↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/35

第8話 人ならざる者

「生命の激流が(ほとばし)っておいでです」


その慈顔(じがん)は、聖女のようにさえ見えた。銀白の平原のただ中に、彼女の相貌(そうぼう)は浮かび上がっていた。


「……どこまで知っているの?」


「覚知ですか? 間諜(かんちょう)を通じて、全てを。随分と緩いのですね」


「からかわないで!」


アナスタシアの表情から笑みが消えた。血の気の引く思いがする。


「貴女は(なが)くない。片手の指で数えられる程でしょうか」


「――嘘だ。そこまで酷くない」


「ご自覚はあるのですね」


「もったいぶらないで! 何が言いたいの?」


大声を張り上げた。どうせこの雪原も吸血鬼の仕業に違いないのだから。


「私の血を受ければ良い。吸血鬼として生を永らえるべきです」


彼女の瞳が真っ赤な血の色に染まり、妖しく明滅した。


動けない。鎖でも巻き付いているのか。


アナスタシアが近寄り、私の首筋にそっと牙を立てたその時――


彼女の首が刎ね飛んだ。


純白の平野に、鮮血が弧を描く。気づけば、愛刀を握り締めていた。


だが次の瞬間、腹部に強烈な回し蹴りを叩き込まれ、その場から吹き飛ばされてしまった。


身体が言うことを聞いてくれない。


「素晴らしい! 報告は真実だったのですね。貴女の太刀を受けられて幸せですわ」


狂気だ。


いつの間にか女は自分の首を脇に抱えて笑っている。ぞわりと背筋が粟立った。


「世界の頂点に立つべきお方……重ねて申します。姉妹の契を交わしましょう!」


切断された首が、見る見るうちに元の位置へ戻っていく。


そして――頸部(けいぶ)が細く伸びた。


「この! 今度は後ろから? あんたは、吸血鬼でさえないわ!」


長い首が、(うなじ)を掠めた。紙一重だった。


切っ先は虚空を斬るばかりだ。


「貴女こそ……既に人間でないと思いますよ?」


時間が凍ったと思う。世界が止まったと思う。


「――やめてよ、やめて」


何を言っているの? 理解できない。


いやだ、理解したくない!


膝をつき、雪上に崩れ落ちる。刀身を立ててその場で涙した。


「もう私と同じ側のモノなのよ? どうして残り少ないヒトの姿に縋るの?」


――聞 く な 、ア リ シ ャ――


聞き覚えのある声がした。一番親しい人の叫び声だった。


懐から何かが落ちた。兄が私にくれた人形が青白い光を放っていた。


雪原は音もなく崩れ去る。


銀白の大地は霧散し、代わりに石塔の群れが姿を現す。


差し込む月明かりは穏やかな光。冷たい夜気が頬を撫でる。


そこには、雪など一粒も積もっていない。


「……逃げたか。それは聖なる魔道具だな。ユハルの奴め」


「カイゼル? 兄さんを知ってるの?」


「いかにも。彼が本当の依頼人さ」


脱力した。直接助けに来い馬鹿者。安堵した途端、腰から力が抜けてしまった。


だが辺りを見回せば、石床に生々しい血痕が飛び散っている。


そしてここは墓場のようだった。名も無き墓標がひっそりと佇んでいた。


「ここは?」


「あの女が生前、暮らしていた教会だね」


「そんな……。まさか……」


「運が悪かった。ここで月を見てしまったね。それも紅い奴を」


己の軽率さを恥じた。ベルグの件で彼らが天体と何らかの関わりを持つことは推察できたはずだ。


「ねえ、カイゼル。あんな連中を倒す方法ってあるの?」


「今の所は焼き討ちかな。一度死んで吸血鬼になった奴は、元の人間に戻った試しがないから」


「……一度死んで?」


「白の一族も、キレイな一族ではないということさ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。