第5話 招かれざる客
「姉さん……。ここを開けておくれ……」
玄関口の扉がぎしりと軋んでいた。隙間から紫煙が滲み出し、邸宅への闖入を試みているようだった。
「カイゼル。アンタをディルガの人間だとは認めないよ」
「カイゼル? まさか……」
ステラは玄関先を見据えたまま、指先で幾つもの文様を描いて見せた。
「泥棒家業にのめり込んだ罰だね。天下の怪盗カイゼル。因果なもんだ。名跡が本名なのは」
「あのお方には感謝しなきゃ。この身体で何でも盗み放題だ」
「茶番はよしな。招かれなければ入れないなんざ、昔の話だろう」
瞬く間に煙が私たちを取り囲んでいく。
吹き抜けの頂点に、鬼面の相貌が浮かび上がった。
「そこのお姫様を差し出せば、命は助けてあげる」
「呆れた……。魔道の煙なら死なないと思ってるのか。治癒の一族の矜持は捨てたんだな」
煙霧は、巨木の幹よりも太い剛腕へと変じ、ステラ目掛けて振り下ろされた。
石灰岩の床が、無数の破片を飛び散らし、無惨に砕けた。その中心は見事なまでに、陥没している。
「そんな程度なの? 吸血鬼に魂を売っても、アンタはたかが知れてる。サボリ魔だったからね」
「ふん、挨拶はこれくらいでいいだろう」
三階回廊に連なる半円アーチの向こうに、濃霧が集まっていく。
その奥で青白い光が瞬いている。
「これで終わりだ!」
明滅する不吉な光が、ステラに牙を向いた。
その瞬間――
――反射
銀色に輝く巨大な鏡が彼女の前に立ちふさがった。
凄まじい光の束が館の中を閃く。
だが、それも僅かな時間のことだった。
妖光の群れは、虚空へと霧散していったようだった。
静けさがエントランスを支配している。
恐る恐る彼女の方へと視線を向けた。
「気配が消えたね。おかしい」
「ステラ……」
訝しげに彼女が見つめ返してきた。
「あんた、イスファの姫君だったのかい? それじゃあ、あの子も」
「兄です。事情があって、今は王籍を離れています」
ステラはほんの少しだけ目線を上に向けると、優しく私の手を握った。
「特別扱いはしないよ? 病人もケガ人も等しく治すのが白の一族だ」
――ネエサン、オロカダネ
ガラス窓を爪で掻きむしるような不快な声音が、直接頭の中に響いた。
「性懲りもない! 大人しく負けを認めて、引き下がれ」
まるで負け惜しみのような物言いだった。
ステラが、焦っている。額から玉のような汗が零れ落ちていた。
――シナナイカギリ、ヤブレナイ
床から伸びた煙の手が、私の足を掴むと、石灰の床が道を開ける。
意識が遠く、深く混濁していく。
深い眠りの奥底で、誰かが私を呼んでいる気がした。




