第12話 賭け
紅い閃光が雷鳴の如く夜空を駆け、闇夜を散り散りに引き裂く。
何だ? あの巨人は――
「メルキオン、一週間は早いな……晩餐会の夜と聞いていたんだが」
カイゼルの顔が見る見るうちに曇る。
微かな舌打ちの音が聞こえた気がした。
眩い光に照らされ、真のディルガ城がその姿を晒していた。
青白く光る闇夜の巨象だ。
まるで夜そのものから浮かび上がったかのよう。
「何なの? あのでっかいのは?」
「潜入の目的は、アイツの起動を阻止することだった。ベルグを殺して……」
「悪かったわね。私が見つかったせいでおじゃんね!」
兄の援護に向かう。
私たち二人は、それぞれの相手を討ち果たしたのだから。
カイゼルが燃やした吸血鬼達の焦げた臭いが、鼻を突く。
街中がその臭気に包まれていた。
城門へ架かる橋の上で、ふと上空を見上げれば、二つの黒い残影が火花を散らしていた。
乾いた金属音が夜空に反響する。
――ユハル?
白い髪が夜の色に溶け込んでいる。
銀白の翼が背中からせり出していた。
黄金色に輝く刀身が、ベルグの儀仗と激しく噛み合う。
――ガキィンッ!
兄はベルグと斬り結んでいた。
――その時
ベルグの得物を跳ね飛ばす。
兄の拳が、敵の鳩尾へ深々とめり込んだ。
そして大音声を張り上げたのだ。
「城門へ入れ! 今なら間に合う!」
――ギギギ……。
城門へ架かる跳ね橋が、ゆっくりと上がり始めた。
「結界は苦手なんだけどね……。時間を稼ぐよ!」
「言われなくても一人で行くわ! あの中にはステラがいるんだ」
振り返る暇なんてない。
――兄さんを、カイゼルを信じるしかなかった。
城門へ続く橋が、みるみるうちに持ち上がっていく。
私は駆けた。
橋の先端が跳ね上がる寸前、その縁へ飛びつく。
「――っ!」
両手で縁を掴んだまま、身体が宙へ投げ出された。
そのまま橋の傾斜を滑り落ち、私は城内へ転がり込んだ。
「――ああ! どこへ行けばいいか聞いてないよ~! そうだ、アレだ!」
懐から白い巻貝を取り出し、カイゼルに呼びかける。
『カイゼル? どこへ行けばいいの?』
『姫……、メモは見なかったのかい? 仕方ないな。王の間へ直行してくれ。城の五階中央の金色の広間だよ』
――五階!
真紅の絨毯が敷き詰められた大広間。
その中央に光り輝く螺旋階段が聳えていた。
そこに向かって駆け出した瞬間のことであった。
無数の人魂が、白い光芒を描いて襲いかかってくる。
紙一重で躱す。
硬質な魔力の塊が、頬を掠める。
階段へと一直線に駆け抜けた。
亡者の魂が、叩きつけるような雨のように吹き抜けより襲いかかる。
メイド服の裾をまくりあげ、天へ伸びる階段へ滑り込んだ。
息をつく暇もなく駆け上がる。
渦を巻いた霊魂達が背中すれすれを次々と通り過ぎていく。
構うものか。
眼下には……いや絶対に下を見てはいけない。
直感的にそう判断した。
花崗岩の壁面で、青白い光が明滅している。
どうやら目的の階に着いたらしい。
回廊の燈灯は、墨を流したような黒い炎が揺らめいていた。
目と鼻の先に似つかわしくない黄金の光が漏れ出していた。
ゆっくりと歩を進める。
回廊の突き当りに、巨大な両開きの扉があった。
隙間から、場違いなほど眩い光が細く漏れている。
「――構うものか!」
容赦なく蹴破った。
人外の者と外交も何もないだろう。
それに多分この城は巨大なゴーレムなのだ。
だったら遠慮する理由なんてない!
黄金の光の中へ飛び込んだ。
そこは――
「ステラ―……?」
玉座に彼女が座っていた。
黒く染まった髪。
黒く変貌していた身体。
それでも、確かにそれは彼女だった。
いや……。
目を凝らすと、何か彼女の傍にいる。
「ステラから離れろ、下郎!」
「ヒィッ!」
そこに居たのは、背が私より頭一つ低い、小柄な吸血鬼だった。
片目には黒い眼帯が掛けられている。
「お前は、何だ? ステラに何をしている?」
恐れることなく、相手との距離を詰めていく。
「この女ですか? ちょっとばかり魂を……」
「……それ以上、喋るな」
頸を刎ね飛ばした。
その先は聞くに耐えなかった。
「その程度で死なないことは分かっている。死んだふりは止めろ」
「……お見通しで」
「私の言いたいことは、分かるな?」
「このお嬢さんの解放でござんしょ」
勿体ぶった物言いに、苛立ちが募る。
だが、ふと気になることがあった。
「魂? あの階下の人魂は何だ? まさか……」
「へい。血のまずい奴らでさ。城の動力源になります」
吸血鬼は、頭を小脇に抱えて哄笑していた。
「まあまあ。落ち着いて下さいな。賭けをしましょう」
私の背後から巨大な青水晶が転がり、眼の前で静かに止まった。
「見えますね? 我らのベルグ卿と貴方様の兄君ユハル殿」
青水晶の中で、二人の姿が激しく交錯している。
――まさか
「ユハル殿が勝てば、このお嬢さんを解放しましょう」




