第18話 田辺電治郎を追って2
18-1
整然と並ぶ無人のデスクと、そこに放置された大量の書類。執務室に残っているのは、私、柊くん、国宮さん、世良くん、寒川さんの5人と、サバキネコだけだった。行方不明になった田辺くんを捜索するため、残りの34人は手分けして広大な庁舎内へと出ていっている。捜索に先立ち、柊くんと国宮さんが「他の課の職員も仕事中なのだから、絶対に迷惑をかけないように」と何度も念を押して送り出していたが、私は内心で冷ややかに反論していた。
(……あの面々にそんな念押しがどこまで効力を発揮するかしらね。せいぜい他の課から苦情が来ないことを祈るだけだわ)
さらに言えば、私にとってこの場に残った顔ぶれの中に寒川さんが含まれていることが、なんとも言えないやりづらさを醸し出していた。彼女の気まぐれでヒステリックな言動は、論理的な会話を著しく阻害する。
「さて……話を再開させてもらおうか」
世良くんはすでに田辺くんのデスクの椅子に腰を下ろし、ロックが解除されたまま放置されていた田辺くんのPCに向き合っていた。そのままタスクの画面を開き、滞っていた仕事の手順を確認しながら、残ったメンバーに向けて言葉を紡ぐ。
「サバキネコの言葉通り、スマートフォンや上着を置いたまま消えた以上、田辺くんが自発的に遠出をしたとは考えにくい。もし彼がまだこの庁舎内にいるのだとしたら――」
「ねえ、ちょっといい?」
世良くんの言葉を遮るように、寒川さんが腕を組んで口を挟んできた。
「もしかしたらさ、窓から外に逃げ出したんじゃないの? ほら、仕事が嫌になってさ!」
私は心底呆れたように小さく息を吐いた。
「……寒川さん。今は根拠のない推測で口を挟まないでちょうだい。論理的な可能性から順に潰しているところなの。場を乱さないで」
冷静に場を正そうとした私だったが、寒川さんが最初から私の意見に素直に耳を傾けるはずもなかった。むしろ私の静観を促す態度が燃料となり、寒川さんの導火線に火がつく。
「はあ!? なによその言い方! 根拠がないって言うけど、工藤さんは田辺くんがどこにいるか分かるわけ!? 分からないくせにエラそうに言わないでよ!」
「分からないからこそ、状況証拠を集めて整理しているのよ。あなたの感情論に付き合っている時間はないわ」
「感情論じゃないでしょ! 可能性の話をしてるんじゃない! アンタこそ何様のつもりなのよ!」
一瞬で口喧嘩の様相を帯び始め、執務室の空気がピリついた。見かねた国宮さんが慌てて私と寒川さんの間に割って入る。
「ちょっと二人とも、落ち着いて……! 今は喧嘩をしている場合じゃないよ!」
「国宮さんは黙ってて! 工藤さんがいっつも上から目線で言ってくるのが悪いんでしょ!」
国宮さんの仲裁すら全く耳に入らない様子の寒川さんを見て、柊くんが苦笑いを浮かべながら強引に会話の舵を切った。
「まあまあ、二人とも……。でも、寒川さんの言った可能性も、完全に否定できるわけじゃないよね。そういう突飛な行動に出る可能性だってゼロではないわけだし。……よし、じゃあ他の可能性も一緒に検討してみようか」
寒川さんの面目を潰さないように配慮しつつ場を収めた柊くんの対応に、寒川さんは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。私はそれ以上追及せず、姿勢を正した。
「……話を戻すわ。世良くん、さっきの続きを」
世良くんは静かにメガネの位置を直すと、画面に向かったまま思考を再開させた。
「ありがとう、工藤さん。……僕の仮説としては、やはり田辺くんは庁舎内のどこかに隠れている、あるいは閉じ込められている可能性が高いと考えている。そこで皆に聞きたいんだが、人が一人隠れられるような場所に心当たりはないかい?」
国宮さんは腕を組んで首をひねる。
「庁舎内かあ……。人が隠れられる場所なんて、そんなにあったかな……?」
「たとえ隠れられそうな場所があったとしても、普段使われていない部屋なら鍵がかかっているはずだよ」
柊くんが現実的な指摘をする。すると寒川さんが勝ち誇ったように言った。
「だから言ったじゃない! 鍵がかかってるなら入れないでしょ? やっぱり窓から逃げて、昨日から開けておいた公用車の中に今も隠れてるんだってば!」
3人が議論を交わす声を背景に聞きながら、私の思考は別の方向へと移り始めていた。
(……そもそも、なぜ田辺くんは姿を消したのかしら? わざわざ朝早く……朝の5時に出勤しておきながら、仕事を放置して隠れるなんて、どう考えてもおかしいわ。本当に逃げるつもりなら、最初から出勤などしなければいいだけのこと。支離滅裂だわ……)
その時、デスクでキーボードを叩いていた世良くんが、思わず眉間を押さえて深く頭を抱えた。
「……はぁ。これは想像以上にひどいな……」
「世良くん? 大丈夫?」
国宮さんが心配そうに覗き込む。世良くんは疲れ切った溜め息をつきながら言った。
「……田辺くんの担当タスクの進捗状況だよ。手をつけた形跡はあるにはあるんだが……オブラートに包んで表現しても、後から徹底的に指導を入れなければならないレベルで無茶苦茶だ。……まあ、手遅れになる前に今見つけられたのは、怪我の功名と言えるかもしれないけれど」
世良くんは画面から目を離さずに言葉を続ける。
「そして……工藤さん。君が今考えていることも、だいたい予想がつくよ」
私は微かに目を見開いた。世良くんは淡々とした口調で指摘する。
「朝早くに来ておきながら自ら隠れるなんてどうかしている……そう思っていたんだろう?」
「……ええ、その通りよ」
「僕も同感だ。ファイルを更新した痕跡やログイン履歴を見る限り、彼は今朝、確実にここで作業をしていた。つまり、少なくともあらかじめ計画された『夜逃げ』の類ではない。……だからこそ、極めて不自然なんだ」
世良くんは低く落ち着いた声で結論を口にした。
「彼自身の意思で隠れているのではなく……田辺くん自身が、どこかに閉じ込められている可能性が高い」
「え……!?」
その言葉を聞いた瞬間、柊くんの表情が強張った。
「と、閉じ込められている……!? じゃあ、田辺くんは無事なの……!?」
一瞬、焦りで声を上ずらせそうになった柊くんだったが、ぐっと奥歯を噛み締めて衝動を堪えた。ここで自分が取り乱せば、周囲に余計な不安を与えてしまうと理解しているのだ。世良くんの指摘を聞いて、寒川さんが神妙な顔つきで言った。
「……ねえ、今言ったことって、他の人には伏せた方がいいよね? だって『閉じ込められてるかも』なんて他の同期に話したら、絶対パニックになっちゃうもん」
いつになくまともな寒川さんの意見に、私も国宮さんも頷いた。
「そうね。無用な混乱を避けるためにも、この推測は私たちの中だけに留めておくべきだわ」
「うん、僕も同意だよ」
世良くんは姿勢を直し、4人を見回した。
「世良くん。具体的にはどう探せばいいの?」
国宮さんの問いに、世良くんは答えた。
「『鍵が閉まっているから入れない』という先入観は、一度捨てた方がいいかもしれない。誰かが意図的に鍵をかけた可能性もあれば、誤って中から閉じ込められた可能性もある。だから4人には、鍵が閉まっている場所も含めて、庁舎内をもう一度調べてきてほしいんだ」
「分かったわ」
私は短く応じると、世良くんに向かって言った。
「世良くん。田辺くんの代わりに不始末の処理を頼んでしまって悪いわね。ここは任せるわ」
「構わないよ。僕の役割はここで手付かずのタスクを終わらせることだからね」
世良くんの言葉を受け、私、柊くん、国宮さん、寒川さんの4人はそれぞれ役割を持って執務室を後にした。
18-2
庁舎の廊下を歩くオレの視界には、前のめりになって歩いていく同期たちの背中があった。
「マジでアイツどこ行ったんだよ! クソ忙しい時に消えやがって!」
「本当だよ、残された俺たちの身にもなれっての!」
飯田たちが田辺に対する愚痴を大声で言い合いながらゾロゾロと繰り出していくのを、オレは少し後ろから冷めた目で見つめていた。ふと、反対方向の通路へと歩いていく人影が目に入る。佐川だった。
「佐川」
オレが後ろから声をかけると、佐川はビクッと肩を大きく震わせ、大げさに振り返った。その顔はあからさまに動揺している。
「お、おう! 桜律か……! え、えーっと、俺は上の階の方を調べてくるわ!」
どこか挙動不審な足取りで、そそくさと階段の方へ向かっていく佐川。オレは特に追及することもなく、静かにその背中を見送った。
オレが最初に向かったのは、庁舎の1階だった。広々としたエントランスや案内窓口が広がるフロアを歩いていると、吹き抜けの近くで既に捜索を始めていた3人の姿を見つけた。駿河屋、山彦、そして飯田だ。
「たーなーべー! いねえのかー!」
周りの迷惑も考えずに大声で田辺の名前を呼び探している3人に、オレは歩み寄って声をかけた。
「お前たち、ここで何をしてるんだ」
振り返った飯田が、待ってましたとばかりに熱弁を振るい始める。
「おお、桜律! お前も探してんのか? なあ、田辺の奴なら、絶対にカフェテリアにいると思わないか!?」
ドヤ顔で主張する飯田に対し、隣にいた山彦がすぐさま呆れ顔でツッコミを入れた。
「だったらなんでお前はカフェテリアじゃなくて1階のホールに来てんだよ。カフェテリアは3階だろうが」
「あ……いや、エスカレーター降りる途中で思いついたんだよ!」
言い訳する飯田を横目に、駿河屋が腕を組んで不機嫌そうに唸った。
「流石のアイツでも、営業時間外のカフェテリアに侵入して盗み食いはしねーだろ……。……いや、しねえよな? アイツならやりかねねえ気もしてきたぞ……」
本気で心配しているのか疑わしい様子で、駿河屋はオレに同意を求めるように視線を向けてきた。オレは淡々と答える。
「……流石に田辺もそこまでバカじゃないだろう。それに、仮に盗み食いを実行しようとしたとしても、アイツがカフェテリアのセキュリティや解錠を潜り抜けられるとは思えない」
「まあ、そうだよな……」
駿河屋はチッと舌打ちをした。3人はしばらく「アイツは何をやってんだよ」と愚痴をこぼし合っていたが、やがて飯田が面倒くさそうに頭を掻いた。
「あーもう! 探すのバカバカしくなってきた! 仕事が止まってるのも嫌だし、今から執務室に戻って自分の分進めね?」
「それもそうだな。放置してても終わらねえし」
「戻るかー」
勝手すぎる結論を導き出した3人は、そのまま並んでエレベーターに乗り込み、執務室のある9階へと戻っていってしまった。残されたオレは小さく息を吐き、次のフロアへと移動することにした。
18-3
次に向かったのは、都市整備課が入っている3階の一角だった。ここは以前、田辺が身の丈に合わない大型プロジェクトを立ち上げたものの、結局立ち行かなくなって凍結させた経緯がある場所だ。そのため、都市整備課の職員たちからは烈火のごとくキレられ、今でも相当嫌われている。フロアの奥へと進むと、激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
「ふざけるな! うちがそんな真似をするわけがないだろう!」
「落ち着いてください! 僕はただ、何か情報がないかとお伺いしただけで――」
都市整備課のデスク前で、日向坂が職員から激しく怒鳴られていた。日向坂は必死に顔をひきつらせながらも、なんとか会話を試み、田辺についての情報を引き出そうとしている様子だった。日向坂の様子から察するに、彼は「田辺が過去の恨みを買って、都市整備課の連中に半ば嫌がらせに近い形でどこかに監禁されているのではないか」という推測を立てて聞き込みに来たのだろう。しかし、それを察した都市整備課の職員が「俺たちがそんな犯罪紛いのことをするわけないだろ!」とブチギレているわけだ。
ふと横を見ると、いつの間に移動してきたのか、雪森がオレの隣に立ってその光景を眺めていた。雪森はフッと鼻で笑いながら、オレだけに聞こえる声で低く囁く。
「日向坂もアクロバティックな疑念をぶつけるね〜……まあでも田辺なら、アイツらに嫌われすぎて奥の倉庫にでも隠されてても驚かねーよな」
失笑混じりに吐き捨てる雪森。やがて、完全に折れた日向坂が「大変失礼いたしました……ご迷惑をおかけしてすみません……」と何度も頭を下げ、トボトボと都市整備課の執務室から出てきた。
雪森は壁際に置かれた給水機から紙コップに無料の水を汲むと、トボトボと歩いてきた日向坂に差し出した。
「ほらよ。……で、どうだったんだ。何か収穫はあったのか?」
日向坂は紙コップを受け取り、一口飲んでから力なく首を振った。
「……まったく、何もなかったよ……。俺の予想は完全に外れだ……。収穫どころか、『今すぐにでもあのバカを連れてきて謝罪させろ』って正論をぶつけられて怒鳴られてきたところだ……」
完全に肩を落とし、疲弊しきった様子の日向坂を残し、オレは静かにその場を後にした。
18-4
階段を使って4階に登ったオレは、廊下の角を曲がったところで、あまりにも異様な光景に出くわした。
「離してくださよ! 離してくださいってば!!」
「ダメですの! 行っちゃダメですってばー!」
真智慶花が霞絢音によってガッチリと羽交締めにされていた。その横では、南野純恋と湯井このはの2人が、「あわわ……」と手足をバタつかせてあたふたしている。
(……なんだあれは)
関わるとロクなことにならないと直感したオレは、気づかなかったことにして回れ右をし、立ち去ろうとした。しかし、運悪く真智の視界に入ってしまう。
「あ! 桜律く〜ん!」
無邪気な声で名前を呼ばれ、オレはピタリと足を止めた。無視して立ち去ることもできたが、ここで逃げても後で面倒なことになりそうだと判断し、溜め息をついて4人の元へと振り返った。
「……一体何をやってるんだよ、お前たちは」
オレが尋ねると、待ってましたと言わんばかりの勢いで霞が声を荒げた。
「聞いてくださいまし、桜律さん! この人、あろうことか『男子更衣室も確認しなければなりませんね!』なんて言って、男子更衣室に直接突撃しようとしたのですわ! 信じられませんわ!」
霞は顔を真っ赤にして真智の腕を抑え込んでいる。当の真智はというと、悪びれもせずにあっけらかんと答えた。
「そ〜ですか? でも、女子更衣室をくまなく調べたのですから、男子更衣室も同じように調べるのが普通ではないですか?」
「普通なわけないですの! あなたは正気ですか!?」
怒号を飛ばす霞の横で、南野がテンパりながら頭を抱えていた。
「ど、どうしよう……! ぼ、ボクが中を探してくるから! みんなは外で見張りを――!」
「はいっ! 純恋さんが探している間、誰かが来ないか私がしっかり見張っておきますからねっ!」
湯井も完全にテンパっており、二人の会話は全く噛み合っていない。ボケ倒す3人と、それに必死で突っ込む霞。オレは、一人でこのカオスを抑え込もうとしている霞が猛烈に不憫に思えてきた。
「……いや。オレが中を見てくれば良くないか?」
オレが当然の代替案を提示すると、真智はポンと手を叩いた。
「まあ! それは妙案ですね! それでは桜律くん、お任せします!」
あっさりと引き下がる真智。霞は「最初からそう言いなさいな……」と呆然と脱力し、南野と湯井の2人は自分の発言の恥ずかしさに気づいたのか、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
オレは赤面した2人には触れず、男子更衣室のドアを開けて中に入った。室内は電気が消えており、ひんやりとした空気が漂っている。誰かが着替えた形跡もなく、ロッカーの隙間やベンチの周りを見回してみたが、誰もいない。
「田辺。いるか」
念のため呼びかけてみたが、当然のように返事はない。田辺が隠れられるような大きめのスペースも存在しなかった。更衣室を出て、待っていた4人に報告する。
「誰もいなかったぞ。着替えた形跡もない」
「そうですか。やっぱり女子更衣室にいない時点で、男子更衣室にいる可能性は低かったみたいですね」
真智は一人で納得したように頷くと、「では別の場所を探しましょう!」と言ってさっさと歩き出してしまった。
「あ、待ちなさいな慶花さん!」
「待ってー!」
霞、南野、湯井の3人は、嵐のように去っていく真智を慌てて追いかけていった。
(……男子更衣室の前に女子更衣室を探したのか……?)
田辺が女子更衣室に潜んでいると思われていた事実に一瞬呆れかけたオレだったが、田辺の普段の素行を思い出し、(……いや、アイツならあり得るか)と少し納得してしまった。
廊下の壁に設置されたエレベーターの表示パネルを見ると、ランプが「B1」を指して停止していた。
(地下か……)
18-5
地下駐車場を探してみるかと思い立ったオレは、階段を使って地下へと降りていった。地下駐車場に入ると、ひんやりとした排気ガスの匂いと薄暗い照明の中に、公用車が整然と並んでいた。その奥で、一台の車のウィンドウを覗き込み、次に隣の一台を覗き込み……と、地道に車内を確認して回っている人物の後ろ姿があった。伏里稲荷だった。
「伏里」
オレが後ろから声をかけると、伏里は「ひっ!?」と肩を跳ねさせて激しく驚いた。振り返った伏里は、恨めしそうな目でオレを睨みつける。
「なんだよ桜律か……。気配消して近づいてくるなよ、びっくりするだろ……」
「悪かったな。……何をしてるんだ?」
オレが尋ねると、伏里は面倒くさそうに溜め息をつき、これまでの経緯を話し始めた。
「探索が始まってすぐ、一人だけ迷いなく非常階段を登っていく佐川を見かけたんだよ。不審に思って後をつけてみたんだが……」
伏里の話によれば、佐川は非常階段の踊り場に着くなり、持っていたスーツを丁寧に丸めて枕にし、そのまま床に転がって爆睡を始めたのだという。
「踊り場の小窓から差し込む日差しを浴びながら、大層気持ちよさそうに寝てたんだよ。それ見たら起こす気も失せてたんだ……。んで、佐川を見てたら『田辺なら、もっと暗くて静かな場所ならどんな環境でも寝られそうだな』って思って、ここに来たんだ」
最初は駐車場全体のエリアを見回しただけだったそうだが、姿が見えないため、こうして一台ずつ車内を確認して回っていたらしい。
「ま、アイツがわざわざ事前に車の鍵を開けておくなんて芸当ができるとは思えねえしな。仮に後から開けたとしても、鍵を戻さずにポケットにでもしまって寝てそうだけど」
ぶつぶつとぼやきながら確認を続ける伏里。オレはポケットから手を出した。
「オレも反対側の列を探してみる。手伝おう」
「助かる……」
オレと伏里は二手に分かれ、並べられた公用車の一台一台の車内を覗き込んで回った。しかし、どの車内も無人で、田辺の姿はどこにもなかった。
「……ダメだな。ここにもいない」
「だな。収穫なしか……」
2人が駐車場の中央で合流し、ため息をついていたその時、チンという電子音とともにエレベーターのドアが開いた。降りてきたのは、寒川だった。
寒川は、薄暗い地下駐車場に佇むオレと伏里の二人を見るなり、露骨に嫌そうな顔をして眉をひそめた。 (なにこの根暗コンビ……)と言いたげな視線を隠そうともしない。伏里も寒川のような派手で攻撃的なタイプは大の苦手らしく、露骨に視線を逸らすと、オレの背中に隠れるようにして囁いてきた。
「……おい桜律、お前が対応してこいよ」
「おい……別にオレも得意じゃないんだが……」
逃げた伏里を横目に、オレは仕方なく寒川に向き直った。寒川は腕を組み、トントンと爪先で床を叩きながら言った。
「アンタたち、こんなところで何してたわけ?」
オレは波風を立てないよう、車内を一通り確認していた経緯を素直に話した。
「……そう。ここにもいないわけね」
寒川は大きな溜め息をつくと、「はぁー、地味男二匹と同じ空気とかマジ最悪〜」と吐き捨てるように文句を言い、くるりと踵を返して再びエレベーターへと戻っていった。オレも上の階に戻ろうと思い、開いているエレベーターに乗り込もうと足を踏み出した。
――バタン。
目の前で、容赦なくエレベーターの扉が閉まった。寒川が内部の「閉」ボタンを長押しして、相乗りを拒否したのだ。
「……」
無情にも上層階へと動き出すエレベーターの表示ランプを見上げながら、オレと伏里は静まり返った地下駐車場に取り残された。
「……性格悪いな、あいつ」
伏里がポツリと呟く。
「……次のエレベーターを待つか」
オレは静かに答え、2人は暗い地下駐車場で、次のエレベーターが降りてくるのをじっと待つのだった。




