第9話 不死身の王子と、母なる女王
――突き破った!
白亜の御殿をいとも容易く。
凄まじい揚力 で、遥か高い穹へ急上昇した。見渡せば、雁達が慌てふためき隊列を乱している。
――馬鹿な!
正八面体をなす碧い光が、私を包んでいる。その輝きは、ガラン宮に浮かぶ光彩に他ならない。
「陛下はどこ……?」
当惑のあまり、頭を抱えた瞬間のことだった。
鷹の翼を持ったあの青黒い鬼が、私の眼の前に張り付いていた。
口から禍々しい物を吐き出していく。あの結界を溶かす白蟻達だ。私の顔は蒼白になった。
――その時
遠方より、鈴の音の如きお声が澄み渡った。
圧縮――
正八面体をなす紅い光が、立ちどころに鬼も虫も捕らえてしまうと、その中で凄まじい爆発が起こった。そうして結界は一つの黒い点へ収束していく。
蒼穹を縫うような光跡を描く者がいた。
「……ふう。間に合ったわ」
陛下だ。目と鼻の先で、ぴたりと静止している。
「陛下? これは、一体……」
ファリス様もまた同じ光明に身を包んでおられた。
「し!」
陛下が、人差し指を口に当てると、何もないところから、見る見るうちにあの鬼が現れるではないか。
――本物の不死!
次の瞬間、敵は白い吐瀉物を、陛下を乗せた光芒へそのままぶつけた。このままでは――
だが、齲蝕よりもずっと早く陛下の天の座は再生していく。何という神々しい煌めきであろうか。
「バカにしてるわね……。私が、何度も同じ手に引っかかると思ってるのかしら」
私は、苦笑してしまった。王者の風格にどこか少女のようないたずらっぽさが漂っていたからだ。
「アリシャ? 笑っている場合じゃないわよ?」
陛下が、頭上を指し示した
沈む夕陽を背に、夥しい数の鬼たちがいた。
彼らは、私たちの周りをグルグルと旋回していた。
「……アリシャ、私の魔力は有限よ?」
――それは、詰みではないのか?
「陛下、どうなさるおつもりです?」
「影法師の本体を見極めてちょうだい」
――それが出来たら苦労しない。全部本物なんだ。
「陛下、恐れながら……」
「人形本体に魂を預けたあの子自身は、食事をしていないはずなのよ」
「結界の上半分を開けてください。こんなことはしたくなかったですけど」
――己の全神経が、この世界と一体となっていく。
――上空の敵は481体。右回りに257。左回りに224。青黒い皮膚は皆一様だ。
――獣のような生臭さがする。血の匂い。汗。吐瀉物の臭気。
――だが、その中で一匹だけ、匂いが薄い奴がいる。
愛刀を握り締めて腕を引く。上腕筋を目一杯膨らませて狙いを定めた。
「――お前だ!」
全身を剛弓のごとくしならせ、刀を投擲した。それは、力強く一直線に空を切り裂き、円の中心から離脱しようとした一体に突き刺さった。
――捕獲。
陛下は鮮やかに光の檻でリウス殿下を捕らえると、あっという間にこちらへ引き寄せられた。
すぐさま殿下を碧い光が覆い尽くした。間近で見るそれは波のように揺らめいている。
「やってくれたな、おふくろ」
「貴方のような不良息子に、母親呼ばわりされる覚えはありません」
ファリス様とリウス様は、同じ光の籠の中で向かい合っておられた。
「ふん、俺は不死身なんだ。どうにもならないぜ?」
「確かに、ライラの影法師と契約している限り貴方は不死身です」
空の色が段々と暗く陰り出していく。陛下は何か不穏な笑みを浮かべられていた。
「けれど、死ねないってことは、本当に苦しいことだと思うわよ?」
「な、やめろ!!」
心臓に刀が突き刺さっている。ファリス様は、柄頭を何度も踏みしめられた。
「抜けないでしょう、そのイスファの刀は。ふふ。首切り、足切り……。拷問のフルコースにしてあげる」
「ひ!!」
勝敗は明らかだった。魔道士としての格が違う。刀は返して欲しいなと思った時のことだった。
「呪われし古の魔道具よ。汝、我が寄る辺となれ。我に従え!!」
――な!
凄まじい閃光が、夕闇を切り裂いた。凄まじい爆音である。
光が収まると、そこに見えたのは、先程までのリウス殿下と変わらぬお姿だった。
「ふーん? 人形の時とあまり、変わらないわね」
陛下は、腕を組みながら何か考え事をしておられるようだった。
結界内へ招き入れられた私はさっと刀を引き抜き、リウスの様の血止めをする。
ファリス様は、御手を私の手に重ねられ、治癒の魔道を詠唱された。
「さてと、もうご飯は食べられないんだけど、お食事会には呼んでね?」
陛下の笑みは、いつもと変わらない穏やかなお顔だった。星たちが彼女を待ち焦がれている気がした。
――だが、満ち溢れる安堵の中、一つの疑問が頭を掠めた。




