表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/22

第5話 燃える水晶宮

 水晶宮は、(おびた)しい白煙に包まれている。結界の随所に(ほころ)びが生じていた。


 分厚い光の膜を、何かが蝕んでいる。それは、白蟻を想起させる何かだった。


「触るな! アリシャ!」


 兄の呼びかけに、我に返った。鐘楼に登り、光を齲蝕(うしょく)する虫に手を伸ばした時のことだった。


「兄さん? どうしてここに?」


「あのな! それは、何でも溶かすんだ」


 額から大粒の汗がこぼれ落ちている。決然とした瞳で私を見据えていた。だが次の瞬間――


 彼に抱きかかえられ、私は気が動転した。その時だった。吊り綱の切れた梵鐘(ぼんしょう)は、まるで坂道を転がり落ちる酒樽のように城内を転がり回ったのだ。


 それが中庭の噴水広場の入口で静止すると、私はようやく地面に降ろされた。


「全く、いつも無茶しやがって」


「自分だけ、安全な所に逃げるなんて出来ません」


 気恥ずかしさは、収まりそうになかった。けれど、眼の前の()()の元王子には、それだけは宣言しておかねばならなかったのだ。


 ――ギーギーギー……


 不気味な金切り声と共に、何かがゆっくりと旋回している。


 鷹の翼が背中からせり出している。


 ――ギーギーギー……


 焼け爛れる紅い空を、幾体ものソレが飛び回っていた。


「陛下は無事だ。結界は張り直せる。虫はそのうち消えるからな……」


「あの異形の鬼たちは、全力の私とほぼ互角です!!」


 ――ライラの影法師


 呪われた魔道具に違いない。十二体いる。もう兄に遠慮など出来ない。例え――


「アリシャ。あの数を覚知で斬れば、間違いなくここで死ぬ」


 上空の結界は、既に食い破られ、光を失っていた。奴らが時計の針の如く、等間隔に空へ並び始める。それはまるで、私たちにレクイエムを口ずさんでいるかのようだった。口腔の奥に、光の球が収束している。


「全て斬り伏せます。死ぬことなど怖くない。継承が有るべき順位に戻るだけです!」


 兄は、この燃える水晶の城で、不敵な笑みを浮かべ、こう言った。


「……まさか? 俺が、あんな奴らに負けるとか思ってる?」


 ――瞬断・瞬斬――


 あっという間に、八時の位置の一体が切られた。間を詰める魔道具を彼は持っているのだ。


 打ち下ろしと横薙ぎが、ほぼ同時の二撃。今の私でも躱すことはまず、出来ない。


 ついで九時と十時を討ち取ると、空中で更に跳躍する。


 沈みゆく太陽を背に、彼は重々しい呪言を口にした。


 ――分身する人形(ムタカーシラ)


 ――ユハルが九人いる?


 青鬼たちが、羽交(はが)()にめされていった。翼が閉じられていく。十一時の彼が本人らしい。鬼の身体を足場に、時計回りに素早く滑走する。


 落下していく奴らの首を、正確に()ね飛ばした。


 でもどうするの? ひょっとして距離を縮める魔道具は、回数制限があるのかもしれない。


 彼は、もの凄い勢いで落下している。地表との距離は目と鼻の先だ。激突してしまう。


 ――万事休す


 私が眼を逸らそうとした、その時。


 兄は噴水の天頂に刃を突き刺して倒立していた。


 悠然と、仕込み杖をしまう兄ユハル。


 その顔にはいつもの穏やかな笑みが湛えられていた。


その晩のことだ。


私たちは、久しぶりに二人だけで食事を取った。


「……基本的に、話し合いは無駄だよ、アリシャ」


「ですが……」


 どうしても無理なのだろうか。兄はそもそもリウス様を討たんとしているらしい。


「俺には、そっけなかったなぁ。お前だけには、甘かった」


 彼はそう言うと、アヒルの肉を上手にナイフで切り分け、次から次へとフォークで口に運んでいる。


 私は気もそぞろで、スプーンですくっては、ぽろぽろとこぼしてしまう。


「それでも、私は、助けたい。リウス様の望みは直轄領の水なのでしょう?」


 何食わぬ顔で、ナプキンで、口を拭いて尋ねた。


「永遠の命だね。そのための水だよ? リウス様の本懐は。不死を望まない人形遣いはいないさ」


 硬質の音を立ててスプーンが、転がる。私は履き違えていたというのか。


 では、ユハルも例外ではないと?


 兄はただ、目の前に運ばれた魚のソテーに、何事もなかったかのように舌鼓(したつづみ)を打っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ