第11話 瞬光・牙
――ギャリンッ! ガキィンッ!
刀の切っ先と、大鎌の刃が火花を散らす。虚空に浮かんでは消える残光を踏み、敵と刃を交える。
「――そんなことができるとは。あの男、怪盗風情と侮っていましたわ」
「あんたねぇ、よそ見してる場合じゃないのよ!」
――カイゼルの魔道が持ちこたえる残りの時間は、大鍋の火で湯が沸くぐらいだろう。
夜の王都が、遥か眼下に小さく見えた。
修道女が、下段に構えた長柄の鎌を、勢いよく跳ね上げる。
間一髪で上体を真横に逸らすと、返す刀で袈裟懸けに斬りつけた。
だが――
刃が弾き返される。いとも容易く。
修道服の下から覗いた肌は、鋼のように冷たく硬かった。
「……アリシャ姫、人の身はこれが限界。お考え直し下さいませ。私たちの血脈に連なってはいかが?」
「せめて、別の人にお願いしたいかな。あんたはホントに無理」
優美な吸血鬼の笑顔がいびつに歪んでいく。
唇から顔を出す象牙色の牙は、白い湯気が立ち昇っていた。
アナスタシアが、怒声を上げながら私の懐に飛び込んでくる。
光の足場を蹴り、刀身を支点にして後方へ飛び退く。
「――そりゃ、最優先で固めるよね」
翼の付け根は、一段と硬くなっていた。
背後を取った最初の一撃は、呆気なく弾き返される。
両翼を隅々まで硬質化することはできないはずだ。
どちらか一方に傷を与えてしまえば良い。
そう思った瞬間のことだった。
無数の黒い羽根が、息つく暇もなく飛来した。
まずい――
私は咄嗟に光の足場の下へ潜り込んで身を屈めた。
黒い羽の群れが、頭上を掠めていく。
足元に新たな光が浮かび上がった。
「参ったな、アレで飛べるなんてね……」
頭上の鬼は、どうしても私を捕獲したいらしい。
掌から指を檻のように伸ばし、包み込もうとしている。
「ああ、もう気持ち悪いなぁ!」
例え生き永らえるのだとしても、こんな生き物になりたくない。
まっぴらごめんだ。
――時間を圧縮する
目と鼻の先に、異形の鬼の生々しい血が細い糸のように巡るのが見える。
左胸――心臓を狙う。
――瞬光・牙――
私は、あらん限りの剣気を叩き込んだ。
下半身を捻り、上体をバネのように弾き出す。
鮮血の動力部――その一点を、刀が貫いた。
「――ぐっ、姫殿下。何故、分かって下さらない?」
刀は心臓を確かに貫いている。
だが、私はアナスタシアの檻に囚われていた。
彼女のうめき声を耳にした時、私たちは落下していた。
真っ逆さまに落ちていく。
加速度をつけ、ぐんぐんと地上へ落ちていく。
王都の石畳が、みるみる迫ってくる。
『己のマナと世界のマナを共振させる』
ファリス様から以前そう聞いた。
カイゼルから焼き討ちは有効だとも。
ならば――
自分の掌に強く炎の想念を描いた。
黒煙が掌から燻り出された。
確かな熱を感じる。
「術式は知らないの。でも、ゴメンね」
あらん限りの火炎をアナスタシアに叩き込んだ。
炎は傷口へと潜り込み、そのまま彼女の体内を焼き尽くしていく。
吸血鬼は、瞬く間に灰になった。
だが、地面はもう目と鼻の先だった。
その時――
「危なかったね? アリシャ姫」
「カイゼル? アンタねー!」
魔道の絨毯で、私たちの身体を受け止められていた。
「こういう物は、最初から使いなさいよ」
「あんなに高い所は無理さ。それより」
「そうだ。ユハル兄さんは?」
――ズドォォォンッ!!
夜の静寂を打ち崩す、轟音が大地を震わせた。
「……なに? 何の音?」
震える私を庇うように、カイゼルが城の方を覗いている。
「計算外だな。アレが起動しているなんて」
彼は小さくそう呟いた。




