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第3話 交友を築く時間2


 3-1

 入庁から二ヶ月が経過し、三ヶ月目に差し掛かろうとしていた頃、特総課の大型会議室で月例の事業立案会議が執り行われていた。

 ホワイトボードの前に立った男性先輩職員が、満面の笑みを浮かべながら色鮮やかなイメージ図をプロジェクターでスクリーンに映し出す。


 「さて、今期の特総課の目玉事業だが──この澪標のベイエリアに、地域最大級の最新アミューズメント施設と遊園地を建設するプランを提案したい!」


 スクリーンには、巨大な観覧車や最新技術を駆使したVRテーマパークの完成予想図が躍っていた。


 「現在、澪標には若い世代が休日に集まれる大型娯楽施設が少ない。ここにドカンと莫大な予算を投じて夢のランドマークを作れば、他都市からの集客も見込め、澪標の活性化に大きく寄与するはずだ!」


 先輩の説明が終わるや否や、新人職員たちの間から歓声が上がった。


 「すごいです先輩! テーマパークなんてワクワクしますね!」

 「いいですね! 完成したら僕たちも真っ先に行って遊びたいです!」


 飯田や田辺をはじめ、男女問わず多くの新人たちが目を見開き、特段の収支試算や維持費の計算も行わないまま、ノリと雰囲気だけで口々に賛成の声を上げる。破格の予算が背景にあるため、「金ならいくらでもある」という前提が全員の思考を麻痺させていた。

 その熱気の中で、ただ一人、冷ややかな声が会議室を切り裂いた。


 「反対です」


 自席で腕を組んでいた工藤花菜が、眉一つ動かさずに立ち上がった。彼女の鋭い視線がスクリーンの数字へ注がれる。


 「提示された資料を見る限り、建設費用だけでなく年間の維持管理費、および想定来場者数の根拠があまりにも希薄です。現在の澪標の人口動態と交通インフラを考慮すれば、初年度から莫大な赤字を垂れ流すリスクが極めて高い。娯楽施設の建設は優先順位として不適切です」


 理路整然とした工藤の指摘に、会議室の温度が一瞬だけ下がる。しかし、提案した先輩職員は苦笑いを浮かべ、穏やかに首を振った。


 「まあまあ、工藤さんの言いたいことも分かるよ。でもね、僕たち特総課には政府から潤沢な年間自治予算が降りているんだ。目先の採算ばかり気にして縮こまった事業しかできないなら、特総課の存在する意味がないじゃないか。失敗を恐れずにでかい夢に予算を投資するのも、僕たちの重要な仕事なんだよ?」


 先輩の言葉に、周囲の新人たちも同調するように頷き始めた。


 「そうだよ工藤さん、固く考えすぎだって!」

 「せっかく予算がたっぷりあるんだから、使わないと勿体ないじゃん!」

 「……予算があることと、無計画な赤字事業に浪費することは同義ではありません。予算の投下には客観的な回収見込みが──」


 工藤はなおも論理を組み立てて反論しようとしたが、大勢の「ノリ」と先輩の「予算はあるんだから」という曖昧な押し切りにより、何度か問答を重ねたものの彼女の反対意見はあえなく掻き消された。満場一致に近い形で、アミューズメント施設の建設プランはそのまま可決された。


 席に着いた工藤は、不快感を隠そうともせず静かに書類を閉じた。


 オレは隣の席でノートの端にペンを走らせながら、可決された事業計画書の「総工費」の数値を黙って眺めていた。


 3-2


 会議が終わり、執務室に戻った直後のことだった。

 同期の佐川慎一が、面倒くさそうな顔でオレのデスクへと歩み寄ってきた。


 「おい桜律。志手津(してつ)の特総課まで、この共有資料の控えと捺印書類を届けてこいよ」

 「志手津か? 西部5大都市圏の別都市だろ。なぜ俺が? 拒否しても構わないか?」

 「ダメに決まってんだろ。俺はこれから自分の仕事で忙しいんだよ。新人の分際でつべこべ言わずにチャチャッと行ってこい」


 (同期だろ……)


 自分の担当タスクを丸投げし、一方的に押し付けてくる佐川の理不尽な物言い。自分の仕事に加えて追加の雑用まで背負わされるのは嫌だなとオレが思い、口を開こうとした、その時だった。


 「あ、佐川くん! それ、私が桜律くんと一緒に行って届けてこようか?」


 パッと花が咲くような明るい声で割り込んできたのは、国宮莉緒だった。彼女は作業の手を止め、優しげな笑みを浮かべて佐川を見つめる。


 「えっ、国宮ちゃんが? でも、志手津までの往復は移動だけでも結構時間がかかるよ?」

 「大丈夫! ちょうど私もあっちのデータで確認したいことがあったし、桜律くん一人に遠出の雑用を押し付けるのは可哀想でしょ? 二人で行った方が早いよ!」

 「う……国宮ちゃんがそう言うなら……じゃあ、よろしく頼むわ。おい桜律、国宮ちゃんに変な気起こすなよ……」


 佐川は国宮の可愛らしい笑顔と申し出に恨みの積もった瞳で睨みつけてきた。

 こうしてオレと国宮の二人で、広大な西部地域を繋ぐ高速交通機関に乗り込み、志手津へと向かうことになった。

 車窓の外を流れる景色を眺めていると、隣に座った国宮が果実ジュースの缶を手に、楽しそうに話しかけてきた。


 「ねえ桜律くん、さっきの会議の工藤さんのことだけど……やっぱり凄かったよね」

 「工藤か?」

 「うん。すごくハキハキしてて、自分の意見をしっかり言っててさ。私、ちょっと気になっちゃって。桜律くんって席が隣だし、工藤さんとよく話したりするの?」

 「ああ。挨拶や業務上の会話は普通にするぞ」

 「本当!? 工藤さんって普段どんな感じなの? 私たちと全然飲み会にも来ないし、何考えてるのかなって気になっちゃって」


 興味津々といった様子で身を乗り出してくる国宮に、オレは缶烏龍茶を一口含んでから淡々と答えた。


 「ああ見えて、なかなかコミュニケーション能力が高いぞ。ストレートで余計な飾りが一切ないから、言いたいことが一瞬で伝わる。この前も『会話が壊滅的に下手ね』とハッキリ言ってくれた」

 「えっ……? それって、けなされてるんじゃ……」

 「いや、無駄な距離感を排除して効率的にやり取りするための、彼女なりの照れ隠しであり独特なコミュニケーションだろう。なかなか出来た奴だよ」


 オレが真顔でそう返すと、国宮は一瞬だけ丸い目をパチクリとさせ、それから「ふふっ」と可愛らしく吹き出した。


 「ふふ、桜律くんって……本当に面白くてポジティブなんだね! 工藤さんのあの態度をそんな風に受け取れるなんて、すごいなぁ」


 和やかな雰囲気のまま志手津に到着し、整然とした雰囲気の志手津役場にて無事に書類の受け渡しを完了させたオレたちは、夕方前に澪標の執務室へと戻ってきた。

 書類をまとめて自席に戻ると、待ち構えていた佐川が眉をひそめて突っ掛かってきた。


 「おい桜律、戻るのが遅すぎるだろ! たかが志手津に行って帰ってくるだけで何時間かけてんだよ! 手際が悪すぎるんじゃないのか?」

 「……志手津までの移動時間と、あちらの窓口での受領手続きを考えれば、規定通りの最短時間だが」

 「言い訳すんなよ! 国宮ちゃんを余計な雑用に付き合わせた挙句、遅くまで連れ回して疲れさせただろ! まったく使えない奴だな!」


 自分から丸投げしておきながら理不尽な文句を言ってくる佐川に対し、オレは「そうか」とだけ短く返し、静かにPCの電源を入れた。


 3-3


 翌日の昼休み。

 いつものように一人で静かに昼食を済ませようとしていたオレだったが、なぜか同期の山彦明樹典につかまっていた。

 普段の山彦は、柊や世良といった目立つグループの周りをウロウロしている男だ。だが今日に限っては、彼の取り巻きや普段仲良くしている連中が揃って部署におらず他部署との打ち合わせで出払っており、庁舎内で一人で過ごしたくない山彦が、手近にいたオレに目を付けて強引に隣の席へ座ってきたのだった。

 頼んでもいない高級なカツ丼の重箱を広げながら、山彦はこれ見よがしに腕を組み、ニヤニヤとした不快な笑みを浮かべた。


 「いやー、参ったよ桜律ぅ。昨日さ、ついに買っちゃったんだよね。外国製の超高級スポーツカー!」

 「……ほう」

 「初任給と手当が破格だからさ、ローン組んだら余裕で通っちゃってさ! いやー、やっぱり特総課の男なら、それなりの車に乗らないと格がつかないだろ? ついでにこのスイス製の高級腕時計もカードで一発購入よ!」


 ジャラリと腕の時計を見せつけ、頼んでもいない自慢話を捲し立てる山彦。

 さらに彼は声を落とし、自慢げに胸を張った。


 「まあ、車だけじゃないけどね。実はさ……先週、同期の沙紀崎から陰で『付き合ってください』って告白されたんだよね」

 「沙紀崎白葉(さきざきしろは)からか?」

 「そうそう! でもさ、あいつ大人しくて地味じゃん? 俺レベルの男にはちょっと釣り合わないかなーと思って、即フリしてやったわ。まあ、気まずいから本人には秘密にしておいてあげてね?」


 山彦の薄浅い頭から繰り出される、あまりにも見苦しい嘘の数々。沙紀崎が山彦のような男に告白するはずもないことくらい、火を見るより明らかだった。オレは「へえ、そうなのか」とだけ返し、黙々と弁当の白飯を口に運んだ。

 その時、食堂のトレーを持った国宮が、たまたま通りかかった。


 「あ、山彦くん! さっき聞こえちゃったんだけど、高級スポーツカー買ったの!? すごいね!」

 「へっ!? あ、あぁ、国宮ちゃん! まあね、特総課の男として当然の嗜みかなって!」


 国宮に話を聞かれていたと知るや否や、山彦は一瞬で鼻の下を伸ばし、大げさに身を乗り出した。


 「私、そういう凄くかっこいい車って近くで見したことないんだ〜。ねえ山彦くん、そのスポーツカー見たいな!」

 「えっ……あ、いや! それがさぁ!」


 目を輝かせる国宮の言葉に、山彦の顔色が目に見えて青ざめた。彼は冷や汗をダラダラと流しながら、目を泳がせて苦しい言い訳を口にし始めた。


 「あ、今はダメなんだよ! 実はさっき納車されたばっかりなのに、帰りに釘を踏んじゃってさ! 4輪ともパンクして今整備工場に入ってて動かせないんだよね! だから見せられないんだよ、ハハハ……!」


 買ってもいない車の「4輪同時パンク」という、頭の悪い苦し紛れの嘘を吐いているのを、オレは隣で静かに見ていた。


 「え〜、4輪ともパンクしちゃったの? それは大変だね……」


 国宮はどこか困ったような、苦笑いを交えた表情で首を傾げている。

 オレは冷めきった烏龍茶を静かに飲み干しながら、虚栄心と嘘で自爆していく山彦の無様な姿を、ただ冷ややかに見つめていた。


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