第4話 覚知
夜鳥の声が煩い季節だった。蒸し暑さのあまり、目が冴えて眠れない。
宮廷医に夢見草の類を処方されたが、一向に改善されない。私は頭がおかしくなりそうだった。
この頃だった。何かにつけて感覚が研ぎ澄まされていったのは。
まず、背後を歩く人の声を鮮明に聴き分けるようになった。
他愛のないおしゃべりを、そっくりそのまま羊皮紙に書きつける。
他人の恋愛事情はいいゴシップになった。とても王女のやることではないが、
小遣いの酷く制限された当時の私には、それなりに良い稼ぎ口になった。
流石に部屋の盗み聞きは、兄に止められたのだが。
冴えわたる感覚が顕著だったのは、特に剣術においてである。
生徒は勿論のこと教師の剣も止まって見えた。ひどく遅い。
私は復学当初、からかわれているのだと思った。組み手はいつも模造刀を喉元に軽く置いて終わりだった。
ただ辛うじて兄の剣だけが、まともな袈裟懸けを描いて見えたのだが。
ある真っ暗な夜のこと、座学の授業をさぼっていた私は、元寺院の学舎に一人取り残されていた。
不意に手元のランプの明かりが消えた瞬間のことだった。
頭上のアーチに七名、級友が張り付いていることが、はっきりと分かった。獲物は吹き矢の類であることも。
私はさっと身を翻し、長柄の儀仗を手にすると、飛び上がり大きく一薙ぎしたのである。
彼らは、立ちどころにもんどり打って転げ回った。一瞥をくれて小回廊を背にする。
その日以来、私は他人の詮索はやめることにした。
あくる朝のことだった。私は校長に呼び出されたのだった。長いお小言を覚悟していた。
だが、豪奢な絨毯が敷き詰められた、香草の薫る白い部屋で告げられたのは、耳慣れない言葉だった。
「覚知だね。君のそれは」
ガルド校長は、物憂げにそう答えた。この国随一の剣聖である。
「カクチ……? そんな物、教本にありましたか?」
「相伝書には記述がある。曰く、妖怪の術じゃと」
筋骨逞しい老人の執務机に詰め寄る。黄緑色のローブの袖口を思わず掴んでしまった。
「先生。私は王女です。言葉が過ぎるのではないですか?」
「失礼した。しかし、貴女様の力は、人の手に余るものじゃ」
校長は、頭を抱えている。灰皿には無数の水煙草の吸い殻が、積み上げられていた。
「兄の剣だけは、動いて見えるのです。彼から一本取るのは苦労しました」
わたしは、ふと疑問に思っていることを口にした。ぽつねんと掛け時計の振り子を眺めながら。
「ユハル様を打ち負かすとは……」
「ええ! 私は特別なんだわ!」
鼻息荒く快哉を叫ぶ。だが、ガルド校長は声を潜めて言った。
「己の時間を強制的に進める。若死にするのです……」
むしろいまこの時間が止まった気がした。時計の針が怖くて見れない。
震える手を胸に当てて、心音を確認する。
強い雨脚とともに、どこか遠くで雷が轟くのを感じた。




