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第1話 血染めの舞姫

朱い舞衣が月明かりに(ひるがえ)り、(あで)やかな黒髪が肩を撫でる。


銀白の切っ先が、繊細な弧を描く。


女はそれを追うように、優雅に身を(ひね)った。


一拍置いた。


ゆっくりと刀身を(さや)に納める。


すると、細い脚が、幾度も虚空(こくう)に半円を描いた。


まるで円舞曲(えんぶきょく)を奏でるように、彼女は舞った。


その(ひとみ)は三日月を宿し、指先を淡く見つめていた。


――何故、この舞姫がルシアなのか分からない。


――ここがどこなのか分からない。


――何よりも、あの朱い衣は血染めの花に染め抜かれていた――



「……うなされていたぞ」


重たい瞼を(かす)かに開けると、兄が私を覗き込んでいた。


(ひのき)の香りが清々(すがすが)しく漂っている。


虫の音がひんやりとした空気に心地よかった。


けれど、天井には、いつか数えたのと同じ木目が並んでいる。


ここは城の薬師(くすし)の間だ。


「兄様、ルシアはどこに?」


「分からない。俺達が王都に戻る前日に、(ろう)は破られた」


「一体誰が? 内からは破れないはずです」


「爆発を聞きつけた時は、もう誰もいなかったそうだ」


地下牢は、王宮の裏門の墓石の下に設けられている。


だが、どの墓石(ぼせき)が入口なのかは、ごく一部の人間しか知らない。


「――まさか」


「ジェイル様はないよ。あの人ならもっと賢明な方法を取る」


「心当たりがあるのですか? お兄様」


「昔、父上を追い出した連中がいただろう?」


「ジルーフ家ですか? お取り潰しになったと聞きました」


身体中に熱が走る。


玉のような汗が噴き出してしまった。


彼らには、忌まわしい思い出しかない。


父の心痛(しんつう)如何(いか)ほどだったろうか。


奪われた城で下男の真似事をさせられたと聞いた。


「もし彼らが、イスファの旧王家だったとしたらどうする?」


「それは、初代様への冒涜です! 兄様でも許しませんわ」


――その時、兄の瞳が潤んだ気がした。


掠れた声で低く呟いた。


「この史書を見て欲しいんだ……」


くすんだ鼠色の装丁(そうてい)で、少しばかり(ほこり)を被っている。


辞書のように分厚い本であった。


「イスファは魔道の国なり。神の慈しみ深き土地なり……」


――嘘だ!


床へ放り投げた。


イスファは剣士の国だ。


少なくとも王家の人間は。


列伝(れつでん)という形式があってな、アリシャ……」


「なんですか、それは!」


「個々の人物の伝記なんだ。王、アガトを北の地に(ほう)ずとある」


「アガト……! 初代様ですか?」


「後に王号として受け継がれた、初代アガト・イスファ様その人だ」


「紛い物よ! そんなの!」


「父上が枕元に隠していた物でもか? コイツはどうやっても焼けないぜ……」


「――兄様、体調が優れませんの。話は、後日聞きます」


話を遮り、部屋から退出を促した。


病み上がりにするような話ではないだろう。


前々から思っていたことではあるが、兄はどこか常識に欠ける部分がある気がしてならない。



「姫様、お身体の加減は如何ですかえ?」


薬師カルラは、大婆様と渾名されている。


白い御髪(おぐし)を腰まで伸ばし、背中で組紐(くみひも)房飾(ふさかざ)りを結んでいる。


グツグツと鍋が煮立つ音がする。


今、夢見草を(せん)じてもらっているところだ。


「毎晩、同じ夢を見るの……。とてもとても怖い夢を」


「変ですねぇ? 夢見草は眠りを良くするのじゃがねぇ」


「例えば、貴女はどうなの? カルラ」


「同じ夢ですかい? ありますよぉ」


(しわ)が刻まれた三白眼(さんぱくがん)が私をじっと見つめている。


「どんな奴なの?」


老婆の口角(こうかく)が吊り上がった。


「それはそれは、めんこいおなごが、こぉーんな刀で踊る夢じゃよ」


――カルラが、刀を私に向けた。


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