邂逅による歪み
月曜日の朝。週の始まりということもあって、憂鬱な人も多いことだろう。
──華憐もまた違う意味で憂鬱だった。
いつ解決するか分からない怪奇現象。それに頭を悩ませているのは彼女だけではない。一番悩んでいるのは当事者だろう。華憐はいつも通り凜と登校し、自分の教室に入る。クラスメイトに挨拶と、少しばかりの会話をして、自分の席に着く。時間割を見ると、今日は教室を移動する授業が午後にある。この時間に何もなければいいのだが。
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──ソファーに向かい合って座る、一組の男女。
ここは《窓口》が相談者達の相談を聞いたり、相談員が依頼の打ち合わせをしたりするのに利用する応接室。テーブルの上にはコーヒーの入ったティーカップ。護はやけに家が静かなのに気付いた。普段なら、何人かは家にいるはずだ。
「今日は誰もいないのか?」
「えぇ、今日はこの家にはわたしだけです」
しばらく沈黙が流れる。本当にこの家にいるのは、護と彼女の二人だけのようだ。
「真夜ちゃんは?」
「集会に行っているわ、定期的にそういうのがあるようで」
「ネロは?」
「ちょっとしたお使いを頼んでます」
とりあえず、島の外で起きている現象で、関わってるだろう二人(1人+1匹)の所在を探ってみたが、どうやら関係ないらしい。本当に彼女のお使いなどで、外に出てるようだ。
「そういや、他にも家には同居人がいたはずだよな?」
「いますけど・・・全員の所在を聞くつもりですか?」
「何人いたっけ?」
「まぁ、全員で8人・・・と言っても、7人+1匹だけれど」
その言葉を聞いた護は、率直な事を彼女に対して口にする。
「いくらなんでも、多くないか?」
「ここまで多いのは、確かに珍しいわね」
「普通、仕え魔って1体か2体だろ?」
「別に決まってるわけではないわ、実力さえあれば何体いようが構わない・・・けれど、彼等とは特別、正式に契約を交わしているという訳ではないわ・・・表向きではそういうことにしているだけよ」
確かに、この家の同居人の全員が本気を出して彼女に向かっていっても、制限や枷のような髪飾りを外した彼女ならば、一瞬で全員を葬りさるのだろう。それだけ彼女には実力があるということの証明だが。
「それに、わたしも好きで増やしたわけではないわ」
「え?」
「増えてしまったのだから、仕方ないでしょう?」
なんだろう。これはまるで、野良猫に餌をやったら家に居着いたみたいなノリじゃないか。そして、そんなノリであいつらをコイツは(本人曰く表向きだけとはいえ)従えられるのか。頭がおかしいとかのレベルじゃない。
「それで・・・護くんはこんな話をしに、ここに来たのではないのでしょう?」
「あぁ、そうだったな」
護はまず、土曜に会った二人の少女の話で、彼女達から《窓口》に怪奇現象で相談したことを聞いたことを話す。そして、後日あらためてここに護と来ることも話した。本来ならば《窓口》は、相談者の情報は一切、最低限の関係者以外に外部に出すことはない。それは《窓口》の信用にも関わるからという事でもある。まぁ、相談者本人がこの相談所に来たとか内容を言ったという事等の、特別な場合なら別らしいが。
「怪奇現象についても聞いたが、二人は当事者ではないんだな」
「片方が当事者達と同じクラスってだけの関係ですね」
「疑問が一つあるんだ」
《窓口》と彼女達の話を聞いていて浮かんだ疑問。
「なんで当事者じゃない人間が相談に来たんだ?」
「わたしと違って、視えない人には不思議でしょうね?」
そういう彼女は少しばかり悩んだようだ。どこまで話そうか、そんな表情。彼女はほぼ、全ての事象は把握しているようで、こういった時は言動も慎重になる。
「簡単に言えば後悔、かしらね?」
「後悔?」
「多少、交流はあったみたいですよ?例の『彼女』とね」
それを聞いて少し納得はする、が。彼女の言葉に、一瞬で空気が緊張する。
「気を付けてくださいね?護くん」
「何を?」
「どうも『彼女』は凶暴化しているみたいですから」
「な!?」
「キミは何かと危ない橋を渡りがちですからね」
「今、何かさらっと重大なことを言ったな?」
『彼女』が凶暴化している。その『彼女』という言葉が指すのは自殺した女子高生のことだろう。今、町で流れている『噂』が事実になっているのだろうか。だとすれば放置するのは危険だし、長引いても危険だ。
「なあ《窓口》、お前が原因ってわけじゃないよな?」
「制限着けて街中を歩く程度で、今まで『噂』が実現したことはないはずですけれど?」
「確かにそれは俺が見てきた中では一度もないが、一度もないからと言って、今回も違うとは限らない」
「そうだとしたら、髪飾りに細工をした《魔石細工師》にキミが文句を言うしかないですね?」
「・・・さらっと怖いことも言うな」
笑顔の《窓口》の言葉で、護の顔に冷や汗が流れた。
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五時間目が終わるチャイムが鳴った。体育の授業が終わって教室に生徒達がぞろぞろと戻ってくる。この学校は前後のドアに鍵があり、教室を移動するときは必ず鍵をかける。鍵をかけるのは最後に出た人で、開けるのは登校時を除き、基本的にはその日の日直だ。体育や特別着替える授業以外は制服で受けなくてはいけないが、更衣室なんてないので男女共に教室で着替えている。体育の授業は男女別なので、着替えるために今日の日直の男子生徒に頼んで、鍵は最後に出た女子生徒が持っていた。着替えてる間は男子には悪いけど廊下で待っていてもらう。
カチャリと鍵が開き、教室に入る。
「ねぇ、これ何の匂い?」
最初に教室に入った女子生徒が異変を訴える。華憐はこの匂いを知っている。油絵の具の匂いだ。
「多分、油か何かじゃない?」
と、口々に他の生徒も話している。とりあえず閉めきった窓を開けようと、何人かは行動を起こす。他のクラスからも、何があったと生徒達が集まってきている。
「何これ・・・?」
その言葉を発した女子生徒に、一気に視線が集中する。その女子生徒はイジメの加害者だった。
「玲、どうしたの?」
「何かあった?」
彼女と仲良くしてるグループの女子達が彼女の周りに集まる。他の生徒達はその様子を遠目に見ている。
「うわ・・・何これ・・・油でびちゃびちゃじゃん」
どうやらシャツやスカートも、油絵の具を溶く際に使う油がかけられていたようだ。
「誰?!誰がやったの・・・?」
「玲、少し落ち着いて」
「なんで・・・?」
今にも泣き出しそうな勢いの彼女を、周りは必死になだめている。
──突然カタンと音がした。クラス中の視線が窓際の一番後ろの席に向く。その音の正体は、絵筆が床に落ちたものだった。
「ねえ、もしかすると『あの子』の呪いなんじゃない?」
「呪いっていうかさ、自業自得でしょ?だって自分を死に追いやったんだもの、それくらいされて当然だよ」
誰かがなんとなく発した言葉。その言葉に周りも他の生徒達も騒めく。
「もうやめてよっ!!」
その言葉に一瞬だけシンとする。慌てて周りは彼女を落ち着かせるが、彼女は精神的に不安定になっているようだった。
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そのあとのことは、なんだか慌ただしい様子だった。とりあえず事の様子を授業をしにきた先生に伝えて、彼女は周りの女子達に連れられて教室を出ていった。残った他の生徒達は、こそこそと「例の『彼女』が本格的にイジメっ子に復讐をし始めたんじゃないのか」とか、色々と話をしている。この出来事で華憐はあまり授業には集中出来なかった。




