第10話 失われた魂
「――兄さん、何故です!」
ユハルの仮住まいは、ガラン宮の地下室に設けられていた。元来、牢獄だった物を人形工房へ改装したという。壁際の窯は、真新しく周囲から浮き立って見える。
「? 藪から棒にどうした、アリシャ?」
大粒の汗が滴り落ちている。
それなのに、彼の顔は涼しげで、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。
「兄さんが斬った鬼たちは、再生しませんでした。どうしてなんですか……?」
手足のない人形をそっと、鉄の作業台に置くと、兄は両手を頭の後ろで組んだ。
「――天の刀。この仕込み杖の刀身は、そいつを仕立て直したものだ」
「私の刀と対を成す、イスファの御神刀ではありませんか!」
「まあ、怒るなよ。父上のお許しを得て打ち直している」
ユハルが私を宥めるように片手をさっと上げた。
「こいつは、魂を縛るものを断ち、あるべき場所に返す刀だったな?」
だからなのか。
ユハルがリウス様を討たんとしていたのは。陛下と私の戦いは徒労だったのか――
「兄さん、リウス様はご存命ですわ。鬼の姿からも、今は解放されておいでです」
彼は、炉の火を静かに消すと、花崗岩の椅子に深く腰を下ろした。
「リュリュ様……」
「兄さん、ご存知でしたの?」
「ああ。そもそも、ファリス陛下が俺を呼んでいた理由だからね」
――どういうことなのか?
兄は、いつになく真剣な面持ちで、私を見つめると、深い溜息をついた。
「リュリュ様の墓は暴かれ、亡骸は奪われていた。アリシャ、リウス様がお前に妹君の面影を重ねられていたのは、まず間違いない」
――何を言っているの?
「ライラの影法師にご自分の魂を移されたのは、端緒にすぎない。殿下の本当の目的は、失われた魂を、生きている人間に呼び戻すことだった。昨日、陛下から聞いた」
――それはつまり
「私の魂を、適当な人形に移し替えて――空いた身体にリュリュ様を?」
「……そうだとしか思えない。ディルガに通じていたのが何よりの証拠だ」
背筋を冷たいものが流れ落ちる気がした。
勧められるがままに茶をすすった。味はしない。
「……この世界最高の治癒の国……」
私は、ぽつりと呟いた。あらゆる人の病を治し傷を癒すという魔道の王国だと、陛下から教わった。
――だが
四百年の御世を生きた英主フロート・ディルガ亡き後、彼の地は、人ならざる者が支配する魔の領土になったという。
「ライラの影法師の出どころは、ディルガですよね? ならば――」
「多分な。であれば、香炉の手かがりもあるかもしれん」
兄はくるりと背を向けた。
小さな木彫りの人形に波々と水を注いだ。
白い蒸気が部屋に充満する。
「けほけほ、何してくれるのよ! 兄さん? どこ?」
見渡せば、彼は忽然と姿を消している。
気づけば、足元に私そっくりのぬいぐるみが落ちていた。




