第二十話 「異神」の存在
「ナシメ。これはどういうことだっ!!」
カムヤの声が、大部屋に集まった[ヤマト]の重臣たちの前で響き渡った。
タケハヤ王が亡くなり、現在この[ヤマトノ国]を治めているのは第一王子のカムヤになる。
カムヤは自分の隣に葉月を座らせている。
上座に席をとるカムヤの隣。
これはその重役ごとに席順を決めているこのような場面に置いて、王子であるカムヤがどれほど葉月を重んじているかということに尽きる。
[異神]という言葉だけで、葉月はそこにいるに過ぎないことは、葉月自身もよくわかっているのだが。
カムヤはどうもそうではないらしい。
重臣たちの視線が葉月には痛い。
だが、葉月の隣にいるチョウセイ、チョウシンは何も言わず。
当たり前のように[それ]を受け止めていた。
「言葉通りでございます、カムヤ王子。
まかりなりにも、この[ヤマト]の王が崩御されたのです。
それを[せいくち]の殉葬もなく[黄泉ノ国]に送り出すなど、タケハヤ王をどれほどないがしろにされておられるのか、私がお聞きしたいほどです」
逆にナシメはカムヤを睨みつける。
「先日王子がお前に伝えたであろう。
今は[ネノ国]、[クナノ国]の驚異が迫っていると。
ただでさえ人手がいるときに、[せいくち]とは言え、五十人もの命を無駄にすることは出来ん。
その上墓の準備もままならぬこのような時に、王子のお手を煩わせるようなことを言い出すでない」
チョウセイの低い響き渡る声が、部屋の隅々まで行き渡る。
皆、その声に背筋をピンと正さずにはいられない緊張感と威厳を持っていた。
だが、ナシメはまったく動じていない。今度はチョウセイへと鋭い視線を向ける。
「では訊く。[せいくち]は人であって人であらず。
あのような者たちに情けは無用と考える。
戦になれば確かに人手は必要とはなろうが、そのためにも[ヤマト]の存在を他の国に知らしておく必要があろう」
ここで、チョウセイの声に静まり返っていた重臣たちから声が漏れ始める。
「そうだ」
「何故、今までのやり方を改めてまで王子は、[せいくち]たちに王の共をさせないのであろうか」
「そのために、土人形(土偶)に代わりをさせるというのであろう?
それを大量に作らねばならぬために、王の墓の準備が遅れていると聞いている」
それは葉月の耳にも届く。
これは自分が口出しする場面でないことは、よくわかっていた。
が、怒りで体が戦慄いてしまう。
『こらえよ、葉月』
シュナの声が耳元で聞こえる。
この場合はシュナに従うのが妥当だろう。
「いつまでもこのようなことを続けていても、[ヤマト]の国のためには何もならんっ!!
人を大事に出来ぬ者が、どうして国を大事に出来よう。
人手が増えれば田畑を大きく出来る。
収穫が増える。国の力も大きく出来るだろう。
俺はいずれ[せいくち]という者たちも[ヤマト]の民として受け入れるつもりだ。
その者たちがこの土地に根付き、国の力となるのであれば、その方がよほど国のためにもなるはずだ。
今までのやり方ばかりに固執し、人の大切さをわからぬのであれば、それこそ愚か者と俺は思う。
どうだ、ナシメ」
カムヤがナシメを見据える。
重臣たちから響めきが起こる。
しかし、葉月は――カムヤの後ろ姿に感動すら覚えた。
その言葉こそ、葉月がナシメに言ってやりたいことだったからだ。
それをカムヤは王子としての立場から言い切った。
『さて。立派なことだが、ナシメがどうでるかのう?』
シュナの言葉に、葉月が怒りを込めて朱色の孔雀を睨みつけようとした時だった。
「さすがはカムヤ王子。感服いたしました。さすがはトヨ姫の兄上であられるだけはある。
ヒミコ様の[御力]を色濃く受け継いだトヨ姫の右にお立ちになられれば、[ヤマト]の国は磐石のものとなろう」
ナシメはカムヤに頭を下げながら、トヨの話を持ち出した。
「今はそのようなことを論議する場ではないぞ」
チョウシンがナシメに言い放つ。
「馬鹿な。[ヤマト]の未来を決める大事な場ぞ。
何故いかんのだ?
トヨ姫がヒミコ様の跡を継げば、この乱れ切った世を正すことが出来る。
それもカムヤ王子がトヨ姫の右腕として、政を行えば、なお素晴らしいことではないか。
何故それを否定する?我らには、そこにおわす[異神]様もおられる。
怖いことは何一つないではないかっ!!」
ナシメは胡座の体制から一歩右足を立たせ、左膝を床につけた状態で、カムヤの隣にいる葉月を指差した。
「ハヅキ様は、このカムヤ王子をお救いくださった[女神]様。
肩に置かれているシュナ様が何よりの[神]としての証拠。
そしてトヨ姫がこの[ヤマト]の国の正当な女王として就くために、[天の国]からこられたお方。
なれば、トヨ姫が女王となり、カムヤ王子が……」
『否っ!!』
ナシメの演説を、シュナの声が一喝した。
「……突然大声を出さないでよぉ。鼓膜が破れるじゃない……」
すぐ傍でシュナの声を聞かされた葉月は、右耳を抑えてシュナに文句を言った。
『おお。これはすまなんだ。ちゃんと謝るゆえ、少々待たれよ』
「いいわよ、別に」
葉月とのやり取りを終え、シュナがナシメに向き直る。
『控えよ、ナシメ。
神に対し指をさし、間違った物言いをするでない』
「そ、それは失礼いたした」
体は鳥だが。
何故か発する声は、チョウセイよりも重く響く。
ナシメはこの時、完全にシュナに圧倒されてしまっていた。
再度胡座でその場に座りなおす。
『[異神]は確かにこの[ヤマト]の地を守護するために参った。
そのためカムヤ王子も助けたが、トヨ姫をこの国の女王にするなど微塵も考えておらぬ。
我らの役目はこの国を護るためのものゆえ、この場での発言も控えたが。
[神]を人同士の跡目争いに巻き込むのではない。
それにまだトヨ姫が、この地の女王になるとも決まってはおらぬであろう。
先走り、しいては[異神]を指さしするなど、どれほど失礼な行いなのだ、ナシメよ。
悔い改めよ。我らはいつ、この地を去ってもよいのだぞ?』
「大変申し訳ありませんでした」
ナシメは頭を深々と下げる。
『まったく。
さぁ、カムヤ王子。議論を続けられよ。
とんだ愚か者がおったが、この国を考える忠義の者として、この度は大目にみよう。
のう……[異神]様』
「そ……そうね」
その場はシュナの独り舞台で、誰も毒気を抜かれてしまい、唖然とシュナと葉月を呆然と見つめるだけだった。
「ああ。すまない、シュナ」
『なんの。これは貸しにしておくぞ、カムヤ』
カムヤの小声での礼に、シュナは何事もなかったかのように答えただけだった。
そしてシュナはあくびをひとつ。
呆れる葉月をよそに眠そうに目を瞬いては、カムヤの声が響く大部屋に集う者たちを眺めていた。




