第二一話 お告げ
「よかったね……カムヤ」
葉月は嬉しそうにカムヤに言った。
結果的にはシュナのおかげだが、重臣たちの前で、あのナシメを抑えタケハヤ王の墓には〔せいくち〕を埋めることなく、予定通りに作業を進めていくことになった。
「ありがとうハヅキ……これは一番にお礼を言わねばならない、シュナ。本当に助かった」
『なんの。葉月のためにもならんのでな。貸しにしておくと言ってことで我はこれ以上、何も言わないつもりだ』
葉月の肩で朱色の孔雀は、何事でもないかのように振舞っていた。
「……本当に可愛くない」
葉月がため息をついた。
「だが……このままではすまんだろうな」
ここはチョウセイの部屋。
議論のあと。チョウセイに今後のことで話をし、より方向性を固めることを提案され、カムヤだけではなく、葉月とシュナも部屋に来ていた。
そう口にしたのはチョウセイ。
「ええ。ナシメは狡猾な男です。
今後どうなるかわかったものではない。事実、ハヅキを利用しようとしてきた」
生真面目な口調で、チョウシンが父、チョウセイのあとを続ける。
葉月から、チョウセイとチョウシンにも「殿などつけないでほしい」と頼まれ、二人はそう呼ぶようになっていた。
「……ああ。そうだ、ハヅキ。もう二度とあの男とは話すことはない。
だから俺の傍から離れないようにしてくれ」
「だから……あのナシメという男の人のことはよくわかったけど、どうしてカムヤからっ離れないようにしないと……」
「頼む、ハヅキ」
いつもなら葉月の言葉を受け入れてくれるカムヤだが、このときばかりはけして譲ることなく葉月に力強い視線を向けてきた。
「……わかった」
渋々葉月が頷くと、「すまない」と安心した様子でカムヤは微笑んだ。
そんな二人のことをシュナはただ、じっと見つめているだけであった。
◆◆◆
〔本宮〕の自室で、ナシメは唯一人。じっと考えていた。
この議論は完敗だった。
その原因は――あの鳥だ。シュナというあの〔朱雀〕。
考えていた通り。あの鳥は危険だった。
やはり〔神〕だということか。人にはない、もとより〔気〕というものが違う。
人である自分がどうこう計ったとしても、あの鳥の前ではすべてが看破され潰えてしまうかもしれない。
だがあの娘はどう見てもただの乙女だ。
あの娘と鳥がどうにも出来ない状況を作り出してしまえば良いのだろう。
となれば。もはや自分だけの力では、どうにもならないことなのかもしれない。
ナシメは深く思い悩んだ様子でしばし、考え込んでいたが。
やがて筆と一枚の木管を手にすると、この国でも数名しか書けない〔文字〕を書き始めた。
そして夜を待ち、夜陰に紛れ重臣の自分専用の〔せいくち〕のひとりにそれを手渡すと、その〔せいくち〕は、木塀の朽ちた穴から器用に這い出ると、やがて素早い身のこなしでいずこともなく走り去っていった。
◆◆◆
それから数日後。
「ハヅキ――っ!!」
この日はヤズノとミヤズとともに過ごしていた葉月のもとに、イヨを連れたオオネがやってきていた。
「ハグーっ!!」
「ハグぅ」
葉月は満面の笑顔のイヨを抱き上げる。
「ハヅキ……あのね、あのね……あの……」
ハヅキに抱き上げられたイヨが、突然、部屋の壁をじっと見つめ、そのまま視線が固定されたように動かなくなる。
「イヨ?どうしたの……イヨ?」
葉月の言葉に異常さを感じたオオネが、葉月からイヨを抱きうける。
「……まさか……〔言霊〕?」
葉月が初めて見る――イヨの予知能力のことらしい。
『ほう……どのような〔お告げ〕だと言うのかの』
オオネが抱いているイヨのもとへ、シュナが歩いてきた。
「きた……北の人々が危ない。
何者かの謀によって、狙われる……」
とても四歳児の言葉とは思えない程、しっかりとした大人のような口調で話し始めた。
「北……襲われるというの?」
葉月はただ呆然と、相変わらず視線を何もない壁に向けたままのイヨの変貌を見つめているだけだ。
イヨの視線は、壁を通り抜け。本来は見えない遠い場所へと向けられているようにも見えた。
「ミヤズ。カムヤ様を呼んで来て。チョウセイ様かチョウシン様でもいいわ」
「うん、わかった」
ヤズノが機転を利かせて、ミヤズを遣いに向かわせる。
『よい判断じゃ。どうもこれは大事になりそうじゃから』
ヤズノはシュナに頷いた。
「ハヅキ。これは不吉な影を感じます。
すぐに調べた方がよろしいかもしれません」
「……戦いになる……ってこと?」
「……残念ながら、そうなるかもしれません」
不安気な表情をした葉月に、ヤズノは残念そうな顔で答えた。
「そんな……」
イヨの予言の的中率は相当に高い。そう、聞いている。
それはつい先ほど、議論にも上がったトヨよりも。
重臣たちにもそれは周知の事実でもある。
だが、年齢のせいで、次の女王にトヨの名があがっているとも言えるのだが。
それでもイヨを女王に据えるという意見も根強いのは、こうしたイヨの能力のせいなのだろう。
では先代のヒミコという女性は、どれほどの能力を持っていたというのだろうか?
葉月の考えは、そんなところにまで及んでしまう。
だがイヨのこの姿を見たら――葉月でさえ、畏怖のような感情を抱く。
神がかり。まさにそのような変わりようであった。
だからこそ抱く思いでもあるのだろう。
「早く……西よりの脅威……北の人々が危ない」
葉月はぐっと葉を噛みしめた。
「オオネさん。具体的に場所はわかりませんか?」
「それは……イヨの言葉はただ告げられるだけで、私たちの問いに答えるものではないの」
「……そうですか」
「ならば、北にある集落はどこでしょう?
たくさんあるのですか?」
言葉に詰まった葉月に代わり、ヤズノがオオネに問う。
「フキとハシの集落がありますが……まだハシの方が、このヤマトに近いでしょう。
より北にあるとなれば、フキです」
ヤズノはオオネに頷いた。
「ハヅキ」
ヤズノは葉月へと視線を向ける。
「ハヅキっ!!イヨがどうした?」
このとき。カムヤがチョウシンを伴って部屋の中に飛び込んできた。
葉月はヤズノと交互に、イヨの〔言霊〕、そして北にある集落の予測を話して聞かせた。
「北の人々か……ここからならば、確かにフキが一番北にあるが……」
「イヨの言葉を信じるなら、それが一番可能性が高いのでは?」
皆、イヨの能力の高さを知っている。
葉月の言葉に、チョウシンも反論の言葉が思い浮かばなかったほどだ。
「……フキ……フキ。そこ。西よりの脅威……」
葉月たちの予想を後押しするかのように、イヨは途切れ途切れに言葉を発すると、オオネの胸の中にぐったりと倒れこんだ。
「イヨっ!?」
「大丈夫。〔言霊〕を口にすると、いつもこうなってしまうの」
オオネは心配する葉月に、そう説明したが。
こんな小さな少女が持つには、この能力は大きすぎるのではないのだろうか?
「……すぐに兵を集めましょう。ここまではっきりすれば、兵を動かせる」
「はい、お願いします」
カムヤにしっかりと頷いて、チョウシンは部屋を飛び出して行った。
始まる……戦いが。
そう考えて、葉月は小さな身震いをひとつ、した。




