第十九話 始まる「こと」と置き去りに出来ない「もの」
「思ったより、普通の乙女か……」
葉月と別れてから、ナシメは考えていた。
いろいろとカムヤたちに話されてはいるためか、葉月は自分のことは警戒をしていたようだが。
あまり賢い娘には見えなかった。
「使いようはあるのかもしれない」
とは言え。サホビに比べれば、どんな乙女も利口に見える。
「いますぐ邪魔になるような存在ではあるまい」
あまりあの娘自体を、気に止む必要はないだろう。
むしろお供でついてきているという[朱雀]の方が、よほど危険な相手であることに間違いはない。
だがあの葉月という娘さえ、なんとかしてしまえば、その鳥もどうにかなるだろう。
ナシメはほぅと胸をなでおろした。
だが[異神]としての名は使えよう。
実際に剣の腕も立つようだ。
どうにかして、自分の方へと味方させる良い方法はないものか?
イヨに比べ、トヨは後ろ盾が自分だけでは弱いのだ。
「正当な女王がこの[ヤマト]に就くために、あの[異神]はこの地にきておるのだったな……」
さらにナシメは考える。
「トヨはカムヤのことを想うておる……」
トヨはカムヤを腹違いの兄だが、密かに恋心を抱いていた。
母のサホビに知られれば大変なことになってしまうと、こっそりナシメに相談したことがあったが。
「……ふむ」
ナシメは自分の顎に右手を当てる。
「カムヤがイヨの支えになる必要はないのだよな……」
同じ妹なのだ。トヨの[大夫]になっても良いはずだ。
ナシメはここで微かに笑みを浮かべる。
「チョウセイを警戒して、カムヤを退けることばかり考えておったが……利用してもよいわけだ。そしてあの[異神]も……」
そういうことならば。
ナシメは考えがまとまると、[本宮]へ取って返す。
自分の策略を実行に移すために。
◆◆◆
「ナシメが父上の墓に新たに[せいくち]を五十人埋めるだとっ!?」
朝餉が済んだ後も、カムヤは何かと葉月の部屋にいた。
そこへチョウシンがここだろうと、目星をつけてやってきたのだ。
確かにカムヤが葉月の部屋に何かといることが多い。それもどうかと思うのだが。
だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「ナシメにはそれはならんと言っておいたはずだ」
カムヤが立ち上がる。
「ええ。だがナシメは「それでは[ヤマト]の威光は保たれない」と、[ネノ国][クナノ国]への示しをつけるためにも、タケハヤ王の墓はヒミコ様と同規模のものを作るべきと主張を始めた様子」
「……あの人……そんな人なんだ……」
今日のあの様子はなんだったのか。
葉月はそのことをカムヤには話していないため、それ以上の言及は避けた。
「ナシメと何かあったのか?」
「ううん……何もないよ」
何故かカムヤはこういうことには察しがいい。
葉月は慌てて否定をした。
『今朝早くに、葉月にヒミコ殿の話をしてきたのだよ。
ヒミコ殿が……』
「シュナぁっ!!」
葉月は大声でシュナの話を止める。
これはどうしてもカムヤに知られたくはない。
カムヤに余計な心配はさせたくはないのだ。
「……ハヅキ……それはどういうことだ?俺に話してくれ」
「私も是非に訊きたい。具合が悪いのであれば、父には伏せておくので……」
カムヤとチョウシンに見つめられ、葉月は返答に困ってしまう。
「……ハヅキ……頼む」
カムヤは悲痛な表情で葉月に迫る。
「……実は……」
葉月は仕方なく、今朝のナシメとの会話を二人に話して聞かせた。
「どうやら……ナシメがこの機会に言いだしたのは、関係がありそうですね」
チョウシンは真面目に答える。
「確かにヒミコさんの話には驚いたけど、その前に[日食]があったんでしょう?
それに驚いて、皆がヒミコさんの力が衰えたんじゃないかとか考えたかもって。
それ、本当は全然違いますからね……」
葉月が否定したいのはナシメのことではなく、[日食]の話だ。
「ハヅキ……ありがとう、それはわかった。あの[日が闇に食われる]ことは、すでに天が決まられていることで、災いの前兆ではないということなのだろう?」
「……うん。そういうこと……」
「ならば、俺もそう考えることにする。
ハヅキはいつも俺の不安を取り除いてくれる。傍にいると元気になれるな」
「……そんなすごくないよ」
笑顔で嬉しそうに話すカムヤに、葉月は頬を赤らめ俯いてしまう。
『……バカめ』
シュナが耳元でそんなことを呟いた。
「あんたには関係ない。私はこれでいいと思うから」
「そうだ、シュナ。ここの[時]が変わらなければいいのだろう?
変えさせないさ。イヨが女王になれば済むことだ」
葉月とシュナの小声での会話に、カムヤが突然入り込んできた。
しかも。今朝の部屋での話を聞かれていたらしい。
「どうされたのです……お三方」
ひとり取り残されたチョウシンがきょとんと、三人を交互に眺めていた。
「ご、ごめんなさい、チョウシンさんっ」
葉月が慌てて謝る。
「いいや、それは構わないのですが……。
問題はナシメということになると思うのですが」
「それは俺も考えてます。
チョウシン殿。ナシメを加えて、今後のことで今一度話し合いましょう。
俺もあいつの前で話をしないと気に食わない……」
「カムヤ。感情的になっては、それこそナシメの思う壺ですよ。
ここは冷静に。ですが、その考えは良いでしょうね。
今すぐナシメを呼んで話す場を整えましょう」
「はい」
チョウシンとカムヤが立ち上がる。
「……カムヤ……」
葉月が心配そうにカムヤを見上げる。
「ハヅキも行こう。ハヅキは俺の大事な[異神]様なのだからな」
「そ……それは。なんかちょっと」
「本当のことだ。チョウシン殿、よろしくお願いいたします」
「はい、わかりました。
それにしても……お二人はお似合いかもしれませんよ」
「はいっ!?」
笑顔を残して去っていくチョウシンに、葉月が声をあげたが、それは遅かった。
「では行こう、ハヅキ」
「え、う、うん」
カムヤがぐいっと葉月の手を握り、引っ張りあげる。
そのまま葉月はカムヤに手を握られ、部屋を出た。
まさか、本当にカムヤは自分のことが好きなのだろうか?
そんな疑問が頭の中に渦巻くが、カムヤの手の暖かさが、葉月の想いを加速させてしまうようでそれが少し――怖かった。




