鬼と豆
節分だからか、《窓口》の家の裏庭は騒がしかった。護が様子を見に行くと、ベンチには彼女とリオネットが座っている。そこで護は異様な光景を目にした。
「アイツらは何をやってるんだ?」
「何って・・・ただの豆まきですよ?」
どこをどう見ても、豆を撒いてるというより、豆を亜夢と鏡花が、全力投球でネロにぶつけようとしているようにしか、護には見えない。
「・・・新手のいじめか?」
「違いますよ?毎年恒例なのですが、さすがに吸血鬼も『鬼』ですからね、撒くときに『鬼は外』は言えませんし・・・?」
「そういう問題なのか」
「あれでも、本人達にとっては『遊び』ですよ?」
《窓口》は、黙って庭を指差す。その先では、ネロは余裕の表情で椅子に座って本を読んでいるし、ネロの使い魔のスコルとハティが投げられた豆を、上手にキャッチして食べている。その《窓口》の表情は、無駄ではないでしょうと言いたそう。
「ちょっとぉ?ハティちゃん達が食べちゃったら、ネロ兄に当たらないじゃないですかぁ」
「その為に喚んでるんですよ、鏡花さん」
《窓口》の家では普段から手合わせも兼ねて、ネロや暇な仕え魔達が、こういう事をしているらしい。(ちなみに最低限の武器の使用可という)
「これでは埒が明かないでしょうね、鏡花ちゃん」
「そうだね、ここは亜夢姉と二人で協力しないとねぇ」
亜夢と鏡花はお互いに頷く。鏡花はポケットに入っていた箱から針と糸を、亜夢は一枚の護符とモップを出す。
「あんなんで、ネロとやり合おうってのか?」
「一応、アレでも殺傷能力の低い、二人用の武器ですからね」
「使い方が違うよな」
「あ、ちなみに亜夢ちゃんのモップは、仕込み刀になってます」
「それは物騒だな」
《窓口》はその様子を楽しそうに見ている。護としては、怪我人が出そうで気が気でない。
「まずは、ハティちゃん達の動きを止めないとねぇ」
鏡花は、銀色の糸を針に次々と通していく。その内の一本は、自分の足元に刺す。
「出てきて、ムーちゃん」
亜夢の護符からピンク色の獏が現れる。彼女の使い魔にして、可愛がっているペットだ。
「ムーちゃん、あの二匹の狼をなんとかして追い込んで」
「亜夢姉、追い込んでくれれば、こっちで縫い止めるよぉ」
獏がスコルとハティを追い込んでいく。
「来たねっ──《影縫い》」
二匹の狼の影を地面に縫い付けるように、鏡花が針と糸を地面に刺す。不思議なことに、スコルとハティは動けない。それを見たネロは「仕方ありません」と本を閉じ、立ち上がる。
「あ、あれ?」
「これはやられたな、ハティ」
「さすがは鏡花さんですかね?二人を戻せない」
「あら、ネロくん、余所見してていいんですか?あたしもいるのに」
「おっと、危ないですね」
亜夢は手にしたモップを振り回す。最早、豆は関係なくなっている気がする。
「──闇夜に踊れ《夢幻黒紫蝶》」
モップの先から、黒と紫の蝶が弾幕となって現れる。
「珍しいな、亜夢さんが魔法を使うなんて」
「まぁ、それだけネロくんとの差があるんですよ」
ニコニコとはしているが、《窓口》はあの三人をよく見ている。
「あれはネロでも大丈夫なのか?」
「心配ないでしょう、ネロくんはただかわすだけの遊びですし、そこまで二人も本気じゃありません」
「・・・そうか」
別に《窓口》の言葉を、護は信用してない訳ではないのだが。ちょうどその時、智志と水月が学校から帰ってきた。
「ただいま、姉さん」
「あ、護さんも来てたんですね」
「二人共、お帰りなさい」
「あ、お邪魔してます」
智志と水月は《窓口》達の後ろに視線を移す。未だ、亜夢と鏡花はネロと遊んでいるが(《窓口》曰く)。
「で、姉さん、あの三人は何をしてるのさ」
「毎年恒例の豆まきですよ?智志くん」
「ずいぶん、激しい豆まきですね」
《窓口》の言葉に水月は呆気にとられていた。豆まきとは言っているが、もう豆は撒いてないし、ただの弾幕合戦のようになっている。
「さて、あの三人を止めますか」
にっこりと笑いながら《窓口》がベンチから立ち上がる。
「三人共、そろそろ」
「あ、はい」
「うぅー、今年もダメだったかぁ」
「惜しかったですね、二人共」
《窓口》の声に、意外とあっさり三人は止める。まぁ、遊んでるとはいえ、大人組だしな。鏡花はスコルとハティを解放し、亜夢も道具を片付けている。
「あ、智志くん、水月、おかえりぃーっ」
「あはは、姉ちゃん、ただいま」
水月に鏡花が抱きつく。あれ?鏡花ってこんなにブラコンを拗らせてたかな?でも鏡花もやる事があると言って、亜夢を追ってリオネットとすぐに家に戻ったけど。
「あれ?護は今日はどうしたんだ?」
「あー・・・節分で、よく鬼が追われて騒いでるからって、その見回り」
「殆んどそれは、遊び程度に収まるけど、一応ってことか」
「そうなるな」
護とネロのやり取りを聞いて、智志と水月は、何か思い当たる節があるらしく、顔を見合わせる。
「そういえば、今日さ、節分だからって、うちの先生で豆投げられてたのいなかった?」
「ねぇ・・・護くん、ネロくん」
「もしかして・・・それって」
「あの人でしょうね」
《窓口》と護、ネロは思い出したことは、一緒だったのだろう。そして少しして、裏庭に一人の少女が来た。
「ふえぇーんっ、詩音ちゃーん」
「あー・・・やっぱりこの人か」
《窓口》を見付けるやいなや、その少女は《窓口》に泣きながら抱きつく。
「どうしたんですか?モモちゃん先生」
「お久しぶりです、先生」
「この時期は相変わらずですね」
少女は牡丹色のショートカットの髪に赤紫色の眼。左目にはガーゼの眼帯をしている。彼女は百目鬼 百々。その見た目は小学生と変わらないが、彼女はれっきとした大人。今は智志と水月の学校で先生をやっている。
「え?三人は先生を知ってるの?」
智志と水月は驚いた様子で《窓口》と護、ネロを見る。
「知ってるも何も、百々ちゃんは俺が高校の時の担任だよ」
「僕達は同じ学校に通ってたからね、モモちゃん先生のことは知ってるよ」
「わたしは、殆んど先生とは学校では会ってませんけどね」
彼女はその容姿から、生徒達や卒業生からはプライベートであれば「モモちゃん先生」や「百々ちゃん」と呼ばれている。本人もそれは気に入っているようだが。さすがに授業中とか仕事の場では呼ぶ事はない模様。
「百々ちゃんに豆を投げるのは、毎年恒例の事じゃないっすか」
「さらっと恩師に酷い事を言うわねー、飛鳥くんは」
《窓口》から離れて、百々は護を見上げる。本当に見た目は小学生。そう、見た目だけは。
「飛鳥くん?いくら私が百々目鬼の先祖返りだからとはいえ、豆をぶつけられたら痛いんですよ?」
百々は人間でありながらも、妖怪や魔物の力が使える先祖返り。先祖が妖魔と交わった者の家系で、代を経て妖魔の血が薄くなった子孫に突然、人間でありながらも、その妖魔の力(容姿や特性)を持つものが現れる。それは直系によく見られるそうで。その突然、現れる人間を『先祖返り』と呼んでいる。
「じゃあ・・・先生が眼帯をしている意味って」
「これで能力の一部を制限してるのよ、ちょっと人前で百々目鬼の姿を晒すのは、ね」
眼帯を百々は外すも、その左目は閉じられている。その眼帯はどこにでもある、普通の白いガーゼのモノだったけど。
「確か、先生の場合は左目を閉じてるか、見えない状態にする事でご自身の能力を抑えてらっしゃるんですよね?両目が開いていても問題はないけれど、ちょっとした切っ掛けで身体に百々目鬼の特徴が出てしまうとか聞いたことがあります」
「フフフ、あまり会っていないとはいえ、詩音ちゃんは覚えていたんですねえ」
《窓口》の言葉に、百々は満足そうに頷く。たまに、百々は眼帯を忘れて前髪で、その左目を隠している。
「それで、先生は何をしに、この丘まで来たんですか?」
「そうそう、別に豆をぶつけられたから詩音ちゃんに慰めてもらおうと思ったんじゃないのよ」
《窓口》の疑問に、百々は本音を言いつつも、思い出したように話しだした。
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「節分になると豆まきで鬼が追われるのは、知っていますね?」
百々の言葉に《窓口》と護、ネロは頷く。まるで、彼女の授業を受けているかのよう。《窓口》達は立ち話もなんだからと、場所を応接室に移した。智志と水月はそのまま部屋に戻ってしまったが。
「さて、皆さん何を飲みます?」
「コーヒー」
「紅茶」
「・・・日本酒」
「「「それはダメです、先生」」」
百々の言葉に、思わず《窓口》達は口を揃えて突っ込んだ。
「いくら何でも、仕事中なのではないのですか?先生」
「一杯ぐらいなら飲んでもバレないですよ、詩音ちゃん」
百々の言葉に《窓口》も呆れている。鬼の先祖返りだからかはわからないけど、百々は酒豪である。見た目は小学生なのに。
「先輩とか同級生達の噂だと『同窓会に参加した卒業生達より飲んだのに、そのまま顔色一つ変えずに普通にまっすぐ歩いて帰った』って聞いたけど・・・」
「みんな、お酒弱いのよねえ」
「いやいや、それは百々ちゃんがお酒強すぎるんだって」
呆れてため息をつく百々に、護は何とも言えない表情で否定する。
「まぁ、私の事は置いといて」
改めて、百々は口を開く。
「その追われた鬼が『人拐い』をする事があるんですよ、それだけなら未だしも、島の外からも鬼が来たりするんです」
「それが無いように、俺らも見回りとかしてるんですけどね?」
「でもね、鬼が活発に動くのは艮の刻(午前1時から5時)なんですよねー」
「さすがに、その時間は普通の人間なら寝てますけどね?夜勤とかの人間でなければ」
「でしょう?なので、基本的に人間側に近い鬼達が、その時間は見回りをしているのです」
「つまり先生は、その見回りにネロくんを連れ出したい、と」
《窓口》の言葉に、百々は「ご名答」と満足気に頷く。人手が足りないのか。それとも、戦力は多い方がいいと考えているのか。
「別にそれは構わないのですが、先生」
「なあに?」
「わざわざ、それはわたしの許可が無くてもいいのでは?」
「一応、今は詩音ちゃんが上司というか、ご主人様なんでしょ?だから、なおさら詩音ちゃんの同意は得ておきたかったのよ」
百々は《窓口》に、にっこりと微笑んだ。




