第9話 白の一族と吸血鬼
「吸血鬼を生み出したのは他でもない、我が母フロート・ディルガだ」
自嘲気味のカイゼルの声音は、ひどく痛ましかった。冷たい風が夜の闇に溶け込んでいく。
「……何で? 全ての病人と怪我人を、等しく治癒した聖人でしょう?」
「割り切ることができなかったのさ。救えなかった命を蘇生しようとした」
「それって……」
微風がそっと私の頬を撫でた。月明かりは、こんなにも頼りなかっただろうか。
「影法師を手がかりに、反魂を試みた。国中の墓を巡ったようだったから。その過程で生まれた生物が吸血鬼だ。私達の大叔父がその祖に当たる」
「もしかして貴方の師匠、先代のカイゼルが盗み出したのは……」
「恐らく、母上の暴走を食い止めるためだろうね。もっとも既に手遅れだったけど」
墓標の群れは、何か不吉なものを感じさせてならなかった。よく見れば、皆掘り返された跡がある。
――墓場から、腕が!
土塊を押しのけ、青黒く変色した多数の腕が這い出て来る。凄まじい臭気だ。この世の物とは思えない。
「アリシャ姫、下がって」
半身だけ、彼の後方へ身を引いた。カイゼルが強烈な魔力を込め、呪言を詠唱しているのが聞こえたからだ。
「闇に染まりし哀れな魂たちよ――天へと還れ! 冥府の鎖は、ここに断ち切られん!」
――天界の炎
青白い炎の塊が、見上げるばかりの高さに収束する。
次の瞬間、無数の炎が矢となって散った。土気色の亡者たちに次々と突き刺さり、たちまち焼き払っていく。私の出番はないようだ。
「吸血鬼の親玉は、こんな簡単にいかないんだけどね」
「どうすればいいのよ?」
「イスファの天の刀……。ユハルの刀だよ」
依頼人というよりも協力者なのではないのか。そんな疑念が頭をよぎる。
だがそれよりも。
「兄様の傷は癒えたのですか? ステラの見立てでは半々だと」
「ああ、心配は要らない。彼は事なきを得た」
「どうして、そんなことが分かるのです!」
彼の胸を軽く叩いた。王女らしからぬ行為だと自覚していても止められなかった。涙が溢れてくる。
その時、彼から優しく手渡されたのは、小さな白い巻貝だった。耳元に当てるように促される。
『カイゼル? 聞こえるか? ステラ婆さんの所から抜け出してきた。王都で落ち合おう』
「兄さん――」
◇
――あれから、幾日が過ぎただろう。
随分と場末の安宿であった。酒瓶はあちこちに転がっているし、壁の隙間からひっきりなしに隙間風が吹き込んでくる。亭主の煙草の煙が、何よりも我慢ならなかった。
「……お二人とも、何故このような所をお選びで?」
こめかみに青筋を立てて尋ねた。返答次第では容赦しない。
「城には、使用人として潜入する」
「兄さん! それはここを選ぶ理由になりますか?」
「ご主人は、ディルガ城の元執事だ」
「あのお姿を見て、そのようなことを信じろというのですか?」
その時だった。
亭主が指笛をならすと、黒の執事服に身を包んだユハルとカイゼルが慣れた手つきで瓶を籠に入れ、柄付の雑巾で床を掃いていく。
「そんなドレスじゃ闘えないよ、お嬢さん」
背後に現れたのは女将らしい。中年だろうに随分としわがれた声だ。手渡されたのは、黒絹に白いレースをあしらった上等なメイド服だった。
「これが武装用の礼装なの?」
「減らず口は、王族の気位を消せるようになってからいいな」
戦いは既に始まっているようだった。狭い化粧室で手早く着替える。口紅を拭いた。
分厚い曇硝子の向こうで、花火の打ち上がる音が聞こえた。
「随分、景気が良いんですね」
ねっとりと嫌味ったらしく彼女に聞いた。
だが――
「アレは、戦闘開始の合図だね」
「何の?」
女将は答えた。
「白の一族と、吸血鬼のだ」




