第6話 紅い涙
城の片隅に小さな庭園があった。そこで陛下は、黙々と花の世話をされていた。薔薇の花壇から百合の薫る一角へと足を進められる。やがて手巾で額の汗を拭い、静かにお言葉を放たれた。
「世界最高が、聞いて呆れるわね……」
相手が王太子殿下とは言え、二度も結界を破られたのだ。魔道士としての誇りを傷つけられたとしても、無理はない。
「ファリス様、ご自身を責めないで。見ていて、辛いです」
「結界破りの天才ですからね、あの子は。一筋縄ではいかないわ。けれど、三度目はない」
琥珀色の瞳に、静謐な意思が宿っている。刺し違えるおつもりか。私は身のすくむ思いがした。
「陛下……、リウス様は何故人形に魅入られてしまったの?」
雑草を取り除いていた陛下の手が、ぴたりと止まった。
「リュリュ……」
静寂が花園を覆い尽くす。誰だろう。そんな人は知らない。風に白百合が、小さく揺れた。
「あの子の妹よ。歳は貴女と同じ位ね。腹違いの、不義の子だった」
「陛下……それは……」
ファリス陛下は、訥々と言葉を紡がれる。余りに痛々しい。薔薇の棘を巻き付けられるより、ずっと。
「私は、リュリュをどうしても受け入れられなかった。片田舎の領主に預けたきり、放置してしまったのです。けれど――」
「……おば様」
無礼を承知で、陛下の背に身を寄せた。このまま消えてしまうのではないかと思ったからだ。
「流行り病で、呆気なく死にました。私は、何とも思わなかった。罪深い。女王失格です」
「そんな……」
いつもお優しい陛下の暗部を覗くようで、悲しさが波のように打ち寄せる。
「それ以来、リウスと私の仲は険悪になりました。当時の彼は、まだ政務に熱心だった。あの子は本気でガランを世界一の文治国家にするつもりだった」
「やはり、リウス殿下は、立派な方ですよ。陛下」
「でもね、脆かったの。彼の理想は、異母妹の死で、簡単に壊れてしまった」
「それで、人形に……」
水晶の庭で、薔薇が紅い涙を流している。時間が、遠く押し流されていく気がした。
ゆっくりと、優しく、ファリス陛下が私から身を離された。
「人形遣いの目的は、もう知っているわね」
冷たく輝く、黄金の瞳。私は、伏し目がちに頷いて尋ねた。
「どうやって、永遠の命なんて、手に入れるつもりなんですか?」
「魂を、肉体から人形へ、移し替える」
――馬鹿な!
幾ら敬愛する女王陛下のお言葉とは言え、簡単に頷ける話ではない。
「貴女達が、倒したリウスは、影法師の分身だと思っているでしょう?」
血の気が引いていく。まさか――
「全部、本物よ。彼はもう、永遠の命を手に入れてしまったの」




