第7話 白百合と月下の兄
「私は逃げられましたが、ユハルは全て倒しました」
思わず口答えをしてしまった。陛下はぼんやりと虚空を見つめておっしゃった。
「魂を取り込んで初めて、分身を作れるのよ。ライラの影法師はね」
『ライラ』の魔道具にも、制約はあるのか。意外だった。何でもありだと思っていたから。
けど――
「陛下は、なぜそんなことをご存知なのですか?」
「古代の魔道士ライラが、不死の身体を得るために作ったものだからよ」
――古代の魔道士?
「それは……」
「魔道士の一般教養ね」
悪戯っぽく銀髪の女性は微笑む。ただ私の無教養をからかっているわけではないらしい。
手折った白百合をそっと私の髪に差す。
「魔道とは、己のマナと世界のマナを共振させて、初めて発現するもの。魔道具は、その工程を省く代わりに、決められたことしかできないのよ」
「兄が、魔道具も修練が必要だと言っていたのですが……」
「契約の為にね……」
陛下が、私の手を引かれ木陰で涼まれる。日がやや高い。
「過酷なものなのですね?」
お話に食いついた。だって我が兄に幻滅したくない。あの魔道具を連発する、邪道な剣士に。
「まぁ、ある意味そうかも。だって魔道具は使い手を選ぶからね」
何かにご納得されたようだった。片目をつぶって、優しく微笑まれた。
◇
「どうしてもいくのか?」
水晶宮は銀白の月明かりに照らされていた。星は皓々と光り、空気は澄み渡っている。兄ユハルは、バルコニーの腰壁に寄りかかって、王都を眺めているようだった。
「当然です……。手紙は私宛てではありませんか」
リウス殿下から、私宛に会いたい旨手紙が来た。署名は間違いなく本人だ。陛下直々に確認して頂いた。
私は、兄の冷たい視線を逸らしながら、大きな背囊に次々と荷物を詰めていく。専ら塩と水。食料は干した樹の実を主に。
「どう考えても罠だと何故分からない! アリシャ!」
下戸のくせに酒を煽って、最近妙な調子だった彼が、今日は更におかしい。いや、こんな夜更けに王女の寝室に押しかけるなんて、やっぱりおかしい。発言の趣旨は理解できるだけになおさら腹が立つ。
無論、彼の心配はもっともだ。けれど、手紙はファリス陛下にも届いている。むしろ部外者なのはユハルなのだ。
ふとドアの扉を叩く音がした。不審に思いそっと開け放つと、そこに居たのは――
黒い髪を背中まで伸ばした女が紅いベルベットのドレスに身を包んでいる。鳶色の瞳で不思議そうに私を見つめていた。魂が黒く染まるような苛立ちを覚えた。
「――兄様? 正直にお答えになって、下さる?」
「どうした? アリシャ……」
兄は、既に酔いつぶれそうだった。こちらの方など見ていない。
「これは、私の『人形』ですわね?」
「そうだが、これを身代わりにする気には、ならんか」
露台でへべれけになった愚兄を激しく揺さぶる。
「これぜんまい仕掛けの人形ですわ! お兄様? 正気? 再現してるの顔だけじゃない!」
眠っている。よく見ると彼の手には無数の切り傷があった。思わずため息を付く。
――お留守番です。お兄様
私は呼び鈴を鳴らし、彼を介抱してもらった。




