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第19話 田辺電治郎を追って3

19-1


 世良くんを不始末の処理とPC解析のために執務室へ残し、私たちはそれぞれの手分けに従って廊下へと足を踏み出した。寒川さんは「自分の言ったことが正しいって証明してやるんだから!」と息巻き、公用車のある地下駐車場へ確認に向かうつもりなのか、一人でエレベーターに乗り込んで階下へと降りていった。あの気まぐれな言動には閉口するばかりだが、勝手に動いてくれる分にはこちらの邪魔にならないだけマシと言えた。

 廊下に残った柊くんに、どこを捜索するつもりなのか尋ねてみる。


 「柊くん。あなたはどこをあたるつもりなの?」

 「僕かい? 僕はこの階から順番に、職員さんに話を聞いて回ろうと思っているよ」


 彼の言葉に、私は思わず眉をひそめた。


 「職員さんに? でも、他の課の職員なら、既に先に飛び出していった捜索班の面々が聞き込みをしているんじゃないかしら。二度手間になるだけでは?」

 「ああ、同期の皆が聞きに行っているのは各課のデスクで仕事をしている事務職員さんたちだよね? 僕はね、警備員さんや清掃員さん、それにカフェテリアの調理員さんたちに話を聞いてみようと思うんだ。そういう現場で動いている人たちの方が、意外と人の出入りや不審な動きに気づいているかもしれないからね」


 なるほど、一理ある。柊くんならではの細やかな着眼点と言えた。先ほど同期たちに「迷惑をかけるな」と釘を刺していた手前、彼自身も丁寧に対応するだろうから、任せても安心できる。


 「分かったわ。そちらは任せるわね」

 「うん、よろしくね。工藤さん、国宮さんも気を付けて」


 柊くんを送り出し、廊下に残されたのは私と国宮さん、そして私たちの足元に佇むサバキネコだけだった。


 「さて……国宮さん。私たちも動きましょう」  

 「うん! まずはどこから探そうか、工藤さん?」


 国宮さんは私の顔を見つめ、それから足元のサバキネコに視線を落とした。彼女はおもむろに屈み込み、サバキネコに向かって優しく話しかけた。


 「サバキネコちゃん、お願いがあるんだけど……会議室の鍵を貸してもらえないかな? 人が隠れられそうな鍵の閉まっている部屋を順番に見てまわりたいの」


 国宮さんのその提案を聞いて、私はすぐに「待ちなさい」と手を挙げて制した。


 「工藤さん……?」

 「国宮さん、甘いわ。会議室の鍵を一つずつ借りて回るなんて、どれだけ時間があっても足りないわよ。……サバキネコ。あなた、この庁舎内の全施錠を管理できる『マスターキー』、あるいはそれに準ずるアクセス権限を持っているでしょう。それを貸し出しなさい」


 私の要求に、国宮さんは「えっ、マスターキー!?」と目を丸くして困惑した。サバキネコも髭をぴくぴくと揺らし、困ったように耳を伏せた。


 『それは困りましたねぇ、工藤さん。マスターキーの安易な貸与はセキュリティ規程違反になります。ワタシの権限でも、外部の人間……ましてやあなた方に直接渡すことはできかねますね』


 にべもない拒否。しかし、ここで引き下がる私ではない。


 「……借りられないというのなら、話は簡単よ。なら、あなたが私たちについてきなさい」

 「ええっ!? 連れて行くの!?」

 「そうよ。あなたがその場で鍵を開ければ、権限の譲渡には当たらないでしょう? ほら、行くわよ」


 私は迷うことなく手を伸ばし、サバキネコの首元……首輪状になっている機械パーツをしっかりと掴み上げた。


 『みゃあぁぁぁっ!? な、なにをするんですか! 首根っこを掴むのはおやめなさい! ワタシは精密機器ですよ! 暴行罪で訴えますよ!?』


 前足をバタバタと暴れさせるサバキネコだったが、私は一切の容赦なくそのまま小脇に抱え込んだ。私の強引すぎる態度に、国宮さんは「あわわ……サバキネコちゃん、ごめんね……!」とおろおろと手を差し伸べている。


 『……ハァ、全く困った人ですね。分かりました、分かりましたから降ろしてください! 立ち入りを許可できる場所とできない場所はありますが、お二人の『鍵』の代わりを務めましょう。これで満足ですか?』


 サバキネコは不貞腐れたように尻尾をパタパタと振りながら、諦めたようにそう宣言した。


 「最初からそう言えばいいのよ。行きましょう」


19-2


 私たちはサバキネコを連れ立ち、各階の会議室を順番に当たっていった。「開けなさい」と私が指示を出すたび、サバキネコは『はいはい、解除しますよ……』と不服そうに呟きながら、体内の認証装置で会議室の電子ロックをカチリと解除する。

 ドアを開け、国宮さんと二人で室内を隈なく調べる。長机の下、ホワイトボードの陰、プロジェクターの収納ラックの中まで目を通したが、どこにも田辺くんの姿も、彼がいた痕跡すらなかった。


 「ここにもいないね……」

 「ええ。次に行くわよ」


 次々と会議室を潰していったが、一向に手応えがない。庁舎内を一巡し、残された「鍵のかかった部屋」は、首長室や特別応接室といった、行政の中枢に関わる重要区画ばかりになっていた。


 「サバキネコ。次はあそこ……首長室と応接室を開けなさい」


 私が指をさすと、サバキネコは即座に両前足をバツの形に交差させた。


 『さすがにそれは出来かねますね! いくら田辺くんの捜索とはいえ、首長室や特別応接室への無断立ち入りは完全にアウトです。第一、省電力対策のために庁舎内の多くの監視カメラが停止しているとはいえ、今挙げられたような最重要防犯区域のカメラは現在も24時間フル稼働しています。ワタシのデータシステムで確認した範囲でも、それらの部屋に田辺くんの姿は映っていませんよ』


 サバキネコは呆れたようにそう言って、画面に監視システムのアクセスログを出力してみせた。不自然な侵入検知や反応は一切ない。


 「……チッ。分かったわ、そこは引き下がるわ」

 『やれやれ、まったく猫使いが荒い人ですねぇ。ワタシは労働基準法の適用外だからと言って無茶を言わないでいただきたい』


 サバキネコがやれやれと首を振って愚痴をこぼす。その横で、国宮さんが腕を組んでうーんと唸っていた。


 「うーん……鍵がついてて、普段人が入れなくて、まだ調べてない場所……。あ! 工藤さん、地下にあるバックヤードと、7階にある『災害対策本部室』はどうかな?」

 「災害対策本部室……? 普段は使われていない部屋ね。サバキネコ、そこへ案内しなさい」


 サバキネコは『ハァ……』と溜め息をつきつつも、前脚を動かして先導し始めた。

 エレベーターで7階に上がり、重厚な扉の前に立つ。災害対策本部室――有事の際にのみ使用されるその部屋は、重々しい雰囲気を漂わせていた。サバキネコがロックを解除し、ドアを押し開ける。

 室内に足を踏み入れると、壁一面に配置された大型モニターや、壁際に並ぶ小型の監視モニター群、そして整然と並べられた多数のデスクと椅子が目に飛び込んできた。ひんやりとした空気が満ちており、人の気配は全く感じられない。


 「田辺くーん! いないのー?」


 国宮さんが声を張り上げたが、返ってくるのは静寂だけだった。私たちは二手に分かれ、オペレーションデスクの陰や機材の搬入スペース、配線ピットの蓋まで一通り確認して回った。


 「……ダメね。ここにも手がかりらしきものは何もないわ」


 私は息を吐き、部屋を出るために扉へと向かった。国宮さんとサバキネコも後に続く。全員が廊下に出たところで、私はふと違和感を覚えて足を止めた。

 サバキネコが、今出てきたばかりの災害対策本部室の扉を締め切り、ロックをかけずにそのまま歩き出そうとしていたからだ。


 「……ちょっと待ちなさい、サバキネコ」

 『なんです? 工藤さん』

 「なぜ鍵を閉めないの? 災害対策本部室は重要施設でしょう。開きっぱなしにするなんて不用心極まりないわ」


 私の指摘に、サバキネコは目を丸くしてから、バツの悪そうな顔をした。


 『ああ……それですか。詳しい内部事情まではワタシも関知していませんが、最近上がってきた設備報告書によるとですね……去年、駿河屋くんがうっかりこの扉の鍵を壊してしまったのですよ』

 「駿河屋くんが!?」


 国宮さんが驚きの声をあげる。あの乱暴な男ならやりかねない。


 『ええ。それで修理の手配を依頼していたのですが……例の庁舎全体の『予算大幅削減』に伴い、修理依頼が取り消されてしまいましてね。結果として、鍵が壊れたまま開きっぱなしで放置されているというわけです』

 「なっ……! とんでもなく不用心じゃない! 行政の危機管理意識はどうなっているの!?」


 私が怒りを露わにすると、サバキネコは宥めるように前脚を振った。


 『まあまあ。この事実を知っている人は庁舎内でもごく一部ですし、普段は誰も近づかないフロアですから、特に問題は起きていませんよ』

 「問題が起きていないから良いという話ではないわ! 誰でも侵入できる状態になっているなんて、防犯上致命的よ。……まったく、早いところなんとかしなきゃならないわね。後で報告書を上げてやるわ」


 呆れ果てた私は頭を振ると、次の目的地へと頭を切り替えた。


 「次は地下のバックヤードよ。案内しなさい」


19-3


 エレベーターで地下へと降り、立ち入り制限区域の扉をサバキネコに解錠させてバックヤードへと進む。薄暗く、独特の機械音と埃っぽい匂いが漂う通路が伸びていた。


 「ここがバックヤード……なんだか迷路みたいだね」


 国宮さんが少し心細そうに周囲を見回す。サバキネコがトコトコと先頭を歩きながら説明を入れた。


 『ここから先は重要設備が集中しています。機械室、電気室、ボイラー室などがありますが……これらに関してはワタシの権限でも立ち入りを許可できません。高圧電流や危険物がありますからね。田辺くんが誤って入っていればアラームが鳴りますが、それもありません』

 「……分かったわ。立ち入り可能な部屋だけに絞りましょう」


 サバキネコが案内できたのは、職員用の宿直室と、備品が雑多に置かれたパントリーだけだった。

 宿直室のベッドの下、押し入れの中、パントリーの用具入れや、大型のゴミ箱の裏まで……人が隠れられそうなあらゆるスペースを調べ上げたが、やはり田辺くんの影すら見つからない。


 「ここにもいないかぁ……。田辺くん、一体どこに行っちゃったんだろう」


 国宮さんが肩を落とす。私も腕を組み、思考を巡らせた。朝5時に来て、仕事を放置して消える……どこかに閉じ込められているとするなら、このバックヤードの鍵のかかった部屋かと思ったが、反応はない。

 その時、パントリーの壁際で周囲を見回していたサバキネコが、ぽつりと呟いた。


 『……おや。今日でしたか』

 「……何のことかしら?」


 私が問いただすと、サバキネコはパントリーの壁に貼られた1枚の掲示物を顎で指し示した。そこには清掃シフト表と、その横に手書きで書き加えられた注記があった。


 『ダメになった防災備蓄品を廃棄する日ですよ。ほら、シフト表の横を見てください』


 言われた通りに目を凝らすと、そこには【廃棄物処理日:カフェテリア調理室裏 食料廃棄区分に運搬予定】と太字で書かれていた。


 「防災備蓄の廃棄……?」

 「ねえ、工藤さん。これ、念のために写真を撮っておいてもいいかな? 後で何か役に立つかもしれないし……」


 国宮さんがスマートフォンを取り出しながら尋ねた。サバキネコは一瞬『うーん』と渋るような顔を見せた。


 『本来は内部資料の撮影は禁止ですが……まあ、捜索に必要な情報ということで、後で必ず削除してくれるのなら構いませんよ』

 「本当!? ありがとう、サバキネコちゃん!」


 嬉しそうにスマホを構えて画面をタップする国宮さん。私はその様子を冷ややかな目で見つめながら、溜め息をついた。


 「……まったく。そんな記録、1階の情報公開窓口や総務のデータ照会に行けばいくらでも確認できるでしょうに。わざわざ撮影するほどのものかしら」

 「あはは……でも、手元にあった方がすぐ確認できるからさ!」


 国宮さんは苦笑いしながらスマホをポケットに収めた。私もそれを無理に止めることはせず、彼女の撮影が終わるのを待ってからパントリーを後にした。


19-4


 バックヤードを出て、エレベーターで1階へと上がってきた私たち。広々とした1階ロビーの通路を歩いていると、前方に一人で歩く人物の背中が見えた。桜律くんだ。彼は迷いのない足取りで、非常階段へと向かう重い扉へ手をかけようとしていた。


 「ちょっと、桜律くん」


 私が呼びかけると、桜律くんは足を止め、無表情に振り返った。


 「工藤か。国宮と……サバキネコも一緒か」

 「ええ。あなた、こんなところで何をしているの? 非常階段に何か用でもあるわけ?」


 不審に思って尋ねると、桜律くんは淡々とした口調で短く答えた。


 「佐川を起こしに行く」

 「……は?」


 あまりにも脈絡のない言葉に、私は一瞬意味が理解できず、聞き返した。


 「佐川くんを起こしに行く……? ってどういうことかしら? ちゃんと説明しなさい」

 「佐川は田辺の捜索もせず、非常階段で昼寝をしている。伏里から聞いた。だから連れ戻しに行く」


 桜律くんの簡潔すぎる説明を聞いて、私と国宮さんは顔を見合わせた。捜索の真っ最中に昼寝……? あの男ならやりかねないことだが、あまりの緊張感のなさに頭が痛くなってきた。


 「……あきれたわね。行きましょう、私もその現場を押さえて問い詰めてやるわ」


 私たちは桜律くんに同行し、非常階段の扉を開けて階段を上り始めた。

 コツコツと足音を響かせながら階段を上っていく途中、4階の踊り場に差し掛かった時のことだ。階段の隅に、不自然に置かれたものが目に入った。


 「あら……? これは何かしら」


 近づいて見ると、そこには空になったビスケットの箱や、保存パンのパッケージ、缶詰の空き缶などがビニール袋にまとめられ、口を縛った状態で放置されていた。あきらかに最近誰かが飲食した痕跡だ。

 サバキネコがそれを見下ろし、ニヤリと笑みを浮かべながら呟いた。


 『ふむ……誰かがここで「ぼっち飯」でもしていたようですねぇ』


 その言葉が出た瞬間、私と国宮さん、そしてサバキネコの視線が一斉に桜律くんに集まった。普段から他人と群れず、単独行動を好む彼なら、こういう人目のつかない場所で一人で食事をとっていても不思議ではないからだ。

 無言の圧力を感じ取った桜律くんは、微かに眉をひそめ、不機嫌そうに口を開いた。


 「……オレではない。不名誉な疑惑だ。容疑を否認する」

 「……別に、恥ずかしがる必要はないと思うけれど?」


 私は腕を組み、淡々と告げた。


 「一人で静かに食事をとること自体は個人の自由だし、恥ずべきことではないわ。本当に恥ずべきなのは、食べた後のゴミをこんな公共の場所に放置して去ったという『マナーの欠如』よ」

 「うんうん! 桜律くん、一人でご飯食べるのが好きな人だってたくさんいるし、全然気にしなくていいんだよ?……でも、桜律くんがどうしても言いたくないなら、私、誰にも言わないで黙っておくね!」


 国宮さんが優しく微笑みながら、庇うようにフォローを入れる。しかし、その優しさこそが逆に「桜律くんが犯人である」と決めつけているようなものであった。


 「……だから、オレではないと言っているんだが」


 桜律くんは不服そうに反論しようとしたが、私と国宮さんの「分かっているから」と言いたげな視線を見て、これ以上言っても無駄だと悟ったのか、諦めたように溜め息をついて黙り込んだ。

 やがて、階段を上り続け、最上階に近い11階の踊り場に到達した。そこには――伏里くんの証言通り、自分のスーツを丁寧に丸めて枕にし、無防備な姿で大口を開けて「スー……グー……」といびきをかいて爆睡している佐川くんの姿があった。


 「……本当に寝ているわね」


 私は静かに佐川くんに近づいた。職務放棄、それも全員が必死に田辺くんを探している最中に、このような場所で爆睡するなど言語道断。

 私は深く息を吸い込むと、一切の躊躇なく、腰を落として右拳を振り抜いた。


 ――ドゴッ!!!


 鋭い打撃音が非常階段に響き渡り、私の拳が佐川くんのみぞおち……、みぞおちやや下の腹部に深く突き刺さった。


 「ぐふっっ!?!?!?」


 その場にいた全員――桜律くん、国宮さん、サバキネコまでもが「ヒッ……!?」と息を呑んで驚愕した。


 殴られた佐川くんは、まるでエビのように体をくの字に折り曲げ、白目を剥きかけながら床をのたうち回った。


 「ごふっ……! げほっ、え、なに!? なにが起きたの!? いってぇぇぇぇえ!!!」


 涙目になり、腹を押さえて悶絶しながら跳ね起きる佐川くん。彼は目の前に仁王立ちする私に気づくと、当然のごとく怒号を上げた。


 「く、工藤お前ええええっ!? 何すんだよバカ! 死ぬかと思っただろ!! 暴力反対!!」


 叫ぶ佐川くんに対し、私は痛む拳を軽く振って整えると、冷酷な視線を下ろした。どこ吹く風である。


 「うるさいわね。死にやしないわよ、加減はしてあげたわ。それよりも……あなた、こんなところで何をしているのかしら?」

 「なっ……! お、俺が何してようと関係ないだろ! 嫉妬か!? 俺が気持ちよく寝てたから嫉妬したのか!?」


 佐川くんは恨めしそうに私を睨みつけ、助けを求めるように隣に立つ桜律くんに視線を送った。


 「お、おい桜律! 見たろ今の!? 工藤の暴挙を黙認する気か!? 俺たちは仲間だろ!?」


 佐川くんの必死の視線に対し、桜律くんは静かに目を閉じ、完全に存在を消して無視を決め込んだ。助けが得られないと悟った佐川くんは、しどろもどろになりながら必死に弁明を始めた。


 「あ、いや……これはだな! 捜索の効率化のための一時的な休息であってだな! ほら、急がば回れっていうだろ!? 脳をクリアにしてから探した方が絶対に見つかる確率が――」

 「論理的破綻をしているわね」


 私は佐川くんの言葉を即座に遮り、一歩踏み込んだ。


 「第一に、捜索の開始からまだ1時間も経過していない段階での『休息』は不自然極まりない。第二に、休息をとるにしても非常階段の床という不衛生かつ危険な場所を選ぶ合理的な理由が存在しない。第三に、あなたは『上の階を探してくる』と言って他の同期から離れたそうね? つまり、最初から捜索をする気などなく、隠れてサボる目的でここに来たと結論付けるのが最も妥当よ。反論はあるかしら?」


 マシンガンのように叩きつけられる私の正論と理詰めに、佐川くんは「あ……う……」と口をぐうの音も出ないほどに塞がれた。

 完全に逃げ場を失い、追い詰められた佐川くんは、真っ赤な顔をして頭を抱えた。


 「……うぅ……分かったよ……! 悪かったよ!! 連日の残業と休日返上の勤務で、もう眠気が最高潮だったんだよ!! たまたま静かな非常階段を見つけたら、体が勝手に……! 今回くらい目をつぶってくれたっていいだろ!?」


 恥ずかしそうに本音を吐き散らす佐川くんに、私は心底呆れたように溜め息をついた。


 「……ハァ。情けないわね」

 「ま、まあまあ工藤さん……! 佐川くんも相当疲れてたみたいだし……無事? 起きてくれたから良かったじゃない!」


 国宮さんが慌てて仲裁に入り、佐川くんの背中をポンポンと叩いてフォローする。桜律くんは相変わらず無言で佇んでいるだけだ。

 すると、サバキネコがトコトコと佐川くんの足元へ寄り、ニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。


 『よかったですねぇ、佐川くん。給与支給が凍結されていて。本当なら勤務態度不良で数ヶ月間の減給処分決定の案件ですよ?』

 「うぐっ……! ネコまで俺を煽るのかよ……!」


 佐川くんは泣きそうな顔で腹を押さえ、トボトボと立ち上がった。


19-5


 佐川くんを回収し、特総課の執務室へと戻る道中。私は並んで歩く桜律くんに声をかけ、ここまでの探索で得た情報の交換を行うことにした。


 「桜律くん。執務室に戻る前に、お互いが集めた情報を整理しておきましょう」

 「ああ、そうだな」


 私はまず、私と国宮さん、そしてサバキネコで見て回った内容を簡潔に伝えた。各階の会議室には田辺くんの姿がなかったこと。首長室などの最重要区域はカメラが生きているため侵入の可能性が低いこと。災害対策本部室の鍵が破断したまま放置されていること。そして地下バックヤードのパントリーで、本日が「ダメになった防災備蓄品の廃棄日」であることを確認したこと――。

 一通り話し終えると、桜律くんが静かに頷き、自身の行動と収集した情報を口にし始めた。


 「オレの方も、特にこれと言った直接的な手かがりはなかった。……最初に1階で飯田、山彦、駿河屋の3人と会った。アイツらはカフェテリアに田辺がいるんじゃないかと騒いでいたが、結局バカバカしくなって執務室に戻っていった」


 「相変わらずの無計画さね……」と私が呆れると、桜律くんは続けて語る。


 「次に3階の都市整備課前で、日向坂と雪森に会った。日向坂は『過去の恨みで都市整備課に監禁されているんじゃないか』と疑って突撃し、案の定職員に激怒されて撃沈していた」

 「……日向坂くんらしいといえばらしいけれど、飛躍しすぎた推測ね」

 「それから4階で、真智、霞、南野、湯井の4人と遭遇した。真智が男子更衣室に突撃しようとして霞に止められていたため、オレが代わりに男子更衣室の中を確認したが、誰もいなかった。……彼女らは男子更衣室を探す前に女子更衣室も捜索していたらしい」

 「……女子更衣室!? 田辺くんがそこに隠れていると思われていたの? ……まあ、あの男の日頃の行いを考えれば、完全に否定できないのが悲しいところだけれど……」

 「最後に地下駐車場で伏里と合流し、二人で公用車の車内を一台ずつ確認して回ったが、不審な点はなかった。その後、寒川がエレベーターで降りてきたが、追い返される形で上に上がり……階段で佐川を探しに向かったところで、お前たちと合流した」


 桜律くんの話を聞き終え、私は思考を巡らせた。全員が散々手を尽くして探しているにもかかわらず、決定的な目撃情報も形跡もない。やはり世良くんの言う通り、普通の逃避行ではない可能性がより濃厚になってくる。

 その時、後ろでまだお腹を押さえながら「痛ぇよ……マジで痛ぇよ……」と佐川くんを慰めていた国宮さんが、スマホの画面を見て声をあげた。


 「あ! 工藤さん、桜律くん! 今、柊くんから一斉通知が来たよ! 『一度全員、特総課の執務室に集まってほしい』って!」

 「柊くんから……? 何か進展があったのかしら」


 私は足を止め、振り返った。


 「行きましょう。世良くんも待っているわ。佐川くん、あなたもさっさと歩きなさい!」

 「わ、分かってるよ! 痛いんだから優しくしろよな!」


 文句を言う佐川くんを引っ張り、私、国宮さん、桜律くん、サバキネコの奇妙な一行は、情報を取りまとめるべく、特総課の執務室へと足早に戻るのだった。



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