第4話 王国を蝕んだ牙
「ベルグ? 最初から人じゃないよ。破談で道を誤るとか、そんな簡単な話じゃない」
ステラは口元を覆っていた麻布を巻き取ると、窓の外を見つめていた。
冬枯れの木立が荘厳な館を取り囲んでいた。肌を刺すような冷たい空気が外から忍び込んで来る。
「貴女も吸血鬼なのですか?」
ベルグは傍系だと聞いた。ステラは背筋を伸ばし、欠伸をした。少し眠たそうだ。
「まさか? あんな出来損ないと一緒にしないでちょうだい」
「でも、彼の幻術は、高度でした。手も足も出なかった」
「術に掛けられた者には破れない。けど、第三者が術式を壊すのは案外簡単なのよ」
彼女は両手を広げて、おどけて見せる。言葉の端々に、こちらを気遣うような柔らかさがあった。
「ステラ……。もう一つ気になることを聞いてもいいでしょうか」
冷たい水を口に含んでいる。だが聞いているのだろう。静かに頷いていた。
「フロート様は四百年間もご在位だったと聞きます。貴女は何歳なのですか?」
ステラは盛大に水を拭き零した。咳き込み、肩で息をしている。張り付いた笑みは、全く笑っていなかった。
「仮に貴女が男性でしたら命はございません。良いですこと? 女性の年齢はこの世界最大の機密事項ですの。覚えておくことね」
ぺこりと頭を下げて非礼を詫びる。話題が本筋から逸れてしまった。
「我ら白の一族は、長い年月を生きる。しかしその歴史の中で、人の血を啜る魔物が生まれてしまったの」
「それがベルグの血筋なのですね?」
ステラは頷くと、そっと私の手を引いて、治療室を退出する。
振り返りれば、古いロマネスク様式の大邸宅に据えられた三階の一角は明らかに場違いだった。
「やたらと権力欲が強くてね。有能だったから、母は政務を任せっきりにしてしまった。人事を委ねたのは本当に失敗だった」
「英明と名高いフロートさまが何故……。奸臣たちは邪悪な牙を研いでいたに違いありませんわ」
「そう。もっとも彼らの正体が露見するのはずっと後の話なんだけど」
掛ける言葉が出て来なかった。政に無関心な私が一体何を言えるというのだろうか。繋いだ手をほんの少しだけ強く握り返す。
「母は、病人の治癒とケガ人の看護に専念したいだけの人だったから、そもそも王位に就くべきじゃなかったのかもしれないんだけどね」
「数多の著名なご事績により女王に推戴された。そう聞き及んでいます」
階下の大広間でピタリと足が止まった。
重厚な毛足の長い絨毯が敷き詰められている。
「ふ……。表向きの説明よ、それ。あの時は、皆が国王を押し付け合ったの」
「それって……」
「放漫な財政運営で、国家は破綻寸前だった。国を継ぐことは莫大な借金を引き受けることを意味していた」
王籍に戻った頃に小遣いを厳しく制限されたことを思い出す。苦々しい思いがした。あれも財政難だったのだろう。
「母さんは、己の信念を捨てて、患者からお金を取った。借金を返すまでずっと。ベルグたちが現れたのは丁度借金を完済した頃だったと思う」
ステラはこちらを振り返り、微笑んだ。そこにはいくばくかの寂寥が滲んでいた。
――カラン、カラン。
呼び鈴が鳴った。




