第13話 心臓の在処
「辺境の河川国家の王族崩れが! あのとき殺しておくべきだったぜ」
夜空の遥か高みで、ベルグは羽ばたいた。
その翼に呼応するように、猛々しい竜巻が天へと伸び上がる。
暴風を従者に、彼はユハルへと迫った。
――ギィンッ!
刀が三叉の穂先を弾き、火花が散った。
ベルグは得物を変えたようだった。
「誇りを忘れた魔道の国……。ふ、お陰で耐性が付いたよ」
「言わせておけばっ……」
ベルグが急旋回し距離を取った。
掌から光の弾を矢継ぎ早に放てば、その悉くがユハルに命中した。
――ドッ、ドッ、ドッ!
鈍い音を立てて、光弾がその身体へと突き刺さる。
だが――
パァッと兄の肉体が輝きを放つと、弾は放射状に弾き飛ばされたのだ。
「へぇ、奔る光を跳ね返すとは、少しはやるじゃないか」
「失望した。星の光が使えなければそんな程度なんだな」
見る見るうちにベルグの表情が変わる。
瞳の色が更に紅く燃え上がった。
――暗黒の激風よ、黒き呪詛を放ち、現世に災いをもたらせ!
竜巻が兄を襲った。
猛る風が彼の目と鼻の先へと迫ったその時だった。
黄金の刀身が、群青色の空に眩い煌めきを迸らせたのだ。――次の瞬間。
大上段の振り下ろしと共に、荒れ狂った風はたちまち霧散した。
「よお? ……そんな程度か?」
「その発言を後悔させてやるぜ……」
白と赤の光跡が交錯する。
剣戟の音が喧しい。
閃光が弾けた。
「イスファの王権だけだろ。アリシャのことは?」
「知れたこと。アナスタシアさえいればいい」
「……人間みたいだな。だが、反魂はさせないぜ」
鮮血が赤い弧を描いて宙を舞った。
鈍い音と共に、肉が大きく裂ける。
「――カハッ!」
黄金の刃が、ベルグの心臓を貫いていた。
その筈だった。
「ウフフ。残念でしたねぇ。ユハル補佐官殿?」
ベルグが兄の顔面を強かに打ち据える。
その音が、虚空に反響した。
「今更官位で呼ぶのかよ、外務卿。心臓の位置を動かしたな?」
「そうだよ? 世界初のキメラの吸血鬼だからね」
「……フロート様もとんだ際物を生み出してくれたよ。さて――」
ユハルの刀から強大な爆炎が巻き起こった。
天をも焦がさんばかりの勢いだ。
そのままベルグに叩きつけた。
轟々と燃え立つ黒煙は止む所を知らない。
けれども――
「古臭くて効かないねぇ! 原種たる私に炎など通用するか!」
アナスタシアよりも更に固く皮膚を硬質化させているようだった。
まるで黒鉄の鎧だ。
兄はそれを聞き、穏やかな笑みを浮かべた。
「それを聞いて安心したよ。やっぱり熱じゃ死なないんだな」
ユハルが目を凝らしている。
全神経を研ぎ澄ましこの世界と一体となっているようだ。
私は知っている。
この感覚に覚えがある。
まさか――
「何を言っているのか理解できないよ。ユハル殿」
「……心臓を、身体の中で自在に移しているんだな」
ベルグの顔から、笑みが消えていく。
「そこだ――!」
彼は、ベルグの左の太ももを斬り上げた。
鮮血は噴水の如く立ち昇っている。
私たちを苦しめ抜いた怨敵の肉体が瞬く間に崩れ去った。
――間違いない。兄さんも「覚知」
◇
「見ただろう、下郎」
哀しみを堪え、傍らの小鬼に問いかける。
「いかにも。そこのお嬢さんは返してしんぜましょう」
小さな吸血鬼が指を鳴らすと、ステラが大きく口を開け、欠伸をした。
「ふぁ……、よく寝た」
「ステラ!」
「あ、あ、アリシャじゃないか? アンタ、何だってココに?」
私はステラを抱きしめていた。
傍目に見れば、姉妹のじゃれ合いに映らなくもないだろう。
だが――
「まぁ、あの元王子も所詮この程度かな」
突如として何も知らぬ鬼は、聞き捨てならないことを呟いた。
「何だって?」
「おおっと、怖い顔をしなさんな」
頭に血が上っていた。
反射的に刀で斬りつけた。
だが、軽々と躱されてしまった。
「アナスタシアも買いかぶりだ。世界の女王なんて、とてもとても」
いつの間にか、奴は窓辺に寄りかかっていた。
「お前――」
「じゃあね、お姫様。一応、ライラ様に報告しておくから」
最後の太刀を紙一重で避けると、敵は夜の闇へと消えていった。
――ライラだって?




