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第24話 別の火種

24-1


 突然、執務室の空気を割るような金切声が響き渡った。


 「ぎゃあああああああッッ!?」


 耳をつんざくような悲鳴の主は田辺だった。何事かと思い、オレと柊は急いで駆け寄った。視界に飛び込んできたのは、大量の紙束を両腕に抱えたまま、大型シュレッダーの前で顔を真っ赤にして絶叫している田辺の姿だった。あまりの剣幕に、執務室の中にいた数人の職員たちも手にしていた書類やペンを止め、引きつった表情で田辺の背中を注視している。


 「なっ!? 一体どうしたんだい、田辺くん!」


 柊が素早く駆け寄り、田辺の肩に手を置いた。オレはその後ろから足を進める。昼休みの静けさが残る執務室で、田辺の取り乱し方は明らかに異様だった。二日前の不祥事と世良による「契約」を経て、ようやくおとなしくデスクにかじりついて仕事を始めたと思っていた矢先だ。また何かろくでもない問題でも引き起こしたのかと、オレの頭の中にはうんざりとした徒労感が広がっていく。柊の問いかけに対し、田辺は言葉を返すことすらできない様子だった。ただ喉をひくひくと鳴らし、震える指先で目の前のシュレッダーを指差している。


 「シュレッダーがどうかしたのか?」


 オレが尋ねると、柊もシュレッダーの投入口や排出口の周囲を覗き込んだ。そこにあったのは、まったく裁断処理されることなく、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙の束だった。投入口のセンサー部分からみ出すようにして、分厚い書類の束が無理やり押し込まれ、そのままモーターが噛み合わずにストップしたような無残な状態になっていた。柊は困惑したように眉を下げ、優しく語りかけた。


 「もしかして……紙を一度に入れすぎて、機械を壊しちゃったのかい?」


 誰もがそう考えるだろう。田辺の不器用さと浅はかさを知っていれば、容量オーバーでオフィス機器を壊してパニックになっていると考えるのが最も自然だった。だが、その質問を受けた瞬間、田辺は顔を猛烈に横に振った。


 「ち、ちがッ……! 違う! 違うんだよ柊ッ! 俺じゃない! 俺が壊したんじゃないッッ!」


 言葉だけではない。田辺は抱えていた書類を床に落としかけるほど激しく身振り手振りを交え、全身をガクガクと震わせながら全力で否定した。大きなアクションで頭を振り、手首を千切れんばかりに振り回し、文字通り全身を使って「自分の過失ではない」と主張している。その必死すぎる態度は、かえって怪しさを際立たせていたが、田辺の目には明らかな恐怖と狼狽の色が浮かんでいた。


 「落ち着くんだ田辺くん。壊していないなら、どうしてそんなにパニックになっているんだい?」


 柊が宥めるように肩を叩くと、田辺は荒い呼吸を繰り返しながら、切れ切れに言葉を吐き出し始めた。


 「お、俺は……頼まれていた不要書類の処分をしようとして……このシュレッダーに来たんだよ……! で、自分の持ってきた紙を投入口に入れようとしたんだけど、全然作動しなくてさ……!」

 「作動しなかった?」

 「そうだよ! ランプはついてるのに、紙が入っていかねえんだ! だから『あれ、誰かバカが詰まらせたのかな』と思って、中を覗き込んで、詰まってる紙を引き抜こうとしたんだよ……! そしたら……そしたらさあッ!」


 田辺は興奮のあまり唾を飛ばしながら、シュレッダーの内部と、床に散らばりかけた書類を交互に指差した。


 「奥の方に、やっべえくらいいっぱい、まじいっぱいの書類がそのまま突っ込まれてたんだよ! 切るやつの手前で引っかかったまんま、誰もボタンを押してねえのか、機械が詰まったまま放置されてたんだ! 俺ぁ自分の作業ができないから、苛ついてその詰まってた書類をグイグイ引っ張り出して……かたづける作業をしてたんだよ!」

 「ふむ……誰かが書類を処分しようとして、詰まったからそのまま放置して逃げた、ということかい? それは確かにマナー違反だけれど、君がそこまで絶叫する理由には――」

 「違ぇんだよ! 問題はその中身なんだよッ!」


 田辺は柊の言葉を遮り、引っ張り出した書類の束の一番上を引っひったくるようにして掲げた。


 「気にならずに取り出し作業をしてたんだけどさ……途中でチラッと目に入ったんだよ。なんだかマジにこう、えらぶった紙だなと思ってよく見たら……どれもこれも、マジな『契約書類』なんだよ!」

 「契約書……?」


 オレは少し眉をひそめた。処分する書類の中に契約書が混ざっていること自体は、期限切れの公文書などの廃棄としてあり得ない話ではない。だが、田辺の顔色はどんどん土気色に変わっていく。


 「それだけじゃねえ! その契約書の『契約者名』のところ……全部、同じ名前が書かれてたんだよ! 印鑑も……ちゃんとした実印がバチッと押してあってさ……!」

 「誰の名前なんだい?」


 柊が問うと、田辺はごくりと唾を飲み込み、執務室の天井が揺れるほどの声で叫んだ。


 「『駿河屋礼衣』だよッッ! 全部、駿河屋の名前になってたんだよ!!」


 ――駿河屋。


 その名が出た瞬間、オレの頭の中で何かが引っかかった。同期の中でも特に粗暴で、酒癖が悪く、日常的に大声を出しては周りを辟易させているあの駿河屋だ。事務処理能力がお世辞にも高いとは言えず、重要書類の作成など任されるはずもない男の名前が、なぜ大量の廃棄契約書に記載されているのか。


 「駿河屋くんの名前……? どういうことだい?」


 柊も首をかしげている。しかし、田辺のパニックは収まらない。彼は引っ張り出した書類をめくりながら、狂ったように内容を読み上げ始めた。


 「さっきから気になって、引っ張り出しながら目を通していったんだよ! そしたら……バスのバイバイ契約……市の電車の事業売却契約……売却先は全部『治牧市』! しかも、その契約締結者? んとこに書いてんのは『駿河屋礼衣』! 土地の段階的開拓・所有権移転の合意書も……全部、駿河屋!!」


 田辺の叫び声は、最初は静かだった執務室の中にくっきりと響き渡っていた。


 「それだけじゃねえぞ! 一番ヤバいのが出てきたんだよ! 今年の2月末日付で行われた……『2500億円の緊急特別融資・事業借入契約書』! その代表署名欄にも……『澪標市特別総合課・駿河屋礼衣』って、はっきり書いてあんだよッッ!!」

 「な……んだって……!?」


 さすがの柊も、顔から血の気が引いていくのが分かった。2500億円。それは、我が特総課が背負わされ、先日のサバキネコによる通告で全員の給与凍結と破綻の引き金となった、あの狂気の危機的負債額そのものではないか。総額5000億の半分に相当する額だった。田辺の大騒ぎを聞きつけて、執務室のあちこちから少しずつ人が集まり始めていた。デスクで作業をしていた者、お茶を飲んでいた者、書類の整理をしていた同期たちが、何事かと壁際や通路から首を伸ばし、シュレッダーの周りに人だかりを作り始める。


 「おい、田辺がなんか叫んでるぞ」

 「2500億って言わなかったか今?」

 「またあいつ、なんかへまかましたんじゃないの?」


 周囲の囁き声が重なり、ざわざわとした不穏な空気が膨らんでいく。オレは正直、田辺の言っていることを最初は話半分に聞いていた。田辺のことだ、書類の表記を読み間違えているか、何かのパロディや書類作成の練習用サンプルを見て勘違いしているのだろうと高をくくっていたのだ。しかし、田辺がシュレッダーの投入口や内部の隙間から必死に引っ張り出し、床に積み上げていく書類の束へ、オレはふと目を落とした。一番上にあった用紙を取り上げ、目を通す。


 『市営路線バス事業における運行管理権および車両資産の譲渡に関する覚書』


 末尾の署名欄に目をやると、確かにそこには鮮明な黒インクで『澪標市特別総合課 駿河屋礼衣』と自筆と思われる力強い字体で記され、その横には朱肉の濃い実印が押されていた。


 二枚目、三枚目を繰る。


 『公共用地開発先行取得契約書』

 『治牧市・澪標市間における資産流動化に関する特約調書』

 『特別資金調達にかかる債務受託承諾書』


 ……すべてだ。田辺の言った通り、どの書類にも『駿河屋礼衣』の名が刻まれていた。契約の主体として、あるいは澪標市側の責任者として。そしてそのどれもが、澪標市の貴重な公的資産を他都市へ格安で売り飛ばすか、あるいは巨額の負債を特総課に押し付けるような、正気とは思えない内容ばかりだった。オレの手の中で、上質紙の冷たい感触が伝わってくる。印鑑の朱肉は本物だ。印刷された偽物ではない。田辺が最後の紙束をシュレッダーの奥から引き抜き終えた頃、人だかりを割って一人の男が歩み寄ってきた。


 「何をそんなに騒いでいるんだい?」


 世良だった。整えられた髪と、眼鏡の奥の冷静な瞳。彼は騒がしくなった執務室の空気を鎮めるように、穏やかだが静かな威圧感を込めた声で問いかけた。


 「世良……! 聞いてくれよ世良ッ! 駿河屋が……駿河屋の奴がよぉッ!」


 パニックの絶頂にいる田辺が、自分を弁護してくれた世良にしがみつこうと口を開き、支離滅裂な事情説明を始めようとした。オレは咄嗟に動いた。田辺の支離滅裂な説明では、事態が不要に混乱するだけだ。オレは柊の背中をポンと強く押し出し、同時に田辺の襟首を後ろから強く引っ張って、強引にその口を塞いだ。


 「むぐっ!? な、何すんだよ桜律――」

 「……パニックになっているお前が話すと話がこじれるだろ。ここは柊に説明させたほうがいい」


 耳元で低く囁くと、田辺は不満そうにしながらも、オレの手に押さえられて大人しくなった。背中を押された柊は、一瞬驚いたように振り返ったが、すぐに自分の役割を悟ったように頷き、世良に向き直った。


 「世良くん。落ち着いて聞いてほしい。……田辺くんがシュレッダー詰まりを直そうとして内部から取り出した書類なんだが……」


 柊は、田辺が語った経緯と、先ほどオレたちが確認した書類の内容を、順序立てて正確に世良へ伝えた。田辺が処分するためにシュレッダーへ赴いたこと、作動しないため中を確認したら裁断前の契約書が大量に詰まっていたこと、そしてそのすべての契約名義が駿河屋礼衣になっていること。世良は最初は半信半疑といった様子で柊の説明を聞いていた。しかし、話が進むにつれてその笑みが消え、目元が険しくなっていく。


 「……見せてごらん」


 世良は静かに手を伸ばし、オレの手元にあった書類の束から一通の契約書――2500億円の借入契約書を取った。世良の視線が、紙面を滑る。次の瞬間、世良の表情が、はっきりと苦々しく歪んだ。眼鏡のフチを指で押し上げる手が、かすかに震えている。周囲で様子を見守っていた同期たちも、世良のその尋常ではない反応を見て、俄かに騒がしくなり始めた。


 「え……マジなの?」

 「世良があんな顔するなんて……本当に入ってるのか?」

 「駿河屋が何をしたって言うんだよ!?」


 人だかりが徐々に狭まり、全員が床に積み上げられた書類を覗き込もうと押し寄せてくる。柊は、高まる周囲の動揺を静めようとするように、慌てて言葉を添えた。


 「待ってくれみんな! まだ……何かの間違いかもしれない! 駿河屋くんがこんな膨大な書類を一人で作成して契約を結べるはずがないし、名前を勝手に使われた可能性だってある! 確定したわけじゃないんだ!」


 しかし、パニックになりかけた大衆に、柊の「何かの間違いだ」という生ぬるい擁護は届かなかった。


 「間違いなわけないでしょ! 現に書類があるんじゃない!」

 「実印まで押してあるんだぞ! 名義貸しだったとしてもアウトだ!」

 「っていうか、市バスや電車の売却って……俺たちが毎日残業して処理させられてた膨大な手続きの元凶じゃないか!」

 「2500億の借金を作ったのも駿河屋なのか!? あいつのせいで俺たちの給料が凍結されたのか!?」


 一度火がついた疑惑と怒りは、瞬く間に執務室全体へ伝播していった。これまで特総課の全員が味わってきた地獄のような連日残業、見通しの立たない過酷労働、そして破綻通告による給料凍結。そのすべての元凶となり得る「証拠」が、今まさに大量に目の前に溢れ出てきたのだ。矛先を求めていた不満と恐怖が、一気に「駿河屋礼衣」という一つの名前に収束していく。世良は書類をじっと見つめたまま、しばらく沈黙していた。そして、隣に立っていた柊だけに聞こえるような低い声で、ぽつりと呟いた。


 「……柊くん。現状の情報だけで、彼を完全な『黒』だと断定することは、論理的にはまだできない」

 「そ、そうだろう!? だからみんなを落ち着かせ――」

 「だが」


 世良は柊の言葉を冷たく遮り、書類の署名欄を指で強く叩いた。


 「もしこれが本当なら……これは到底、不注意や無知の範疇には収まらない。単なるミスや過失などではなく、明確な悪意をもって、故意に澪標の特別総合課を破滅へ陥れようとした行為だ。……それも、決定的な悪意だ」


 その言葉の重みに、柊は息を呑み、二の句が継げなくなった。


24-2


 その時だった。バタン、と執務室の重いドアが開く音が響いた。


 「ふぅー……今日もだりぃな」


 呑気な声と共に室内に入ってきたのは、昼休みから戻ってきたばかりの駿河屋だった。髪を少し乱し、衣服からは微かにタバコの煙の臭いを漂わせている。彼は執務室内の異様すぎる静けさと、自分に集まる数十人の視線に気づき、入口のところで足を止めた。


 「……あぁ? んだよお前ら。入口に集まって……俺の顔に何か書いてあんのかよ?」


 駿河屋は何一つ状況を分かっていない様子で、首をかしげて笑ってみせた。その呑気な態度が、弾薬庫に火をつけた。


 「――この裏切り者がッッ!!」


 雪森が弾かれたように人だかりから飛び出し、駿河屋の胸倉に掴みかからんばかりの勢いで肉薄した。


 「な、なんだよ雪森、急に! 離せよ!」

 「よくも……よくも今まで、いけしゃあしゃあとした態度で俺たちと一緒に仕事してくれたなッ! この最低の裏切り者が!!」


 雪森の絶叫を皮切りに、特総課全体から怒号と罵倒の嵐が巻き起こった。


 「ふざけるな駿河屋!」

 「お前のせいで俺たちがどれだけ苦しんだと思ってんだ!」

 「人間のクズ! 今すぐここから消えて失せろ!」

 「2500億円返せよ! 俺たちの給料を返せ!」

 「信じられない……最低の犯罪者じゃない!」


 普段の駿河屋は、粗暴で声が大きく、喧嘩っ早い性格もあって、同期の中で面と向かって明確な敵意を向けられることは少なかった。誰もが波風を立てないよう、彼の粗暴さを適当にいなしていたのだ。しかし今、執務室にいるほぼ全員から一斉に殺気立った罵詈雑言を浴びせかけられ、流石の駿河屋も圧倒されたように目を見開き、大きく動揺した表情を浮かべた。


 「は、はあ!? お前ら急に何言ってんだよ! わけ分かんねえよ!」


 何が起きているのか理解できず、狼狽する駿河屋だったが、元来の短気さが災いした。理不尽に怒鳴られていると感じた瞬間に頭に血が上ったらしく、彼は雪森の手を荒々しく振り払い、強い口調で反論し返した。


 「言いたい放題言ってんじゃねえぞッ! 俺が何をしたってんだよああん!?」


 その反抗的な態度が、さらに周りの火に油を注ぐ。佐川が眉間にシワを寄せ、指を突きつけながら厳しく詰め寄った。


 「とぼけてんじゃねえぞお前! 田辺のこと犯罪者だの何だの偉そうに殴りつけておいて、自分は裏でそれ以上のヤバいことやってんじゃねえかッ! どの口が言えたんだよこのクソ野郎が!」

 「あぁ!? 田辺のやらかしと俺が何の関係があるんだよッ!」


 騒ぎの中心で、それまでワナワナと体を震わせていた田辺がいた。田辺は、自分がこれまでに受けた仕打ち――女子トイレの一件で殴られ、罵倒され、警察に突き出されそうになった過去と、今目の前で判明した駿河屋の巨大な不正を頭の中で照らし合わせていた。そして、自分が怒られたことの理不尽さを勝手に噛み締めたらしい。自分自身の横領や不法侵入というミスを完全に棚に上げ、田辺の顔に猛烈な怒りの色が湧き上がってきた。


 「お前……ッ! お前……ッッ!」

 「あ? なんだよ田辺、お前まで――」

 「お前……俺のやらかしが可愛く見えるくらい、ヤバいことしてたんじゃねえかよおおおッッ!!」


 叫ぶと同時に、田辺はなりふり構わず駿河屋へ飛びかかった。


 右拳を振りかぶり、勢い任せに振り抜く。


 ガツンッ!


 鈍い音が執務室に響いた。いきなり殴られた駿河屋は、モロに顎に田辺の拳を受け、脳を揺らされたように激しくよろめいた。


 「痛でえっ……!?」


 駿河屋は口の中を切り、吐き捨てるように血の混ざった唾を吐いた。だが、体格も力も田辺より勝る駿河屋は、瞬時に体勢を立て直すと、目を血走らせて当たり前の反論を叫んだ。


 「いきなり何すんだよクソガキがッ!」


 駿河屋のカウンターの右ストレートが、田辺の鼻を捉えた。


 バカッ!


 「ぶへっ!?」


 田辺は派手に尻餅をつき、鼻を押さえて転がった。しかし、それが戦いのゴングとなった。


 「痛ぇえええ! 許さねえぞ駿河屋ああ!」


 尻餅をついた田辺が立ち上がり、獣のような声を上げて再び駿河屋に飛びかかる。駿河屋も迎撃するように拳を振り上げ、二人は取っ組み合いの殴り合い、蹴り合いの凄惨な喧嘩へ突入した。ドカッ、バキッという生々しい打撃音が交互に響き渡る。


 「ダメだ二人とも! 落ち着いてくれっ!」


 柊が焦燥感を露わにし、大暴れする二人の間に割って入ろうと駆け出した。だが、その柊の体を、横から伸びてきた手がガッチリと押さえつけた。雪森と佐川だ。二人掛かりで柊の腕を取り、羽交い締めにして制止する。


 「放してくれ二人とも! 止めないと大怪我をしてしまう!」

 「行く要素ねえって柊! 今あいつらを止める必要なんかない!」


 雪森が吐き捨てるように言い、佐川も首を振る。


 「そうだぞ柊、裏切り者が自滅してんだ、ほっとけばいいんだよ!」


24-3


 執務室のドアが再び開き、山彦と飯田が戻ってきた。二人は室内で繰り広げられている怒号と殴り合いの光景を目にし、呆気にとられたように足を止めた。


 「おいおいおい……お前ら一体何やってんだよ! 昼間っから熱いねぇ!」


 状況を何も知らない山彦が、いつもの調子の良さでニヤニヤしながら声を張り上げた。


 「うおっ、田辺の右が入った! いいの入ったな! 駿河屋、顔が曲がってんぞ!」


 軽薄な声を上げ、まるで格闘技の観戦でもしているかのように手を叩いて喧嘩を煽り始める山彦。だが、隣にいた飯田は違った。二人が交わしている打撃の重さと、周りを取り囲む同僚たちのあまりにも殺伐とした空気から、これがただの口論や戯れではないことを瞬時に察知した。飯田は顔を強ばらせ、近くに立っていた志葉の声をかけた。


 「おい志葉……何があったんだよ? なんで駿河屋と田辺がマジでやり合ってんだ?」


 志葉に尋ねている間も、山彦は一人で場違いな実況を続けていた。


 「さあ駿河屋選手、押し返せるか!? おーっと田辺の泥臭いタックルだ! これは泥試合の予感が――」

 「山彦くん。……茶化しすぎだよ」


 冷ややかな声が、山彦の言葉を遮った。世良だった。世良は静かに眼鏡の位置を直しながら、氷のような視線を山彦に向けた。その圧倒的な圧迫感に、山彦は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、バツの悪そうな態度で肩をすくめると、一気にそのおちゃらけた勢いを引っ込めた。

 飯田に問いかけられた志葉は、腕を組み、不快感を隠そうともせずに語り始めた。志葉の話は、先ほど柊から世良へ語られた内容を、大幅に脚色したものだった。彼女自身の強い主観と思い込みがふんだんに盛り込まれ、疑惑段階であったはずの書類の存在が、完全に事実として歪められていく。


 「要するにね、あの駿河屋が裏で治牧市と通じてて、私たちの澪標市の資産を勝手に全部売り飛ばしてたのよ。市バスも、電車も、土地も! それどころか、私たちが今こんな地獄の仕事をさせられて、給料まで凍結された原因の5000億円……あれを作ったのも全部駿河屋! あいつがこの澪標を破滅させた元凶で、完璧な『戦犯』だったってわけ!」


 志葉は、未確定の推測を「確定した事実」として扱い、滔々と説明した。最初こそ「へー、そんなことがあったんだ」と飄々とした態度で聞いていた飯田と山彦だったが、志葉の話が進むにつれて、みるみるうちに顔から血の気が引いていった。青ざめた顔で互いを見合わせる。今なお雪森と佐川にガッチリと押さえつけられている柊の必死な姿。世良の底知れない冷酷さを孕んだ剣幕。周りの女子たちが駿河屋に向ける、刺すような鋭い敵意の視線。そして何より、目の前でもみくちゃになりながら、互いの顔面を潰さんばかりに殴り合いを続ける田辺と駿河屋の、異質な殺伐さ。二人はようやく理解した。自分がどれほど空気の読めない、場違いなおちゃらけをしていたのかを。それと同時に、志葉から吹き込まれた「事実」が頭に染み込み、自分たちを追い詰めた元凶に対する煮えたぎるような怒りが、湧き上がってきた。


 「……マジかよ……駿河屋、お前……ッ!」


 飯田の目が怒りで赤く染まっていく。一方、田辺と揉み合いながら、必死に志葉の声を聞き取っていた駿河屋は、顔を腫らせながら叫んだ。


 「知らねえよ! そんな書類、俺は知らねえっつってんだろ!!」

 「嘘つくんじゃねえよッ!」


 反論しようとした駿河屋の口の中に、田辺の情け容赦ない拳が叩き込まれた。駿河屋はゴホッと咳き込み、それ以上言葉を続けるどころではなくなる。デスクの方から、曽根崎が苛立ったように顎をかきながら怒号を上げた。


 「しらばっくれるなよ駿河屋! 証拠は上がってんだよ!」


 志葉も冷ややかに追撃する。


 「そうよ、しらを切るつもりだとしてもそうはいかないんだから。動かぬ証拠があるのよ!」


 すると、普段から駿河屋にフラストレーションを溜めていた酒井や下北沢といった女子たちからも、疑心暗鬼の声が広がり始めた。


 「言われてみれば……駿河屋くんって、いつも途中で仕事サボってどっか行ってたよね?」

 「そうそう! 陰で悪いことやってたからじゃないの?」

 「今こうやって暴れてるのも、追求から逃れるためのカモフラージュなんじゃないの!?」

 「知らねえ! 俺は本当に何も知らねえんだよッ!」


 駿河屋は田辺の髪を掴み引き剥がそうと暴れながら絶叫したが、周囲の不信感はすでに歯止めが効かないレベルに達していた。飯田が、呆れたように吐き捨てた。


 「いやいや……こんだけ名前入りの証拠が出てきて、言い逃れできるわけねえだろ……?」


 山彦も、先ほどの気まずさを払拭するように、調子よく囃し立てた。


 「本当だよな! お前、名前は『駿河屋』だけど、やってることは悪代官と結託した『越後屋』じゃねーか!」

 「ふっざっけんなあああッ! さっきから言いたい放題言いやがってえええッ!」


 越後屋呼ばわりされた駿河屋が、怒りのあまり獣のような雄叫びを上げた。しかし、その顔面に田辺が容赦なく頭突きを食らわせる。


 「それはこっちのセリフなんだよクソがッ!」


 二人の醜い殴り合いは一向に終わる気配がない。見かねた寒川が、腕を組んで不満そうに言った。


 「山彦くん、ふざけてないで駿河屋くんを取り押さえなさいよ! 男子でしょ!」

 「ええっ!? いやいや、流石に無茶だって! あいつら完全にリミッター外れてんだぞ!? 俺は今肩が故障してるから普段の半分の力も出ないんだよ」


 山彦がぶんぶんと手を振って拒否すると、飯田も保身と恐怖を隠さずに同調した。


 「そうだぞ! 俺たちが駿河屋を押さえつけられるかよ! 田辺みたいに後先考えられないバカならまだしも、あんな体格良い奴に殴りかかれるわけねーだろ!」


 完全な身体的恐怖による拒絶だった。これに対し、女子グループから一斉にブーイングが飛ぶ。


 「なによそれ! 情けない!」

 「男子のくせに頼りなさすぎる!」

 「自分たちの問題でしょ! さっさと止めなさいよ!」


 罵声を浴びせられた飯田が、ついに逆ギレした。


 「他人事だからって言いたい放題言ってんじゃねえよ! 殴られたら痛いんだよッ!」


 山彦も変なスイッチが入ったのか、謎の捨て台詞を吐いた。


 「そうだそうだ! 情けなくてけっこーこけこっこーだよッ! 別にあの2人が喧嘩したところで迷惑なんてねーんだし勝手にやらせときゃよくね!?」

 「はあ!? 意味分かんないんだけど!」


 喧嘩をしている二人とは別の場所で、飯田・山彦と女子グループによる醜い言い争いが新たに勃発し始めた。執務室の混乱は増すばかりだ。


 「離せ! 離してくれ二人とも! 早く止めないと大変なことになる!」


 拘束されている柊が、必死に身をよじって雪森と佐川の手から逃れようとする。しかし、二人はがっしりと腕を掴んで離さない。雪森が叫ぶ。


 「今行ったって、お前が巻き込まれて殴られておしまいだろ! 落ち着け柊!」


 佐川も強く腕を引く。


 「そうだぞ! 二人から『邪魔すんな』ってブチギレられてリンチにされて、お前が動けなくなってから喧嘩再開するだけだぞアイツらは! 行くだけ無駄だ!」


24-4


 そこへ、外での食事を終えた日向坂が執務室へ戻ってきた。ドアを開けるなり、繰り広げられている惨状を見て目を見開く。


 「お前たち……一体何やってんだよ!?」


 日向坂の大声が響いたが、誰一人としてその声に応える者はいなかった。床でもみくちゃになって殴り合う田辺と駿河屋。それを押さえつける雪森、佐川と、暴れる柊。ヒステリックに言い争う飯田、山彦と女子たち。冷ややかな目で見下ろす世良と、書類を握りしめるオレ。まさに地獄絵図だった。日向坂は瞬時に悟ったらしい。この状況で誰に何を聞いても、碌な返答が返ってこないと。彼は素早く判断すると、鞄を床に放り投げ、一番危険な大暴れをしている田辺と駿河屋の間に直接割って入ろうと駆け出した。


 「やめろお前ら! 離れろッ!」


 日向坂は必死の形相で二人の間に体を割り込ませ、引き剥がそうと腕をねじ込む。しかし、完全にアドレナリンが出まくっている田辺と駿河屋の暴走は止まらない。日向坂の体をくぐり抜けるようにして、拳や足が交錯し、互いの顔面や腹を捕捉し合う。


 「退いてろ日向坂! こいつをぶち殺すまではやめねえ!」

 「殺されるのはお前だ駿河屋ぁあ!」


 顔を真っ赤にし、口汚く罵り合いながら拳を振るう二人。間に入った日向坂は、二人からあちこち殴られながらも「くそっ、話を聞け!」と必死にしがみついている。その光景を遠巻きに見ていた南野と湯井が、パニックを起こしてあわあわと手を震わせていた。二人は近くに立っていたオレの元へ駆け寄ってくる。


 「ど、どうしよう桜律くん! どうしよう!?」

 「何かできることはないでしょうか……!? このままじゃ二人とも大怪我してしまいます……!」


 南野が泣きそうな顔でオレの袖を引っ張ってきた。オレは冷めた瞳で、もみくちゃになっている惨状を一瞥し、静かに首を振った。


 「いや……あれは無理だな。オレたちでどうにかできる状況じゃない」


 半ば諦めを含んだオレの客観的な返答に、南野と湯井はさらにパニックを深めた。


 「ど、どどどうしよう! そんな冷たいこと言わないでよぉ!」

 「ほ、他の課の人を呼んできたほうがいいのでしょうかっ!?」


24-5


 その時、昼食を終えたらしい国宮と、数人の女子職員が執務室へ戻ってきた。ドアを開けるなり、充満する熱気と怒号に国宮は目を丸くした。


 「え、なに!? 喧嘩!?……一体何があったの!?」


 国宮が中央にいた世良に駆け寄って尋ねる。世良は淡々と、しかし簡潔にことの顛末――駿河屋の名義で多額の公的資産売却と負債契約が結ばれていた書類が見つかり、それによって喧嘩が勃発したことを伝えた。話を聞いた女子の一部は、呆れたようにため息をついた。


 「はぁ……駿河屋くんがまた問題起こしたの?」

 「怒りっていうか……なんか『またか』って感じね」


 入ってきた国宮たちの存在に気づいた志葉が、すぐさま加勢を申請するように声を張り上げた。


 「国宮ちゃん! ちょうどいいところに来てくれたわ! この二人の喧嘩を止めるように飯田たちに言ってるのに、ふざけてばっかりで全然役に立たないのよ!」


 志葉に指標された飯田と山彦は、国宮がこちらを見た瞬間、態度を激変させた。


 「いやぁ〜? 志葉、それは誤解だって!」


 飯田は鼻の下を伸ばしながら、急に爽やかな格闘技経験者のような顔を作り出した。


 「ほら、男と男が本気でぶつかり合ってる喧嘩に、安易に外野が水を差すのはよくないかなーって? 男の美学的なさぁ?」

 「そうそう! 俺たちは見守ってたんだよ! 決してビビってたわけじゃないよ!?」


 山彦も同調する。志葉が眉をひそめて告発した。


 「ちょっと! さっきまで『怖いから嫌だ』って言ってたじゃない! 嘘つかないでよ!」

 「わあああッ! 志葉静かに! 違くねえから!」


 飯田が焦って大声を上げて遮り、山彦も額に冷や汗を流しながら国宮に言い訳をした。


 「マジでなんでもないからさ! 国宮ちゃんは心配しなくていいよ! ほんとマジで」


 しかし、国宮はそんな二人の言い訳を聞き流すと、まっすぐに飯田の元へ歩み寄り、その両手を優しく包み込むように握りしめた。


 「飯田くん……。お願い……二人を止めてあげて?」


 上目遣いで真剣に訴えかける国宮。その瞬間、飯田の体がピキッと硬直した。山彦が不審そうに、飯田の顔を覗き込む。


 「な、なあ。なんだ? ……おい、飯田?」


 次の瞬間、飯田は鼻の下を極限まで伸ばし、血圧が跳ね上がったような真っ赤な顔で絶叫した。


 「山彦ぉおおおッ! 止めに入るぞおおおおおおッッ!!」


 手のひらを反転させた圧倒的な現金さで、飯田は喧嘩の渦中へ突進を開始した。


 「クソっ! なんで俺まで巻き込まれてんだよおおッ!」


 山彦は毒づきながらも、飯田の後を追いかけて走った。二人は大暴れする駿河屋の背後に飛びつき、両腕を抱え込んで強引に押さえつけた。日向坂も泥まみれになりながら田辺の胴体を抱え込む。


 「離せ飯田ぁあッ!」

 「暴れるな駿河屋! 国宮ちゃんが見てんだよッ!」


 それでも田辺と駿河屋の火事場泥棒的な力は凄まじく、三人がかりでも抑えきれずに大暴れを続けている。その惨状を見た雪森が、隣の佐川に言った。


 「佐川、あっちがヤバい! 柊を離すぞ!」

 「お、おう。そうだな……」


 二人は柊の拘束を解除した。自由になった柊は即座に駿河屋の胸元へ飛び込み、その動きを封じにかかる。雪森と佐川は、暴れる田辺の方へ加勢し、その両足を押しつぶすように倒れ込んだ。


 「くそっ! なんかこいつらの体力を奪う魔法とかないのかよッ!」


 田辺の腕を押さえつけながら、佐川が理不尽な愚痴をこぼした。


 「そんなもんあるわけねえだろ! 黙って押さえろ!」


 雪森が叫び返した、その時だった。


 「がうっ!」

 「ぎゃあああああああッッ!?」


 執務室に、本日二度目の凄絶な絶叫が響き渡った。今度の主は佐川だった。取り押さえられていた田辺が、なりふり構わず近くにあった佐川の手にガブリと噛み付いたのだ。


 「痛ぇえええ! お前噛み付くとかどんな教育されてんだよッ! 俺の柔い手に歯形が残ったらどうすんだバカヤローッ!」


 佐川は涙目で絶叫すると、完全にキレて、押さえつけた状態のまま田辺の脇腹へ強烈な肘打ちを叩き込み始めた。


 「痛ぇッ! 痛ぇよ佐川アアッ!」

 「黙れ噛み付き亀がッ!」


24-6


 収まるどころか、加勢に入った人間まで巻き込んで泥沼化していく地獄絵図。そこへ、息を切らした工藤が廊下からやってきた。


 「一体……なんの騒ぎなの!?」


 工藤は扉の近くに立っていたオレに気づき、鋭い視線を向けて尋ねてきた。オレは端的にありのままの事実を語った。


 「シュレッダーから駿河屋名義の大量の不正契約書が出てきた。それを見た田辺と駿河屋が喧嘩を始めて、今全員で揉み合ってる」


 オレの淡々とした説明を聞いた工藤は、信じられないものを見る目で俺を睨みつけた。


 「……なんで止めないのよ」

 「オレが入ってもどうにもならないだろ……」

 「相変わらずの日和見姿勢ね。傍観者でいることに何の生産性もないわ!」


 工藤は俺の事体静観態度を極限まで酷評すると、スカートの裾を翻して一直線に渦中へ向かって歩き出した。その工藤の後ろから、廊下で話を一緒に聞いていた真智と霞がついてくる。


 「そんなことになってたんですか!?」

 「なんて野蛮な……!」


 真智が拳を握りしめ、凛とした声で言った。


 「では、止めなくてはなりませんね!」


 真智は工藤に続いて勇ましく突き進んでいく。その様子を、壁際で自分の顎をガリガリとかきながら見ていた曽根崎が、呆れたように呟いた。


 「おいおい……女子お二人さんはどんだけ勇敢なんだよ……」


 曽根崎は自分から止める気は一切ないらしく、オレと同様に遠巻きに眺める姿勢を崩さない。一方、離れた場所で見ていた南野が、加勢に向かおうとする真智に向かって焦った声を上げた。


 「慶花ちゃん! 危ないよ! 行っちゃダメ!」


 南野の声に、真智は一度足を止め、振り返った。そして、自分の力こぶを作るようなポーズを決めると、南野に向かってバチッとウインクしてみせた。真智はスタスタと暴れている二人の男と、それを取り押さえる六人の男たちがもみ合っているカオスの中へ、迷いなく飛び込んでいった。


 「やめなさい!!」


 工藤が凛とした絶叫で二人の間に割り込もうとした。しかし、アドレナリンで完全に正気を失っている田辺と駿河屋は、工藤の顔を見るなり凶暴な目つきで睨み返した。


 「うるせえ指図すんじゃねえッ!」

 「女だからって容赦しねえぞこのヤローッ!」


 暴走した二人は、なんと柊、雪森、佐川、日向坂、飯田、山彦の六人がかりの拘束を、強靭な火事場力で強引に振り払った。そして、制止しようと近づいてきた工藤と真智に向かって、拳を振り上げて突進した。


 「――救いようがないわね」


 工藤の冷ややかな声が響いた。突進してきた田辺に対し、工藤は一歩踏み込むと、相手の懐へ滑り込み、完璧な軸で『大外刈』を繰り出した。


 ドガァンッ!


 「ぶふぁっ!?」


 田辺の体が宙を舞い、執務室のリノリウムの床へ背中から叩きつけられた。ほぼ同時に、真智も動いた。駿河屋が振り下ろしてきた大振りの右フックを間一髪でかわすと、その勢いと腕をそのまま利用し、綺麗な体さばきで『背負い投げ』を打ち込んだ。


 ドッスーンッ!


 「ぐはっ……!?」


 駿河屋の巨体が豪快に床へ叩きつけられ、激しい衝撃音が室内に響き渡った。内部に相当な衝撃がいったようで、畳み込まれた二人は床に転がったまま、「ウグッ……」「あがっ……」と苦しげな呻き声を上げ、ピクピクと痙攣して動かなくなった。一瞬で静まり返る執務室。あまりの光景に、周囲の女子たちは手を口元に当てて絶句していた。男子たちは引きつった顔で工藤と真智を見つめ、「おっかなすぎだろ……」「あいつら人間かよ……」と異様な恐怖の視線を向けている。工藤は静かに息を整えると、スーツの裾を払い、手でシワを伸ばした。そして、床で悶絶している二人を一瞥すると、冷徹極まりない視線を執務室全体へと投げかけた。

 

 「――さて。一体何があったのか、説明してもらうわよ」

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