第6話 第百代目の怪盗
馬の嘶く声に目を覚ました。目の前には、見慣れない男が座っている。
「――随分とお寝坊さんだね? 気を揉んだよ」
寝間着姿ではないか。美しい金髪はボサボサで、せっかくの美貌は台無しだった。
「貴方は誰なの?」
「当ててごらん?」
質問に質問で返す奴は嫌いだ。素直に答える気などさらさらないらしい。
「……人さらい」
「もうちょっとお手柔らかに」
「じゃあ、変質者」
「更に深く抉るんだね!」
涼やかな目元に、見覚えのある面影が宿っている。
「――ステラ? 貴方のお姉さん、ステラでしょ!」
「いかにも。あの頭の固いご婦人の弟さ」
「貴方が天下の怪盗カイゼルなの?」
カイゼルは人差し指を口に添えて、片目を瞑った。どうやら秘密らしい。
「私はカイゼル・ディルガ。本名なのさ」
「何代目なの?」
「僕で丁度、第百代目の怪盗カイゼルということになる」
「子供の頃、絵本で何度も読み返したわ……」
懐かしい想いが胸中に満ち溢れた時のことだった。
馬車の後方で大きな地響きがこだました。
ランタンの明かりが車窓を淡く照らすと、雪崩が波のように押し寄せてくるのが見えた。
「全くこれだから……」
「カイゼル?」
「頭が固いと言っているんだ」
彼の瞳の奥に、ほんの僅かな怒りの炎が灯ったのを確かに見た。
「アリシャ姫、端的に言おう。今の僕は二重スパイのようなものだ」
「どういうこと?」
「表向きは吸血鬼の犬として、姉さんたちに探りを入れる」
「それって……」
白銀の奔流は、逆巻いて窓の目と鼻の先を掠めた。
凄まじい轟音が馬車を揺るがせた。だが恐ろしいことに更に巨大な濁流が次々と襲いかかって来たのだ。
「本当の目的は、吸血鬼の殲滅だ。せめて国内にいるやつはね……」
「ベルグ卿!!」
「今はアイツしかいないんだ。大物は。残りは出払ってる」
「……もっといるってことなのね」
「拠点であるここを奪回する意味は大きい」
その時だった。
進行方向から、雪煙を巻き上げながら、死の足音が迫ってきた。
――魔境顕現
その呪言は世界を止めた――私たちの馬車を除いて。それも一瞬で十分だった。
駿馬は天翔ける速さでその場を脱すると、何事もなかったかのように夜道を駆け抜けていく。
「でも、私に何が出来るの? 全く歯が立たなかった」
「僕の支援をしてほしい。吸血鬼同士の幻術は、先手を取ったほうが勝ちなんだ」
「……囮ね」
「惨いことを頼んでいるな。それも女の子に。信念に反するよ」
ベルグは多少なりとも私に執着があるようだった。ならば私を囮にして先手を取れば――カイゼルならあの怪物を倒せるのかもしれない。
先程の魔道を目の当たりにしてその思いは強くなった。
「聞きたいことがあるの……」
唐突だったのだろう。ほんの少しだけ目を見開くと、彼は頷いてみせた。
「ライラの香炉とライラの影法師について何か知らない?」
「……影法師は、先代が盗んだとしか聞いていない。香炉は、僕が狙っていたんだが、一年前にディルガ城に盗みに行った時には既になかった」
――そう。一年前ね




