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ユハル・イスファ――英雄にならなかった兄へ――  作者: 忍び猫
第一章「アララタ河の水神」
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第2話 白雪の中の出会い

「あなたのお兄ちゃん、かっこいい」


ルシアが初めて話しかけて来た日の言葉だ。


前日、ユハルが、財務卿の腕白な一人息子を散々に打ち負かしたのだ。


天才剣姫と騒がれる前の私は、頬を紅く染める彼女に素直に同意した。


そして、(おり)からの白樺の並木道を、白い息を弾ませながら、競うように駆けた。


緩やかな勾配を、迷路の如く曲がりくねる道が続く丘陵(きゅうりょう)


その彼方に、私たちの学舎(がくしゃ)があった。


ゴシックの寺院を改装した急造(きゅうぞう)の校舎で、難しい表情をした哲学者のような彫像が、いつも生徒たちを出迎えていた。


遥か古代の東国に起源を持つと言われる一対(いっつい)のそれを横目に、私たち二人は、閉まりかける白亜(はくあ)の門扉へと滑り込んだ。


「……珍しい。今日は遅刻しなかったな」


「新しく入ったばかりの子がいるのよ? みっともない真似は出来ないって」


新雪は、まだ積もったまま手付かずだった。


日がやや高く、照り返す光が眩しい。


「お目溢しされたんだぞ? いきなりの大雪だからな」


「あ~! 心配したんだな~? 兄さん……!」


白雪の中、蒼い羅紗(らしゃ)の外套を纏った兄を追い回す。


ありふれた日常に、幸せを噛み締めた時だった。


「……お二人とも、仲がいい所、大変申し訳ないのですが」


「「ええ!?」」


オウム返しに輪唱した。


視線の先には、(つぶ)らな瞳のルシアが木製の雪かきを抱えている。


「ついさっき、校長先生が、これで校庭を全部片付けろとおっしゃいまして」


「「そんな~」」


ルシアは、笑いをこらえ切れないようだった。


校庭は見渡す限りの銀世界。


骨は折れるが、三人だけでも何とかせねばならない。


「ええい! 兄さんは北面。私たちは南面を片すから。それ!」


「ちぇー、相変わらず仕切るのかよ」


何の苦もなく、後ろ手で道具を受け取った兄は、既に手を動かしている。


愚痴を言いながらではあったが。


「……やっぱりかっこいいですよ。ね? アリシャ」


ルシアがしきりに目配せしてくる。


私はまだ何もしていないのに、背筋を伸ばした。


「まあね。イスファの剣士なんだ。あれ位は当然さ……」


自ずと口がほころんだ。


隣のルシアを見やる。


彼女は慎ましげに笑っていた。


「ふふ。貴女とはいい友達になれそう。改めてよろしくお願い」


その笑顔は、冬の野に咲く可憐な椿だった。


小振(こぶ)りな朱い祭服が、深雪(みゆき)と鮮やかな(つい)をなしていた。


いや惚れ惚れとしている場合ではない。


彼女の目線をそらしながら、私は黙々と雪かきに勤しむことにしたのであった。


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