確かに、前に会った時は眼の色と同じく、綺麗に澄んだ蒼い色をしていたのだが、今は黒ずんでいて身体の色と同化していた。どうやら、違和感はこれだったらしい。
「あぁ、今は《チャーム》(それ)に触らない方がいい」
「え?なんでですか?」
「飼い主の《窓口》が言うには、真夜ちゃんのチャームには、他者の『不幸』が溜まってるんだそうだ」
その言葉に真夜は再び頷く。やっぱり真夜は人の言葉が解るようだ。
「なんで『不幸』が溜まってるんですか?」
「簡単に言うと、この子は他者の『不幸』を引き寄せる体質の猫なんだってさ、それで周りにその『不幸』が行かないように、チャームに溜め込んでるらしい」
「それで、真夜ちゃん自身は不幸にならないんですか?」
凛の質問に、護がさらに説明してくれる。
「これも《窓口》に聞いた話だが、あくまでも自身の周りに引き寄せるだけであって、真夜ちゃん自身が不幸になることはないが、周りいる者は不幸になるらしい」
なんだかそれも悲しい話だ。自分以外が不幸になっていくのを見ているのは辛いだろう。
「話は変わるけど、今日は何もなかったかい?」
「あ、そういえば」
華憐は護に、先程起きたことを話す。
「やっぱりな」
「やっぱり?」
「さっき《窓口》に言われたんだよ、『彼女』は凶暴化してるんだって」
「え?!」
凶暴化してるとは、どういうことだろう。もしかすると今日の出来事はそういうことだったのか。
「あの・・・凶暴化すると、どうなるのですか?」
「ただの霊くらいだったら普通に怨霊になって、人に危害を加えるようになるってことだ、話ではまだ完全にはなってないみたいだが」
「もし、完全に怨霊とかになったら?」
「俺だけじゃどうにもできなくなるな」
護は悲しそうに首を横に振った。隣では真夜が小さく頷いている。そうなったら《窓口》はどうするつもりなのか。
「その前になんとかしたいところだが・・・今日はこの後、二人は時間あるかい?」
二人は顔を見合わせる。
「あぁ、やる事があるならいいんだ、今日すぐに君達が行かなきゃって訳じゃないし、アイツも予定が空いてないだろう」
うんうんと、護の隣で真夜が頷く。本当にこの猫は賢いな。確かにやる事はあるが、今日の出来事についても気になる。それが表情に出ていたのか、護は優しく目を細めている。
「今度、アイツに会いに行くんだろう?また話すのは、その時だな」
護は二人の用事を優先してくれるようだ。ならば素直に甘えることにしよう。そして二人はこのまま帰ることにした。
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──《窓口》は一人、部屋で思い出す。それは『彼女』が相談に来た、自殺する数日前のこと。
『彼女』はクラスメイトからイジメを受けていた。『彼女』は『自分と同じイジメに他の生徒が遭わないようにすること』と『加害者に被害者の気持ちを解らせること』を実現する方法を探していた。『彼女』は言った。前者は自分が生きている限りは無い、だが、後者は今の自分ではできない。だからこそ自殺を考えたのだ、と。でも、それでは前者ができなくなる。そこで『彼女』が《窓口》に『お願い』したのは、自分が死んだ後《窓口》の力で『噂』を実現させること。
「『噂』の実現はというのは可能ですが、その『噂』の内容によっては貴女の望むような実現はできませんよ?」
「それでも構わないです」
「それをよく思わない人も少なからずいるでしょう?」
「それでも、いいんです」
『彼女』の決意は揺らがないようだ。だが、少しばかり悩んだようで。それを『よく思わない人』に心当たりがあったのだろう。
「もしかしたら、その一人が《窓口》さんに会いにくるかもしれない」
「・・・?」
「その時はその子に協力してほしいです、この事は内緒にして」
「わたし達は基本的に、相談事を第三者に公開するようなことはしませんよ」
その言葉に『彼女』は一応、安堵の表情を浮かべていた。
「それではよろしくお願いします」
深く一礼をして『彼女』は帰っていった。
──そして『彼女』は自殺した。校庭の桜の木の枝で、首を吊って。
「あの『彼女』からの依頼はあくまでも『噂』の実現、ただそれだけだった」
「でも《窓口》の仕事はどんな『悩み』や『相談』、『願い』でも叶えるための『仲介』と『手伝い』をするだけで、あとは全て『彼女』自身の強い意志」
「だけど『噂』が本当に実現したことで、元々の『彼女』の『理想像』は歪んでしまったようね?」
「彼らには悪いけど、本当の事は知られないようにしないとね」
「上手く矯正できれば一番いいのだけれど・・・彼らには頑張ってもらいましょうか」




