第8話 ファリスとリウス
空の色が夕闇へと沈んでゆく。日没を見計らい、
巻き上がる砂塵の中を、私たちは進んだ。
月夜から月夜へと北西の方角へ。
リウス殿下のお住まいへ近づくほど、オアシスは干上がりつつあった。
ファリス様は、ラクダを降りられると、指先に小さな火を灯し、焚き火を起こされた。
「……大丈夫、アリシャ? 顔色、悪いわよ?」
「疲れはあまり感じません。それよりも……」
視線を感じた。ねめつけられるような、嫌な感じだった。
「心配は、要らない。わざわざ、呼びつけているのだからね」
「シャリシャを離れて良かったのでしょうか? 陽動の可能性は?」
兄を置き去りにした自分が言える立場ではない。だが、そっと陛下のお顔を覗き込んだ。
「大丈夫。私の人形が、結界を張り続けている。ユハルが間に合わせたの」
「兄の人形? 大丈夫なのですか?」
琥珀色の双眸に、三日月の明かりが神秘的な輝きを湛えている。陛下は、穏やかな笑みを浮かべた。
「静止した結界であれば、むしろ強力ね。時間制限はあるけど、王都は大丈夫」
「ですが――」
間違いなく、リウス殿下の招待は、罠である。手紙には、従者の一人さえ連れて来てはならないと記されていた。ファリス様のお命を狙っているのは間違いない。だが、私に何の用があるのだろう。
砂漠を行く間に、その答えに思い当たることはついぞなかった。
◇
豪奢な邸宅だった。白亜の大理石は磨き抜かれている。鏡のようだった。紅い羅紗の絨毯が、幾重にも敷き詰められていた。砂粒一つ見当たらない。
何より――
贅を極めた館の、庭園の噴水は、異教の神々をあしらった彫像の口から、溢れんばかりに水を噴き出していた。
そして――
建物の至る所に、糸の付いた精巧な人形達が、甲斐甲斐しく、働いているようだった。
風呂を焚いたり、食事を作ったりしている。規則正しく、包丁が野菜を切る音がした。
だが、部屋の数は数え切れず、よそ見をすれば、迷いかねない。私たちは、表情のない黒い紳士服の人形に導かれるまま、古ぼけた扉の前まで案内された。
――一瞬躊躇った後、扉の先に居たのは
スラリと背の高い、銀髪を後ろで束ねた男だった。瑪瑙をあしらった大きな窓枠を背に、慇懃無礼に頭を下げると、
黒檀の卓を前に、椅子に腰を深く下ろした。
「これは、これは、母上。そしてアリシャ。王都からよくぞ参られた。こちらの紅茶は、絶品物です。一口いかがかな?」
額の前で手を組んでいる。まるで何かに祈っているように、男は上座に座っていた。
ファリス陛下は、扉の近くで立ったまま、冷たい声で口を開かれた。
「呆れたものね……。敵地で茶をすするとでも?」
「ははは、無粋な真似はしませんよ」
「あくまでとぼけるのね。ディルガ国魔晄師団長リウス――!」
――ディルガ? それは、たしか。
「あのからくり達は、素晴らしいでしょう?」
ファリス陛下が長い髪を揺らし、妖艶な笑みを浮かべられた。
「ごっこね。食事の必要などないくせに」
「私がライラの影法師を使えば、誰一人死に怯えずにすむんですよ」
――瞬間、陛下から碧い光が迸った。




