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第8話 GPCI中間成果報告会

8-1


 一月の下旬。年が明けてからというもの、特総課の執務室の空気は常になにかの熱気に浮かされていた。


 「なぁなぁ、昨日の夜思いついたんだけどさ! このアミューズメント施設、VRとリアルを融合させた最先端のテーマパークにしたらヤバくない!?」

 「それめっちゃいいじゃん! 予算なんていくらでもあるんだし、海外のトップクリエイター呼んで限定グッズも作ろうぜ!」


 連日、田辺や山彦、飯田たちの席からは、思いつきで広げられるプロジェクト案の応酬が響いていた。提案が持ち上がるたびに新しい企画書や見積書のファイルが増え、彼らのデスクの上には処理しきれない書類が雪崩のように積み上がっていく。

 彼らは決してサボっているわけではない。むしろ自分たちなりに「熱心に」仕事に取り組んでいるつもりなのだ。しかし、行き当たりばったりにアイディアを放り投げては膨らませ、収拾がつかなくなるとそのまま放置する。その繰り返しが、執務室内のタスクを雪だるま式に増やし続けていた。

 そんな中、朝のミーティングで一つの告知が出された。


 「――というわけで、今週末に『治牧』で開催される五都市合同のGPCI中間成果報告会だが」


 小林がホワイトボードの前でペンを回しながら言った。


  「本来出席する予定だった三河君と曽賀君の二名が、急遽東部エリアへの緊急出張に入ることになった。そのため、特総課から代わりに報告会へ出席するメンバーを二人、新たに選出したい」

 「えー、報告会っすか? 俺たち今、テーマパークの仕様変更で超多忙なんすよね……」


 田辺が露骨に嫌そうな顔をして背もたれにのけぞった。


 「僕もです! 今週末はサーキット建設の追加プレゼン資料を作らなきゃいけないので、ちょっと出張は厳しいですね」


 山彦も即座に手を振って拒否する。

 要するに、面倒な出張を押し付け合っているのだ。山積みになったタスク(その大半は自分たちが後先考えずに散らかしたアイディアの残骸だが)を理由に、次々とパスが出されていく。


 (……とはいえ、比較的余裕のある人間もいるはずなんだがな)


 オレはちらりと横に目をやった。工藤だ。彼女は持ち前の凄まじい処理能力で自分の割り当て分を完璧に終わらせており、いつ出張に行ってもおかしくないスケジュールだった。少し離れた席にいる世良も、自分の担当業務を淡々とこなしていて時間に余裕がありそうだった。

 しかし、工藤も世良も、一切手を挙げる気配はなかった。

 それも当然だった。昨年夏、有給休暇を取っていた同期の席に、飯田・山彦・田辺・駿河屋の四人が自分たちのプロジェクトの未処理書類を勝手に大量に押し付けるという事件が発生していた。自分が不在の間に自分のデスクへ仕事をなすりつけられるリスクを知っている優秀な者ほど、迂闊に席を空けようとはしないのだった。


 「誰か行ける人はいないのか? 治牧への報告はメガロポリス計画の形式上、欠席するわけにはいかないんだが……」


 小林が困り顔で見回すと、柊がそっと手を挙げた。


  「あの、僕でよければ行かせていただきます。他の皆さんのプロジェクトが大変なら、僕が代わりますよ」

 「私も手伝います! 柊君一緒に行こう?」


 国宮も笑顔で声を上げる。

 しかし、その瞬間、部屋の奥にいた先輩職員の一人が慌てて制止に入った。


  「あ、いやいや! 柊君と国宮さんはダメだよ! 君たちは今、澪標のコア事業の取りまとめをやってくれているんだから。ここで二人に抜けられたら現場の進行が完全に止まって困る人間がたくさん出るからね!」


 不自然なまでの強い制止だった。先輩は柊と国宮を絶対に執務室から出させないという強い意志を感じさせる口調で押し切ってしまった。


 「……困ったな。では、拒否した者も含めて、完全に全員でのくじ引きで決めることにする」


 上司の投げやりな一言で、紙くずを入れた箱が回された。 各自が引いたくじを開いていく。


 「あー、セーフ!」 「俺も違ったわー!」


 安堵の声が漏れる中、オレの手元に残った紙切れには、赤丸の印がつかれていた。


 「……当たりか」

 「えっ、ウソ……ボクも……?」


 情けない声を上げたのは、隣のブロックの席にいた南野純恋だった。彼女の手にある紙にも、同じ赤丸がついている。


 「よし、決まりだな。桜律と南野。それと引率兼代表として私が同行する。三人で明日から治牧へ向かう」


 決まった瞬間、周囲からは露骨なホッとした空気が漂った。 オレが小さく肩を落としていると、トボトボとこちらへ歩いてきた南野が、ぎこちない笑顔を浮かべて声をかけてきた。


 「あ、あの……桜律くん。ボク、不器用だから色々ごちゃごちゃにしちゃうかもしれないけど……一緒に出張、が、頑張ろうね……!」


 普段は「ボク」とフランクに話す彼女だが、周囲の目があるせいか「ボク……じゃなくて私」と口ごもりながら、一生懸命に元気を装っていた。国宮のように誰からも好かれる完璧なコミュニケーション能力があるわけではないが、彼女なりに場を和ませようとしているのが伝わってくる。


 「ああ、よろしく頼む、南野」


 オレが答えると、自席に戻ろうとした途端、隣から氷のように冷たい声が降ってきた。


 「ご愁傷様、桜律くん」


 工藤だった。彼女はキーボードを叩く手を止めず、画面を見つめたまま淡々と言った。


 「無駄な出張で貴重な時間を費やすことになって同情するわ。……ただ、一つ釘を刺しておくけれど、あなたが留守にしている間にあなたの未処理タスクが溜まったとしても、私は一切手伝わないからそのつもりでね。自分の管理不足を他人に押し付けるのは論外よ」

 「……わかってる。出張前にできる限り終わらせておく」


 同情なのか嫌味なのか分からない小言を受け取りながら、オレは自分のデスクのパソコンに向かい直した。


8-2


 翌日。公用車のコンパクトカーに乗り込み、オレたちは治牧へと向かっていた。

 運転席にはオレ。助手席には南野。そして後部座席には、今回引率として同行する先輩の小林が座り、静かに目を閉じている。

 高速道路を走りながら、オレはバックミラー越しに小林へ話しかけた。


 「小林先輩。治牧での報告会ですが、プレゼンや質疑応答の流れについて、事前にお伺いしておきたいのですが。何か目を通しておくべき資料や、現地での立ち回りについて教えていただけますか?」


 自分も南野も、報告会というものに出席するのは初めてだ。少しでも足を引っ張らないよう準備をしておきたかった。

 しかし、後部座席の小林は目を開けることなく、億劫そうに短く答えた。


 「ん? ああ……桜律君、その必要はないよ」

 「え? 必要ない、ですか?」


 思わず聞き返すと、助手席の南野もくるりと後ろを振り返った。


 「あの……小林先輩、ボク、じゃなくて私たち、何を準備すればいいですか? 治牧の人たちに質問されたら、澪標のGPCIの数値とか説明できた方がいいですよね……?」


 南野が慌てて鞄からノートを取り出そうとするのを、小林は声でゆるやかに制した。


 「本当に何もしなくていいんだよ。二人にはただ、会場の席に座っていてくれればそれでいいから」

 「座っているだけ……ですか?」

 「そう。今回の出張はね、新人君たちに他都市の雰囲気を見せて『学ばせる』ための機会として上層部が用意したものなんだ。プレゼンや質疑応答といった実務は全て僕が処理するから、君たちは見て学ぶことに集中してくれればいい。変に手を出すと、かえって話が複雑になるからね」

 

 (もともと抜けた2人は先輩なんだけどな)


 一見すると、新人の教育を第一に考えた、非常に温厚で頼もしい先輩の配慮のように聞こえた。

 だが、オレはハンドルを握りながら微かな引っかかりを覚えていた。 「見て学ぶ」と言えば聞こえはいいが、要するにオレたちには一切の情報を与えず、発言権も与えないということだ。せめて事前資料の確認だけでもさせてほしいと南野が食い下がった。


 「でも先輩! 丸投げしてもらうのも申し訳ないですし、私、資料の読み込みくらいなら車内でできます! 足引っ張りたくないんです!」

 「はは、南野さんは真面目だなあ。でも大丈夫だから。指示通りにしてくれるのが一番の助けになるんだよ」


 小林のトーンは最後まで変わらなかった。柔らかい笑顔と穏やかな声で、完全にこちらの介入を拒絶している。南野はそれ以上何も言えず、「うぅ……すみません」と縮こまってノートを鞄にしまった。


 夕方、車は治牧の市街地へと入った。


 「よし、ホテルに着いたね。……僕は明日からの発表に向けて最終準備があるから、今夜は部屋に籠もらせてもらうよ。二人で夕飯でも食べてきなさい」


 ホテルのロータリーで車を降りるなり、小林は自分の荷物を持って一人でエレベーターへ向かってしまった。

 ホテルのロビーに残されたのは、オレと南野の二人だけだった。


 「……行っちゃったね、小林先輩」


 南野がぽつりと呟く。


 「そうだな。準備で忙しいんだろう」

 「ねえ、桜律くん。せっかく治牧に来たんだし……もしよかったら、少し街を歩いてみない? ボク、1人で部屋にいるのあんまり得意じゃなくてさ……それに、治牧の街がどうなってるのか見てみたくて」


 南野の提案に異論はなかった。オレも治牧という都市がどのような状態なのか、直接目にしておきたかった。

 二人でホテルの外へ出ると、冬の冷たい空気の中に、煌々と輝くネオンと街の喧騒が広がっていた。


 「……すごいな」


 思わず言葉が漏れた。 オレたちが住む澪標もメガロポリス計画の予算で整備が進んでいるはずだったが、治牧の発展ぶりは次元が違っていた。

 新築の巨大な高層ビル群、立体的に交差する最新のモノレール、賑わう先進的な商業施設。路上にはゴミ一つ落ちておらず、歩行者たちの表情もどこか活気に満ちている。


 「うわぁ……! すごいね桜律くん! 事前に聞いてた噂より、ずっと都会じゃない!?」


 南野が目を丸くして、子供のように見上げている。


 「ああ。想像以上だな……」


 治牧は澪標と同じく、一年前の一律予算からスタートしたはずの都市だ。それなのに、この圧倒的なインフラの整い方は何なのだろうか。

街のあちこちに掲出された大型ビジョンには、「GPCI推進先進都市・治牧」という文字が誇らしげに映し出されていた。オレたちは並んで歩きながら、治牧の発展ぶりに圧倒されつつ、適当な定食屋で夕食を済ませてホテルへと戻った。


8-3


 翌日。治牧の国際会議場で、五都市合同のGPCI中間成果報告会が開催された。


 広いホールには、志手津、九井、縦ヶ崎、澪標、そしてホスト都市である治牧の代表者が並び、壇上のスクリーンの前に座っていた。

 オレと南野は、小林から言われた通り、ただパイプ椅子に腰掛けて座っているだけだった。配布された資料を手に取ることも許されず、ただ進行を見守る。

 報告会が始まり、各都市の代表者が順番に壇上へ上がっていく。


 最初は志手津。


 「我が都市では基幹物流の強化を進めておりますが、一部ストライキ等の影響により、現在のGPCIスコアは初期の660から620へと微減しております。しかし、黒字財政は堅持しており……」


 続いて、九井。


「我が九井は、R&D部門での知財の不透明な流出等があり、GDCIスコアは520から390へと大きく低下いたしました。歳入減少に伴い、収支はギリギリの黒字となっております……」


 さらに、縦ヶ崎(たてがさき)。


  「我が縦ヶ崎では観光利権の停滞に伴い、GPCIスコアが450から280へと暴落。歳入2,600億に対し、歳出が2,580億と、極めて厳しい財政状態にあります……」


 (どの都市も、GPCIのスコアを落としている……?)


 オレは静かに各都市の数値を頭の中で整理した。メガロポリス計画が始まってからの九ヶ月間、志手津も九井も縦ヶ崎も、スコアを維持することすらできず、じわじわと数値を減らしていた。

 やがて、四番目に我が都市、澪標の番がやってきた。

 小林先輩が壇上に立ち、マイクに向かってハキハキとした声でスピーチを始める。


 「――我が澪標におきましても、大規模開発の初期投資段階ということもあり、一時的にGPCIスコアは減少傾向にあります。しかしながら! 現在特総課を中心に進めているテーマパークや会員制リゾート計画といった大型プロジェクトが軌道に乗れば、来年度以降のGPCIはV字回復を果たし、右肩上がりで推移することは間違いありません!」


 朗々と自信満々に語る小林の演説。


 (……他の3都市と、言っている内容が大して変わらないな)


 「一時的な減少」「これからの大型プロジェクトで回復する」。

 志手津も九井も縦ヶ崎も、似たような論理で現在のスコア低下を釈明していた。


 小林の発表を聞きながら、オレは思った。なるほど、これなら事前準備など確かに必要なかったわけだ。どの都市も「現状は厳しいが、これから頑張る」という抽象的なお茶濁しの報告に終始しているのだから。


 しかし――。


 最後に壇上に上がったホスト都市、治牧の代表者の報告で、会場の空気が一変した。


 「――それでは、我が治牧の報告をいたします」


 スクリーンに巨大なグラフが映し出された。


 「我が治牧におきましては、過去九ヶ月間の施策により、GPCIスコアは初期の590から……1,400へと大幅に増加いたしました」


 会場から、小さなどよめきが起こった。


 「経済、交通、R&D、文化の各分野において圧倒的な成長を達成し、翌年度の連動予算におきましても、我が都市が計画全体の中心として牽引していく体制が整いました」


 スクリーンに表示された「1,400」という数字。 他の四都市が軒並みスコアを減らし、青色吐息で現状維持を訴えている中で、治牧だけが数値を3倍近く跳ね上げていた。


 (……一人勝ちじゃないか)


 オレはその数値をただ無感情に見つめていた。 志手津が620、九井が390、縦ヶ崎が280、そして我が澪標もスコアを落としている。その減った分の数字が、まるで全て治牧の一箇所に集約されているかのような、異質なグラフだった。

 隣で座っていた南野が、小さな声で呟いた。

 

 「すごいね……治牧だけ、どうしてこんなにスコアが高いんだろう……?」

 「さあな。何か上手いやり方があるんだろう」


 オレは淡々と答えた。それ以上の事実は、この場に座っているだけのオレたちには分からない。

 すべての発表が終わり、報告会は終了した。 会場を出てホテルへと戻る道中、小林は終始ご機嫌な様子で歩いていた。


 「いやあ、無事に終わってよかったよ。二人とも、じっと座っていてくれて助かったよ。良い経験になっただろ?」

 「あ……はい、ありがとうございました」


 南野が引きつった笑顔で小さく頭を下げる。

ホテルのロビーに着くと、小林は足を止め、自分の時計を確認しながら言った。


 「さて、連絡なんだが。僕は明日、治牧の現地関係者と少し別の打合せがあってね。明日の帰りは現地解散ということにさせてもらうよ」


 「え? 現地解散、ですか?」 オレが問い返すと、小林は笑顔で頷いた。


 「うん。公用車の鍵は君に渡しておくから、明日車で気をつけて澪標まで戻ってくれ。出張の報告書は僕がまとめておくから、帰ったら自分の通常業務に戻っていいよ。じゃ、お疲れ様」


 小林は車の手配と鍵をオレに押し付けると、軽やかな足取りで自分の部屋へ向かって去っていった。

 取り残されたロビーで、オレと南野は顔を見合わせた。


 「……また置いていかれちゃったね」


 南野が困ったように苦笑いする。


 「そうだな。まあ、明日は安全運転で帰るとしよう」

 「うん。……あ、あのさ、桜律くん! 明日の帰り道、車の中で色々話してもいい? ボク、運転の邪魔にならないようにするからさ!」


 一人になるのが嫌なのか、南野はすがるような目でこちらを見ていた。


 「ああ、構わないぞ」


 オレが答えると、南野は「よかった〜!」と胸を撫で下ろした。

 治牧の夜の街から漏れる絢爛な光が、ホテルのガラス窓を静かに照らしていた。五つの都市が集まった報告会。圧倒的な数値を叩き出した治牧と、沈んでいくその他の都市。

 その数字の意味を深追いすることなく、オレは明日、自分たちの待つ澪標へと車を走らせる準備をするために、自分の部屋へと向かった。


【GPCI(Global Power City Index)について】

作中に登場するGPCI(Global Power City Index:世界の都市総合力ランキング)は、都市の「経済」「研究・開発」「文化・交流」「居住」「環境」「交通・アクセス」という6つの分野から、都市の総合的な魅力や成果を定量的に評価・数値化した指標です。

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