受験の不安
成人の日が過ぎると、節分までは大きなイベントというイベントはない。だが、そんなのは受験生には関係ない。智志と水月は、リビングで勉強をしていた。
「ふぅ・・・」
「お疲れ様です、智志くん、水月くん」
「あ、ありがとう、亜夢姉さん」
一息入れたらと、亜夢は二人に飲み物を持ってきた。マグカップに入ってたのはココア。
「受験生は佳境に入って、大変ね」
「亜夢さんは勉強とかって、出来るんですか?」
水月に聞かれて、亜夢は困ったように笑う。
「一応、あたしも高校は出ているんですけどね・・・もう何十年と前の話ですからね、殆んど勉強したことを忘れてるのが現実ですよ」
「ふーん、まぁ、亜夢姉さんみたいに社会に出たら、二次方程式とか全く使わないだろうしなぁ」
「あ、そういえば水月くん、鏡花ちゃんは学校とかどうだったんです?」
「え、鏡花姉ちゃん?高校はちゃんと出ているよ、ただ、それからは大学に行かずに家の・・・偉い人の身代わりになるような仕事をしてたけど」
亜夢達が鏡花に出会った時にはもう、彼女は記憶喪失だった。だから学校とか、どうだったのかは気になっていたようだ。それは主人である《窓口》が何も言わずにいたので、きっと学校とかに関しては、あまり考えなくてもいいと判断していたのだろう。
「その鏡花ちゃんが言うには、ご主人は今でも高校レベルの勉強でも、簡単に解かれるらしいですね」
「あの姉さんが?マジかよ・・・」
「実際、ご主人は飛び級をされてる人ですからね」
今に始まったことではないが、この家の主は本当に規格外なんだなと、智志と水月は痛切に感じた。
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《窓口》が資料をまとめていると、智志と水月が、部屋のドアをノックして入ってきた。
「どうしました?」
「ちょっとこの問題が解けなくて、姉さんに教えてもらおうと思って」
《窓口》は意外そうな表情をした。それはそうだろう、滅多に二人が《窓口》に勉強を教えてもらおうと、部屋に直接来ることがないからだ。
「別にそれはいいんですけど、珍しいですね?」
「たまにはいいだろ?」
「そうですね、まぁ、座って」
《窓口》はにっこり笑って、二人をソファーに勧めた。
「これをこうして、こうすれば」
「あ、なるほどね、そういうことか」
「へぇ、結構これって簡単だったんですね」
しばらく智志と水月は《窓口》に勉強を教わっていたが、結構わかりやすい。いつも《窓口》が物事の説明すると、難解だったり、妙な言い回しをするのだが。
「とりあえず、ありがとうございました」
「ふふっ、二人とも頑張ってくださいね」
笑顔で《窓口》は部屋から出る智志と水月を見送った。
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受験当日。智志と水月は一緒に試験会場に来ていた。中高一貫とは言え、試験はちゃんと受けなくてはいけない。
「智志、いよいよだな」
「それは水月もだろ」
二人は《窓口》から貰った御守りをポケットに入れ、最後の試験勉強の確認をした。
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応接室には《窓口》とネロ。向かいには一人の青年がいた。
「いきなり悪いね《窓口》さん」
「突然どうしたんです?透くん」
その青年は、黄色の髪に飴色の眼、黒縁の眼鏡をかけている。彼は光里 透。《退魔師》の家系で、影谷 霊夜の従兄弟だ。
「とある町にある、結構、旧い家なんだけど《窓口》さんには僕と一緒に来てもらいたいんだ」
「それは、透くんからの協力要請と、とっていいのですか?」
「うん」
正直、この『相談所』では、相談員からの協力要請というのは、珍しいことではない。ただ、今回は《眩しすぎる無影灯》とまで言われる魔術師からなのだ。これは、透の個人的な仕事なので、こちらに利益は殆んどないが。《窓口》は少し考えて、透から話を聞くことにした。
「透くん、その旧い家というのは?」
「何でも、座敷わらしが出るっていう家らしいんだけどね?最近は、その家では何かと不幸というか、変な事が続いているんだそうだよ」
「変な事、ですか」
「まぁ、まだ人身的な事故とか、大きな事件には発展していないんだけれど・・・何か大きな事があってからでは遅いからと、僕に直接、依頼が来たんだ」
「なるほど」
ネロは《窓口》に視線を向ける。それは、彼女が行くかどうかを確認するもの。ただ、彼女からの返事がない。
「どうされますか?主」
「うーん・・・その変な事というのが、一体、どういうことかにもよるんですよね・・・特に誰かの命を脅かす程の事にならないのなら、透くんだけでもいいような気がします」
どうやら《窓口》は決めかねているようだ。内容によっては、彼女が動く必要がなくなるからだ。そんな彼女の様子を察したのか、ネロは口を開く。
「透くん、その変な事というのは?」
「なんか、その家の関係者が、今のところは小さい怪我をしたりしているみたいなんだけど」
「霊とかそういう類いの仕業ならば、主でなくとも霊夜さん達に頼めばいいと思うのですが?」
「いやー、なんか向こうも今は忙しいらしくてさ」
霊夜達にも連絡は入れていたようで、透は困ったように笑っている。そう言われれば、確か仕事が入ってたな、とネロは幽と霊夜のスケジュールを思い出す。
「ネロくん、わたしの予定って空いてましたっけ?」
「ええ、空いていますけど?」
《窓口》がそう言うという事は、この件を引き受けるということだろう。彼女には今のところは動く仕事も、聞くべき『相談』もない。
「協力してくれるのかい?《窓口》さん」
「いいですよ」
「ただ、今回は協会の方にも、連絡というか、依頼がいってるみたいなんだけど」
「あらら、それはそれで厄介ですね」
《窓口》は厄介だと言っているが、本心ではないだろう。その表情はとても愉しそうだった。
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──その頃、協会では護が黒奈と共に一人の男性と会っていた。
「とりあえず、名前を教えて頂けます?」
「あ、えっと、桐敷 誠です」
護と黒奈は、色々と誠から話を聞いていくが、どうも、護達が動くに動けないようにも思える。そこまで深刻な状態ではないので、予防とか、そういった感じでしか行動できないだろう。
「それで、光里の所にも行ってるのに、なんでまた協会にも?」
「別に、信用してない訳ではないんですけど、一応・・・父達から行くように言われまして」
あくまで、こっちが保険扱いかと護は呆れたが、黒奈は何故か愉しそうだ。
「あの、なんで黒奈さんはこういう時でも、そんな愉しそうなんですか」
「えー?そうかな?」
満面の笑みの黒奈に、護は頭が痛くなってくる。本当に魔術師の考えって解らない。むしろ、解りたくない。
「きっと光里家の坊っちゃんのことだから、しぃちゃんも動くかもよ?」
「そうじゃなくても、俺に行かせる気満々じゃないっすか、黒奈さんは」
「もちろんだよ、それ以外に護くんをこういうことには呼ばないって」
ああそうですか、と護は半ば諦めている。全く、この上司は真剣に考えてるのかと疑いたくなってくる。やる時はちゃんとやる人なのは、そういう場面に何度も立ち会っているし、知ってはいるけれども。
「別に強制はしないけどね?」
「黒奈さんがそう言っても、俺に行くように仕向けるでしょ」
「あらあら、よくわかってるじゃないの」
どこかの親戚と同じようなことを言って、にっこり笑う黒奈に、護は小さくため息をついた。
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試験を終えた智志と水月は若干、疲れた様子で家に帰ってきた。亜夢が玄関で出迎えてくれる。
「「ただいまー」」
「おかえりなさい、試験はどうだった?」
「やることはやってきたけど、結果が出るまでは、やっぱり少し不安かな」
水月の言葉に亜夢は、あらあらと笑っている。結果が出るまで不安なのは亜夢もわかるのだが、智志達の様子を見て楽しんでいるようにも見えた。
「なんか、俺らを見て楽しそうじゃない?亜夢姉さん」
「あら、そんなことはないですよ?ただ、そういうのは懐かしいなってね」
「ふーん、別にいいけど」
智志と水月は各々の部屋に戻る。しばらく二人はのんびり出来るだろう。
「努力をちゃんとしていたのは、ここの仕え魔達は知っているし、ご主人の御守りもあるもの、きっと二人にはいい結果が待ってるよ」
部屋に戻った二人には、亜夢の呟いた言葉は聞こえていなかった。




