第7話 紅月の修道女
「香炉があればよかったね。今は君の国にあるのだろう?」
「何で知ってるの?」
慌てて口を塞いだが、後の祭りだった。カイゼルの口元に柔らかな笑みが浮かんでいた。
「冗談だ。まかり間違ってもライラの魔道具に頼ってはいけない。正義のためであろうと」
深々と降る雪は未だ止まず、眼下に広がる王都は白亜の檻のようだった。
満月は目を奪われるような紅い色にそまり、星が冴え冴えと輝いていた。
――いかにも、出そうだ
そう思ってしまう。実際の所どうなのだろうか。眼前の優男に聞いてみたくなった。だがその前に――
「カイゼル、貴方どうやって人間に戻るつもりなの?」
「あれぇ? 姉さんの知り合いなら分かるはずだけど……」
「あの管を巻いて血をキレイにするって奴?」
「そう、その通り!」
指を鳴らして、実にご機嫌そうだ。命綱はしっかり確保しているらしい。私は大きく息を吐いた。
「貴方を吸血鬼にしたのって――」
彼の左手が、私の質問を許さなかった。
「薄々感づいているのだろうが、余計な詮索は無用だよ? お姫様」
馬鹿馬鹿しい。ベルグ以外に誰がいるのだろうか。最初の時といい、見え透いた嘘や芝居じみた挨拶はこの男のお決まりらしい。その時、ふとした違和感に気付いたのだ。
――夜だぞ、眠りについた王都があんなに鮮明に見えるか?
私は今、覚知を使っていない。本能的に身体が拒んでいる。これはまさか。
「こっちでも信頼されていないか。やれやれ」
カイゼルは気怠そうに頭を掻くと、両の掌を頭上に掲げた。
絹張りの車室がたちまちの内に暗転すると、辺りは果てなき雪原である。いつの間に放り出されたのか。
「うーん。お姫様、吸血鬼のいる土地で夜空を見るのは頂けない。満月なんて以ての外だ」
カイゼルは、銀のレイピアを構えている。視線の先に、目の覚めるような美貌の持ち主がいた。
雪よりも白い透き通った髪を背中まで伸ばし、青い瞳は神秘的な光を湛え、唇は濡れたような光沢があった。その口元から一筋の紅を垂らし、女は清楚な修道服に身を包んでいる。
「アナスタシア? 少し、出迎えが早いんじゃない?」
「二週間……。連絡を絶ってから……。そこのお嬢さんがアリシャ姫?」
――そんなに経っていたの?
ふと視線がかち合った瞬間に、心臓が跳ねる思いがした。
誰かに似ている気がした。いやそれよりも。
「王都とあそこからでは、早馬でもソレくらいはかかるよ――」
カイゼルが雄叫びを上げて突進した。私は刀を抜いて様子を伺ってみる。
赤い月明かりの中、金属のぶつかり合う音がこだました。縫うように火花が散って見える。
女の獲物は――巨大な鎌だ。長大な柄の両端から銀色の刃が湾曲して伸びている。
そんなモノを軽々と操り、アナスタシアはカイゼルの突きを弾き返していた。
そして痺れを切らした彼が魔道を使おうと呪言を口にした瞬間――
彼女は柄の先端を鳩尾に叩き込んで、私の怪盗はその場で膝から崩れ落ちてしまったのだ。
「八つ当たりです。……ベルグ様も何故このような男を信用されるのか」
じろりとこちらを振り返ると、私に親しげな微笑みを向けた。
「貴女は、やがてこの世界の女王になる方です」
「それって……」
「ええ。貴女のお考えの通りですよ」




